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工藤會判決について組織の論理と法の限界

クーデターではないのかと思いました




暴力を維持するにはお金がかかります。死に様よりも生き様を見ていました。殺人などの罪に問われ、1審で死刑判決を受けた組織のトップに対して、2審の福岡高等裁判所は1審の判決を取り消し、無期懲役の判決を言い渡しました。さまざまな考え方があると思いますが、やりすぎてしまった組織が堅気に手をかけたことで変わってしまったと感じる人もいるでしょう。人が人を裁くということの難しさや裁判員制度なども見直す時が来ているように思います。判断を人に委ねるということは、そこに人としての弱みもあると感じます。DAOやロボットが感情を入れずにビッグデータから判断することが、これからは妥当かもしれません。ルールが変化していくことと法律が変わることを抜きにして、掟に従う論理が崩壊しているのが現状です。


供述が変わり、複雑ですが、忠誠心をかけた言葉なのか、人としての捨て身のようなことが最後に分かります。共同正犯やヤクザの行動原理を憶測で判断できるのか疑問もありますが、トップを持っていかれないようにするために、日本最大の暴力団でも総裁を立てて組長を守る体制にするなどの方法がありますが、私はこの判決で、これからは指示をしても死刑にならないと感じました。組織として親分に迷惑がかからないようにするために先に気持ちを汲んで走る。「私が勝手にやりました。兄貴分は関係ありません」や「内の若い衆や後輩は関係ない」と庇うのがアウトローとしての掟だと思います。口では格好いいことを言いますが、いざという時に何もしてくれないことや相手を疑うこと、罪を擦りつけること、裏切られたことに対する憎しみが強くなることや嫉妬や妬みから自分を解放するしかないのです。


人は必ず裏切ります。特殊部隊や拷問の訓練を受けていない限り、人は情に訴えるものです。人に迷惑をかけるのであれば、捕まる前に警察に飛び込むか、安全な場所に身を置くか、北朝鮮のように薬を飲んで自分で命を絶つか、などの選択肢しかありません。私が考えるに、その場で諦めがつけられるかどうかが重要です。そこで諦めがつけられる人こそが大きな人物なのではないでしょうか。


 ウイニー事件について思うこと


裁判は時間がかかりますので、事件の詳細はご自身で調べてください。優秀な人が時間をかけて心身ともに力尽きたことが残念です。日本の検察は強く、どんなことでもしかねないのが彼らのやり方です。日本の法律から逃れるために海外で戦っている起業家たちも、突っぱねるポイントを間違えると塀の中に行ってしまいます。起業家とは、塀の中に行かずに利益を上げることです。理不尽なこともあるでしょうが、人に迷惑をかけないのであれば、ある程度は認めて、諦めてその時間をイノベーションに使ってほしいと思います。時間は有限だからです。


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