見出し画像

部族民のなりすまし?!文化的マントを羽織る人々【映画『チェロキー・グランドマザー』】

アメリカの先住民族の一つであるチェロキー族。
実は今、そんなチェロキー族を祖先にもつと主張するアメリカ人がとてつもなく多いのだそう。

しかし、実際にはそのほとんどが、チェロキーの血をわずかにしか受け継いでいない、または全く受け継いでいない人が多いのだといいます。

では、なぜ彼らは「チェロキー族のアイデンティティ」を持つことに特別なこだわりを持っているのでしょうか?
そして、そんなアメリカ人に対し、当事者たちが抱えていた知られざる苦悩とはー?

今回は、そんなテーマに切り込んだポップで愉快な映画『チェロキー・グランドマザー』の解説をご紹介します!

〈作品時間〉9分0秒
〈監督〉Anthony Sneed
〈あらすじ〉アメリカの原住民であるチェロキー族出身の人々が嫌がること。それは「私にもチェロキーの血が混じってる」 という言葉。人種のるつぼと言われるアメリカだが、 実は原住民の気持ちを全く理解できていないのである。そんな問題を2人の男女のデートでコミカルに描いた作品。

***

『祖先がチェロキーだった』は禁句表現?!

自身も東部チェロキ一族の一員として育ってきた監督。
ひとたび自分がチェロキーであることを公言すれば、まさに映画の主人公と同じように、いつもネイティブアメリカンじゃない人に限って「自分はネイティブアメリカンだ」と主張したがる場面に多く出会ってきたといいます。

そういう時は決まって、劇中のセリフそっくりそのまま、「実は私のひいおばあちゃんがチェロキーだったて聞かされて育ったのよ!」だとか、時には「自分のおばあちゃんがチェロキー・プリンセスだった」などのデタラメをいってくるのだそうです。(チェロキー族には「王女」のような世襲称号に似たものを伴う社会制度はなかったにも関わらず。)

実はこうした経験をしているのは監督だけではありません。
連邦国勢調査の報告によれば、2000年にチェロキー族であると自認したアメリカ人の数は約72万人、2010年にはさらに増えて約81万人の人が少なくともチェロキー族の祖先が一人いると主張したのだそうです。

チェロキー族に限らず、ネイティブ・アメリカンであれば必ず一度はあるというこの経験。
しかし、当の本人たちからすればこれらの反応は少々うざったい行為なのだといいます。

彼らがうざいと感じる理由は人それぞれですが、監督によれば、会うたびにこの話題を持ち出されたり、人の血統について事細かく聞き出す行為そのものにうんざりしてしまうのだそう。

確かに、あんな検査キット一つで簡単に調べられてしまうのに、ろくに自分のルーツも知ろうとせず、いちいちこのような話題を持ちかけられたらうんざりしますよね。

しかし、とはいえそんな彼らの違和感は一体どこからやってきているのでしょうか。

そのもっと奥深くにはチェロキー族の歴史的背景が関係しているとも考えられます…。

チェロキー族とは

そもそもチェロキー族とは、連邦政府に認められた自治的なネイティブ・アメリカンの部族であり、そのほとんどは、オクラホマ州東部やノースカロライナ州のグレート・スモーキー山脈の緊密なコミュニティで暮らしています。

チェロキー族はかつて他の民族(チョクトー族、チカソー族、クリーク族、セミノール族)とともに「5大部族連合」として一つの大きな塊でした。

主権国家であることから、独自の法や政治制度などが成立しており、かつては母系制の妻方居住婚を実施するなど、女性がチェロキー社会で大きな政治的、社会的権力を握っていました。

しかし、17世紀初め、ヨーロッパ人による植民地化の影響で、彼らは社会的・政治的な伝統を変えていこうという動きが高まっていきます。その一つが、結婚でした。

チェロキー族の人々は、ヨーロッパ人や周辺白人との異人種間での結婚を発展させ、彼らとの関係を良好に築き上げていくことによって、金属や鉄の道具、銃などの流通を確保することに成功したのです。

さらに、19世紀初めには、裕福なチェロキー族の小集団が人種奴隷制を採用し、チェロキー族の家族の 7 パーセント強が奴隷を所有していたとも言われています。
そのため、20世紀初頭には、アフリカ人とチェロキー族が異人種間の家族を作ったという話が、チェロキー族奴隷の子孫によって語られました。

つまり、この部族以外の者を積極的に親族制度に組み入れてきたという歴史が、「チェロキー族の子孫である」という考えを、多くのアメリカ人の間に浸透させた一つの大きな理由であると考えられています。

