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そるとが人生を考えてみた

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感受性が豊かで心身に不調を抱えてきたわたしが、人として生きることを考えてみた。
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#人生

光が強いほど闇も濃くなる。私は人生のコントラストを歓迎する。

恋人がいる。 相手と会えて「すごく嬉しい」と感じたとしよう。 一方、相手に会えない時は「さみしい」感覚が強くなる。 世の中、光と闇の波がある。 光が強いほど闇も濃くなる。 人間として生きる以上、これは定めなのだ。 私は、光が強くない場所でずっと生きてきた。 その分、ある意味闇は濃くなかったんだけど、私はなんとなく生きている実感がしなかった。 外部と接触を断ち、光も闇もない、波がない所で生きることはできるけれど、それをした私は「自分がロボットのようだ」と感じていた。 だから

それってほんとに"自分らしさ"?

去年の12月中旬から、今年の初めにかけて、わたしはstand.fmの音声配信をストップしていました。去年の3月からずっと続けていて、活動を止めたのは初めてでした。 なんで、ストップしたの? わたしのなにかがそう言ったから!(攻殻機動隊?) ――個人的な事情はさておき、そのサイトの文化に染まりきる自分に嫌気がさした、という側面があります。 最初は良かったのです。でも、どんどん泥臭いことが分かっていき、なんとなくその中に染まり……。 これって、ほんとの"わたし"だっけ?

"生きること"は目的? 手段?

労働でお金を稼ぎ、そのお金でご飯を買って、生きる。 労働は"生きること"に繋がっている。 そして、労働にたくさんの時間を使うわたしたちは、"生きること"に精一杯だ。 ずっと、なんとなく、"生きること"を目的にしていたような気がする。 "生きること"を安定させるために、多くの時間を労働に費やしてきた。 趣味を仕事にしているわけでもなく、多くの会社員がそうであるように、そこまで強い思いを仕事に抱いているわけではない。 わたしの時間(=命)の多くは、"生きること"のため

しあわせの回路を開発しよう

しあわせを感じるには、回路を開発する必要がある。 と、さっき、カウンセラーさんに聞いた。 楽しいことをあまり感じられない。 これが、わたしのコンプレックスのひとつ。 でも、冷静に思い返してみれば、"世間的に楽しいとされているモノ"を受け付けなかっただけで、"個人的に楽しいモノ"はないわけじゃなかった。 わたしは、外側の世界に心を閉ざして生きてきた。 だから、わたしが楽しいと思うものは、わたしの内側の世界のものしかなくって、「楽しい」と思える対象が少なかった。 ま

わたしを厳しくジャッジしていたのは、わたしだけ

成果を上げなきゃ、認められない。 からだに鞭打ち、外の世界を凝視して生きてきた。 けれど、からだが動かなくなって。 どうしても成果を上げられなくなって、とても怯えて過ごしてた。 どんな言葉で罵倒されるのだろう、とか、 ご飯が食べられなくなる、とか、 存在を否定される、とか、 色々考えて、目の前が真っ暗になった。 でも、そのいずれも実現しなくって、 わたしは虚構の世界で生きてきたことを、思い知った。 ひとは、わたしのことにそこまで興味ないし、 わたしを厳し

人生の高跳びをとんだり、あえてとばなかったり

わたしに、ぎりぎりの高さでバーを置いてくるのは、だれなんだろう? いつもいつも絶妙な高さだ。 人生の大半、何十年も、とびこせなかったバーがあるのだけれど、 最近、それをとびこすことができるようになった。気がする。 * 他の人が、人生を楽しんでいるとき。 わたしは、ただひたすら、バーのことを考えていた。 わたしの世界はわたしだけのもので、他の人と比較できないから、何も言えないけれど、 わたしは、あまり人生を楽しむことをせず、ひたすらバーのことばかり考えていた。よ

"弱い"わたしから、"強い"あなたへの、強いことば

わたしの声は小さい。 たくさん喋れない。 押しも弱い。 よく分からないけど、この世の中は、 たくさん喋って、大きな声を上げる人が、牛耳っている。 なんでそんなに偉そうなんだろう? そう思いながら、わたしは『おいしくないところ』『日の目を浴びないところ』に追いやられ、コツコツとすべきことをこなした。 声が大きい人は、わたしがいることに、気づいているのかなあ。 分からないけれど、わたしはわたしの人生をコツコツと生きていった。 別に、目立ちたくはないし、本当の意味

世界は白黒だから わたしはグレーへ

白黒は人を惹きつける。 白黒にどっぷりはまっている人。 白黒を利用する人。 わたしは、どっぷりはまっていた。 自分を"黒"として、"白"を目指して、自己否定を繰り返し、 こころとからだが悲鳴を上げた。 そして、ようやく気付いた。 世界は、ほとんど、グレーゾーンだ。 今、"外の世界の人"が白黒ゲームにどっぷりはまっているのを、観察している。 白が強いほど、影は濃くなり。 黒が強いほど、弱い人から身を隠す。 白黒を利用して、影に飲み込まれた人を見た。 その

人生にはルートもゴールもない、ようだ。

ルートはひとつ決められていると思っていたけれど、それはわたしの思い込みだった。 みんなが通ろうとしている、昔に作られたルートはあるけれど、新しい道を見つけることもできる。 ゴールはいくつか決められていると思っていたけれど、それはわたしの思い込みだった。 生きている以上、道にいるのだ。どこにだって行けるし、寝転がって休んでも良い。 進みながら外の世界を見回す。 これが生きるということ。かな。 世間が作った「ゴール」は幻想。 道はいくらでも作り出せて、つまらない「ゴ