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映画『ブラックファイア』―“黒人になる旅”へあなたもご招待

「黒人になってみよう」

衝撃的なコンセプトと目の離せない展開が惹きつける、ブラックユーモア満載のショート映画『ブラックファイア』。

「カレン」と呼ばれる女性について、そして赤いジャケットを着た男の正体は一体誰なのか…?

今回は『ブラックファイア』における作品紹介をお届けします!
あくまで個人の意見になりますので、皆さまのご意見もお待ちしています♪

ここから先はネタバレを含みますので、よろしければ作品をご覧になってからお読みください!


〈タイトル〉『ブラックファイア』
〈監督〉Christian Kamaal
〈作品時間〉15分01秒
〈あらすじ〉
新しく越してきた地域の公園に、黒人がたむろしている。身の危険を感じたカレンは警察に通報するも、謎の通販番組で販売されていた、黒人になれる香水、「ブラックファイア」を利用することにする。

SAMANSA

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◎ブラックファイアとは

ひと吹きすれば黒人になれる魔法の香水、「ブラックファイア」

白人女性のカレンは謎のテレビCMからこれを受け取り、ためらいもなく自身に吹きかけてしまいます。

みごと「黒人」となったカレンは、黒人同士の中のコミュニティに入り、これまで知らなかった彼らの文化や考えを知ることに。

しかしこれらの描写、なにか違和感を感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

黒人の彼らがカレンへ取る態度―

髪の毛を結ってくれようとしたデニースは、カレンがポケットから財布を出そうとするとおびえた反応を見せたり…

カレンがとっさに名乗った、黒人女性の典型的な名前である「レジーナ」や「レジーナ・キング」(アメリカの黒人女優)に怪訝な表情をしたり…

集会でカレンの「お互いを理解し合おう!」という主張に嘲笑ったり

その一方で白人のカレンにはスマートフォンに映る自分が黒人に見えていたり、

駆けつけた白人警察官も、彼女を黒人だと認識して発砲しています。

つまり、「ブラックファイア」の効果は非黒人の人々には黒人であるように見えますが、黒人の人々からは本来の自分の姿で見えているという、なんとも皮肉なアイテムだったのです。


◎カレンという人間


「カレン」という人間について。

近年アメリカでは、さまざまなことに異議を唱え、自分の特権と正義だけを守り抜き、堂々と人種差別を行う白人女性を「カレン」と呼びます。

1960-70年代にかけて生まれた白人の女の子にカレンと名付けることが多かったことから、こうして呼ばれているようです。

彼女たちは、家のプールで泳ぐ黒人家族に本当にその家の住民なのか確かめようとしたり、
ぶつかっただけの黒人の男の子に痴漢をされたと言って通報したり、
とりわけ黒人の人々に傲慢な態度を取ります。

作中のカレンも、公園でバーベキューをしている黒人たちをあたかも自分が危害を加えられたかのように通報していますね。

ネットやSNS上ではこうした中年の白人女性が通報する様子を収めた動画が話題になり、その陰湿で凶悪な差別がこれまで日常的に行われていたことが明らかになりました。

彼女たちの中には非白人に対して露骨に偏見を持っている人もいれば、偏見を持っていることに気が付かない人もいます。

作中でのカレンは黒人に対して危機感を持ちながら、「ブラックファイア」をすぐに使ったり、黒人文化にルーツをもつ”コーンロウ”(編み込みをする髪型)に喜んだり…。

またアメリカには、「フライドチキンは黒人奴隷の食べ物だ」という昔から続く偏見があります。
しかしカレンがフライドチキンをむさぼるシーンから、白人であれ誰であれ結局はフライドチキンを好んでいるということがわかりますね。

さらには劇中でカレンが言い放った「ニガーたちよ!」というセリフ。
「ニガー」は黒人を侮蔑的に表現するタブーな単語で、黒人同士でも相当仲の良い間柄でしか使わない言葉です。

