日本の森、モリのニッポン紀行

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佐久神社@甲斐國八代郡。

湖だった甲府盆地から湖水を抜き平地にして農業を振興させた...甲斐の建国神話を由緒に含む神社がある。佐久神社もそのひとつで蹴裂神、つまり土本毘古王が「山巌を蹴り裂き以て之を疏導し始めて平土を得」た。王の墳墓は北西に位置する天神山古墳。訪ねるも場所分からず...

写真は山梨県甲府市。

笠屋神社@甲斐國巨麻郡。

国道358線沿って流れる荒川。その西側、国母鎮座の笠屋天神は笠屋神社に比定される。Googlemapには社名が表示されるも実際に訪ねるとそこに坐すのは熊野神社。天神社はいずこに? 休みの朝の静かな境内に柏手が響く。拝殿後方に回り込み本殿の屋根を見上げると天神社の梅紋。

写真は山梨県甲府市。

倭文神社@甲斐國巨麻郡。

朝鮮五葉松はかつて倭文神社の御神木。いまはなきその場所に石碑が立つと本で知る。「其ノ往時、朝鮮ヨリ渡来セル人士薬物トシテ携帯セル種実ヲ地ニ委ス。本樹ハ即チ其ノ成長セシモノ...」。碑文の「種実」=御神木の真偽は分からない。でも郡名巨麻が指すのは松の故郷では。

写真は山梨県韮崎市。

宇波刀神社@甲斐國巨麻郡。

境内から離れて立つ鳥居はひと味違う。くぐるときに頭を打たないか心配なくらい背が低い。また柱は太くずんぐりむっくり。その姿、可愛らしくもある。山梨らしくブドウ畑に囲まれ、境内と畑の境界にはスギの巨木。神紋は諏訪大社同様、梶の葉。鳥居の扁額に「諏訪大明神」。

写真は山梨県北杜市。

穂見神社@甲斐國巨麻郡。

標高1037mの苗敷山。古社巡りで奥宮目指す登拝は何度かあるが、千m超の山は初めて。フカフカの落葉。ボウボウと茂る草。突然のガレ場。道を失うこと数度。寂しいおひとり登拝。山頂では江戸中期建造の社殿がお出迎え。よくここに建てたものよ、と先達の努力を讃え手を合わす。

写真は山梨県韮崎市。

穂見神社@甲斐國巨麻郡。

洪水で湖と化した甲斐国の水を治め平野とした六度仙人。稲「苗」を「敷」き民に米作りを授けた山代王子。甲斐の創世神話の主人公は苗敷山頂にまつられる。登拝の前に里宮を参拝。桜が多い境内のベンチに腰掛けて富士山と対座。空気が澄む当日は山容がくっきり見える当たり日。

写真は山梨県韮崎市。

穂見神社@甲斐國巨麻郡。

畑中に引かれた一直線の道とJR穴山駅東の丘陵との境に鎮座。鬱蒼とした森とともに古社の趣を高めるのが「松の神石」。本殿を見下ろす高みに露頭した巨岩には注連縄が巻かれ、マツの根が岩から生えている如く錯覚。自然はときに不思議なものを創造する。手を合わせ頭を垂れる。

写真は山梨県韮崎市。

神部神社@甲斐國巨麻郡。

垂仁天皇期に大和の大神神社より勧請された大物主命が祭神。奉遷の故事を再現したといわれる「曳舟神事」は三月執行。神部神社だが鳥居には「三輪大明神」の扁額。「神」は「ミワ」とも読むじゃんと納得。参拝を終えて境内を出ると鳥居前に「強歩大会」を走る甲西中学生の姿。

写真は山梨県南アルプス市。

山梨岡神社@甲斐國山梨郡。

平野に突如現れた「岡」、というだけなら驚きはしまい。鳥居から拝殿に至るまでの間に目にするのはただならぬ「岡」の本性。屹立する巨岩群は磐座であり石森山という「岡」の主であることは一目瞭然。磐座信仰がこの聖地の起こりのはずだが、山梨岡神社とされたのはなぜ? 

写真は山梨県山梨市。

山梨岡神社@甲斐國山梨郡。

県名の由来となる神社で「岡」とは後背の御室山を指す。由緒中の「旧社地御室山古墳」が気になり参拝後、境内右手奥の斜面を川伝いに登山開始。遠くを走り去る鹿の姿。山林中、視界が開けたと同時に多量の積石と開口した石室。盛土の古墳とは違う異様さ。高句麗の墓制とも。

写真は山梨県笛吹市。