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サムちゃんのショートショート10【親父の履歴書】

 うわっ。見たくもないのにえらいものを見てしまった。
 居間の机の上に置いてあったのは、親父の書きかけの履歴書だった。
 親父はつい三ヶ月前に会社を退職した。俺から見ても、まったく仕事ができるタイプの人間ではなかった。
 集中力もないし、対人コミュニケーションも苦手。パソコンもほとんど使えず、スキルらしいスキルは全くのゼロ。所謂リストラだ。
 そんな親父の書きかけの履歴書だった。内容を見てみると・・・
 どうやら親父は近所のレンタルビデオ屋でバイトをするらしい。
 まぁ、そりゃそうか。再就職っていっても、今の年齢からじゃ流石に厳しいよな。もう50歳近いんだし。自分の親父が近所のビデオ屋でバイトしている姿を想像すると、なんとも心に来るものがある。
 というか、この履歴書の内容。酷いぞ。あまりにも酷い。とにかく嘘と見栄が多いのだ。
 履歴書と職務経歴書によると、親父は今の会社に入社後、すぐにインドネシアの自社提携工場に出向して責任者をやっていたらしい。
 その功績を認められてパリやイギリスなどの支社に赴き、バリバリ指導をしていたそうな。
 中国語、英語、日本語、フランス語を喋れるマルチリンガルで社会情勢にも詳しく、会社のグローバル戦略の要だったとか。おいおい、何がマルチリンガルだ。13(thirteen)と30(thirty)の違いもわからないくせに。
 しかも勇退した前会長の懐刀だったとか、リーマンショックを予め予測して進言したとか、これから潰れるであろう経営が怪しい証券会社の名前をいくつも知っているだの、よくもここまで虚偽妄想を並べられるもんだと逆に感心してしまうほどだ。ただの窓際族だったくせに。
 むしろ、こんな面白い内容の履歴書が書けるんだ。かなり文才があるんじゃないかと思う。親父の知られざる長所を発見してしまったのかもしれない。
 しかしながら、こんな履歴書じゃレンタルビデオ屋のバイトだって受かるか相当怪しい。
 俺は机の上に一緒に置いてあった白紙の履歴書に親父の書いた履歴書の内容を、なるべく当たり障りのない感じで書き写した。わけのわからない見栄や嘘は一切なしで、穏やかで優しい、実直な性格が現れるようなテイストに仕上げた。
 そして封筒に封をして机の上に戻した。
 その後、親父がやってきてしっかりと封をされた履歴書を不思議そうに眺めていたが、そのままもっていってしまった。そもそも履歴書は書きかけだっただろう。もう少し疑ったり、変に思ったりしないのか。
 数日後、親父がビデオ屋のバイトの採用連絡を受けた。嬉しそうではあったが、やはり腑には落ちていないようだった
 親父が俺の耳元でそっと訪ねた。
「・・・履歴書書いたのお前?」
「そうだけど」
 親父はふーむ、といった感じで少し考えた後、俺の肩をぽんと叩いてこう言った。
「まぁ、俺の程じゃないけど、よくかけてたんじゃないか。ありがとな」

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