しかしカレンは肌の色さえ一緒であれば「ニガー」を使っていいという間違った認識を持っていながら、お互いを理解しようと声高らかに言いのけたのでした。

こうした矛盾する態度の裏には、自身が人々を差別している自覚がなく、
ただ理解できないものに対する恐怖 と、

白人であるゆえに自分は被害を受けないだろう、という絶対的な安心感があるのかもしれません。

ちなみにカレンの友人”ベッキー”ですが、実は「カレン」と同じように「BBQベッキー」という異名が存在します。

彼女もまた公園でバーベキューをする黒人らを激昂して警察に通報する映像がSNS
に出回り大きな批判を浴びた「カレン」の一人だったのです。


◎赤いジャケットを着た男の正体

劇中でも一際存在感を放っていたこの男性。
目を引くのは首にかかった太い縄大きな木でした。

これらはアメリカの人種差別における歴史にとって非常に重要な出来事を連想させます。

白人至上主義団体として知られる「KKK(クー・クラックス・クラン)」は、
南北戦争後の19世紀後半以降、犯罪を犯した黒人を裁判にかけず、
暴力を振るって殺害後、街中の木や電柱に遺体を吊るして見せしめとしていました。

警察や住民らもこれを黙認していたために、これまでに4000人以上の黒人の人々が、犯した罪とは関係ない暴力によって犠牲となったと言います。

『ブラックファイア』に登場する謎の男性も、首には縄がかかり、顔も傷だらけ。

つまり謎の男性は迫害にあった被害者であり、
これまで犠牲になった人々の怒りと悲しみがつまった”ブラックファイア”を差別主義者に送ることで、
アメリカにおいて黒人であるとはどういうことなのか、体験させていたのです。

残念なことに、昨今でも黒人を狙って縛り首の縄を使ったヘイトクライムが増加しています。

2020年6月、カリフォルニア州で木に吊るされた黒人男性の遺体が相次いで発見され、当時は自殺と見られたものの、遺族や近所の人々が抗議。

黒人にとって縛り首の縄は差別、暴力の象徴であり、それを使って自殺をするなどもってのほか。
その結果、治安捜査局の再捜査が行われることが正式に決定しました。

また黒人の人々にとって看過できない縛り首の縄を、玄関の前や博物館の展示室、さらには黒人指導者として有名なキング牧師の記念碑にまで置かれる嫌がらせも多発。

縛り首の縄を中学校に置き、有罪判決を受けた少年は「誰も差別するつもりはなかった」と言い、人種差別における歴史や知識を持っているとは言い難いものでした。
権力を持つ大人の発言や表現が、歴史や意味を理解していない子どもたちにヘイトを許しているのです。


◎偏見と人種差別

2020年に黒人男性が白人警察官によって殺害され、世界中に広がった人権差別抗議運動 ”Black Lives Matter” (ブラック・ライブズ・マター)

一度は耳にしたり、もしくは抗議活動に参加された方もいらっしゃると思います。

こうした差別への抗議活動が広がるにつれて世間の見方が変わっていく一方で、アメリカにおける人種差別意識がいかに根強いものなのか、痛感せざるを得ません。

私たちは非白人への差別に注目しがちですが、
先ほど紹介した、”特権を振りかざす異常な女性”「カレン」についても、
逆に言えば白人女性は標準的で普通であるべきという固定概念があるともいえます。

私たちが生きていく中で、今までも、そしてこれからも
ステレオタイプに囚われないでいることはとても難しいことです。

ステレオタイプというものは、実は新しい物事を知るためにはある程度必要なものですよね。

だからこそ私たちは、一種の凝り固まった偏見を持っていることを
常に自覚して、時には踏みとどまって考えていくことも大切なのではないでしょうか。

※表記について
黒人、アフリカ系アメリカ人、Blackなどさまざまなものがありますが、今回は必ずしもアフリカをルーツとしない人々もいることを考慮し、
黒人と統一して表記しました。 


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