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自転車で訪ねる式内社、140字の古社巡礼
2021年9月30日 21:42
水北町の八幡神社へは瀬戸の市街地を北上。水野川を渡り鳥居なき入口から境内へと続く石段を自転車を担いで上る。参拝のため拝殿に進むと陶製の竜や獅子。さすが陶都に鎮座する神社だ。春日部郡というには微妙な場所だからか、由緒書はあるも乎江神社について触れておらず。写真は愛知県瀬戸市。
2021年9月29日 13:21
入口近くの小塚には小祠がまつられ大留城があったことを示す標柱。子安神明社ともうひとつの論社、神明神社間の距離は近く驚くのは二社を取り巻く環境。神明神社境内の親王塚古墳以外に高御堂、三明神、大留荒子、天王山、気噴七号と古墳のオンパレード。結構な「密」具合。写真は愛知県春日井市。
2021年9月28日 20:27
「式内社調査報告」によるとすでに廃絶したとされる乎江神社。式内社探索の先達は七社の神社をそれぞれ比定したが、どれも決定打には至らない。とはいえ先達が考証した神社を訪ねたい。向かったのは春日井市大留町の神明神社。本殿西側、親王塚という名のこんもりした円墳。写真は愛知県春日井市。
2021年9月27日 20:50
西区比良の六所神社は式内社二社を合祀する。不思議だ。鳥居をくぐるとすぐに番塀、その屋根部分の下に祭神を記したプラ製の板。非多神社の祭神は国常立尊と天御中主命、乎江神社は木花開夜姫。両社ともに別の場所に鎮座。それにしても「非」が「多」い神社って。写真は愛知県名古屋市。
2021年9月26日 10:30
同郡の田県神社が男神とすれば、大県神社は女神である。三月に執行される豊年祭。残念ながら田県神社のような立派な「ご神体」は見られないが、境内で待ち受けると白い布をかぶった女性たちが現れた。麓の境内から三十分ほどの本宮山。濃尾平野を見渡す大県大神の気分を満喫。写真は愛知県犬山市。
2021年9月25日 09:35
一ノ鳥居と標柱が立つ入口は独立したように離れている。常夜灯二基が立つところに至り、境内に入ったことを実感。由緒はないので「式内社調査報告」に頼ると、境内から弥生式土器や古墳時代の須恵器が出土と知り驚いた。一キロ北には境内地が弥生遺跡の阿具麻神社もあるから。写真は愛知県一宮市。
2021年9月23日 20:00
小口神社の向かい側、小口城趾公園にそびえる楼閣。小口城は織田信長に攻略され廃城となった。城内に鎮座していた天神社がその後、小口神社に当てられたという。鳥居をくぐり直進したら右へ。拝殿東側には天然記念物に指定されたヤマガキ。神社は小口だが鎮座するのは大口町。写真は愛知県大口町。
2021年9月22日 14:14
神明社が鎮座するのは桜で有名な五条川沿い。神社北側に井上城趾があり、「式内社調査報告」によると城内に清水わく井戸があったそうな。いまも「井出」という小字がある。井出神社となすべき旨の嘆願書が出され認められるも、明治期に江南の神社が正式決定されるという悲運。写真は愛知県岩倉市。
2021年9月21日 20:26
江南駅の東に鎮座する神社は木曽川からも近い。社名の通り境内には井戸跡があるという話。残念ながら探し出せなかったが、青々とした社叢から地下の豊富な伏流水を想像。境内地や周辺から弥生時代以降の遺物も出土。また江南市には酒蔵が三軒も。水の恩恵、古代から現代まで。写真は愛知県江南市。
2021年9月20日 19:29
岩倉市内の立野神社は幼稚園の北側に鎮座。ひと癖あるFATBIKEに乗った中年の僕、下手をすれば怪しまれはしまいか冷や冷や。小さな境内では社名が刻まれた常夜灯や社号碑が見られる。また境内地や周辺から弥生の土器片や古墳時代の須恵器片が出土。古代に一番近い論社である。写真は愛知県岩倉市。
2021年9月17日 20:44
参道右手には青々と伸びた稲の海原。民家が立ち並ぶ鳥居前とは対照的だ。ありきたりだが、神社と田んぼ、その組み合わせの風景が好き。一宮市千秋町の立野神社は論社の一社。参道を進み番塀を越えると境内の広さを感じる。天神社でもあり祭神には菅公も。寝そべる牛がその証。写真は愛知県一宮市。
2021年9月17日 10:47
参道の常夜灯と社叢のヒノキが整然と立ち並ぶ。社名の「虫」は昆虫を指すのか。他国にも同様の社名の神社を訪ねたが、トンボやチョウなど昆虫を祭神やご神体とする話を聞いたことはない。夏から秋へと季節の変わり目。セミの合唱に混じるツクツクボウシ。確かに「虫」は多い。写真は愛知県犬山市。
2021年9月15日 13:21
標柱近くにFATBIKEを止めて境内へ。気がつくと周りにひとだかり。「これ重くない?」「重いだろう」グランドゴルフに集まってきたおじいさんたちの質問に答える。木津用水沿いに鎮座し、日本武尊と大美和津弥命が祭神。近くにある長泉塚古墳の被葬者とも関係があるみたいだ。写真は愛知県扶桑町。
2021年9月15日 05:40
初めて訪ねたとき勝栗の交差点近くに「マロン」という喫茶店があったことを記憶している。地名の栗にちなんだ名前なのだろう。削栗神社も栗つながりで当社が比定されたようだが、社名は「ケツリ」「サクリ」「イガグリ」など読み方は様々で一定しない。式内社の社名は難しい。写真は愛知県一宮市。