忘れてはいけない歴史「涙の道」

しかし、忘れてはいけないもう一つの理由があります。

1829年、ジョージア州で起きたゴールドラッシュにより、白人たちが突然、チェロキー族たちの土地に乱入してきました。

当時、東海岸から大陸収奪を始めていたアメリカ人たちは、ミシシッピー河と大西洋の間に住んでいた先住民たちを、ミシシッピー河の向こう側に追いやってしまおうと考えたのです。

先住民族たちは懸命に抵抗しましたが、当時のアンドリュー・ジャクソン大統領らが、彼らを西部オクラホマ州のインディアン居留地へと強制移住させる方針を決め、武力でこれを強要しました。

強制移住させられたチェロキー族は、約1300キロもの道を、なんと徒歩で、歩かされることとなりました。この悲劇は「涙の道」と呼ばれ、その途上で、1万数千人もいた彼らのうち、子供や老人も含むおよそ4,000人から5,000人が亡くなったのです。

「涙の道」のルートマップ

このとき、ノースカロライナ州をはじめ、東部から南東部のチェロキー族の一部は、彼らの境遇に同情的な白人の助けを借りながら強制移住を免れ、現在の東部チェロキー族の祖となりましたが、チェロキー族は大きく西部と東部に分断されることとなりました。

強制移住にあった先住民族たちは、現在のオクラホマ州(チョクトウ・インディアンの言葉でオクラは「人々」を、ホマは「赤い」を意味します)を、「永遠の楽園」としてアメリカ政府に約束され、そこで生活を再開し始めます。

劇中で主人公のワインが赤色に、その彼女のワインが白色になっていたのも、まるでネイティブ・アメリカンと白人を表しているかのようですね。

しかし、そこから間も無くして、再びカリフォルニアでのゴールドラッシュを皮切りに、東部の白人勢力がオクラホマをはじめとする西部へ乗り込んできたのでした。


なぜみんなチェロキーに憧れるのか

一方、こうした史実があったのにも関わらず、1830年代のチェロキー追放後、部族はよりロマンチックな目で見られるようになりました。

特に、南北戦争前の南部では、連邦政府に対して自治権を守ろうとする彼らの決意に感化され、1840年代から1850年代にかけて、南部全域で、多くの白人がチェロキー族の曽祖母の子孫であると主張し始めたのです。

白人たちはときにチェロキー族の王族の祖先を主張することで、南部の息子または娘としての生まれながらの地位の古さを正当化し、攻撃的な連邦政府に対して自分たちの権利を守る決意を確立させたのでした。

ちなみに、劇中に登場した涙を流す先住民ですが、あれは俳優のアイアン・アイズ・コーディが、keep America Beautiful という非営利団体のコマーシャルに出演した際のもの。

コーディは元々イタリア系の両親を持つアメリカ人でしたが、ネイティブ・アメリカンの人々が抱える苦難の中に自分自身との類似点や慰めを見出し、それ以降はスクリーン内外問わず、まるで自分が先住民の子孫であるかのような生活を送ったのだそうです。

確かに、自然と共に生き、独特な伝統や文化を大切にしながら連邦政府と戦ってきたチェロキー族は、どこか’神秘的でかっこいい存在’なのかも知れません。

しかし自分のアイデンティティを変えてまでチェロキーの過去を所有していると主張することは、時に、アメリカ人として自らを正当化し、アメリカ人が部族に対して犯した歴史の事実から目を背けることで、チェロキー族の人々の尊厳を傷つけてしまうことにもなりかねないのです。

”(チェロキーの子孫であると主張されることは)すごく疲れることであるし、先住民であることが何を意味するかを骨抜きにする。”

Anthony Sneed監督

劇中の「文化は気軽に纏えるマントではない」という言葉は非常に重要な意味を持っているのですね。


豪華チェロキー族による制作現場!

ウェス・スチュディ

また、この映画は多くのチェロキー族の人々によって作られているのも見どころ。

ネイティブ・アメリカンとして初めてアカデミー賞を受賞したウェス・ステュディが出演しているのはもちろんのこと、映画制作を学びたいチェロキー族の人々が集まって、みんなで撮影を行ったのだそうです。

ウェスは映画「荒野の誓い」にも出演している

また、主人公のChef役は、当初監督の叔父であり東部チェロキー族の元族長でもあるChief Richard Sneedによって演じられる予定でしたが、急遽来れなくなってしまったため、演技経験も全くなかったバリーによって演じられることになったのだとか。

多くのチェロキー族の人々で賑わった現場はちょっとした文化交流の場にもなったのだそう。この映画が、彼らが抱える密かな思いを共有することのできる、一つの大きなきっかけになればいいですね!


🎬 SAMANSAではその他たくさんの作品を公開中! 🎬
↓↓↓
https://lp.samansa.com/


〈SAMANSA公式アカウント〉
Twitter

Instagram

TikTok

公式LINE アカウント

この記事が参加している募集

#映画感想文

66,651件