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2022.5.20 『愛国のリアリズムが日本を救う』の勝劣を見極める

『愛国的リアリズム』と「cool head, but warm heart」

今回は、高橋洋一氏の自著『愛国のリアリズムが日本を救う』が刺激的だったので、他本と比較してみた感想を書いていこうと思います。

氏の言う『愛国』とは、“国益を守る”ということ。

その『国益』とは何か。

<国という共同体において、そこに生きる人々の雇用が確保され、生きがいを持って仕事に打ち込み、相応の賃金が確保されることは、経済政策の根本だ。
相応の賃金の総和が国の豊かさであり、それを実現することが国益の追求となる。>

“雇用と賃金の確保”が、経済政策の究極の目的であり、貿易自由化、規制緩和、税制改革などは、そのための手段に過ぎない。

『リアリズム』とは“現実を直視した政策的合理性の追求”です。

上記の『国益』を目指して、経済の現状を正確に把握し、どのような政策を用いるべきかを合理的に考える。

イギリスの経済学者アルフレッド・マーシャルは、
「経済学者は、cool head, but warm heart(冷静な頭脳と温かい心)を持たねばならない」
と言いましたが、『愛国』が「warm heart」、『リアリズム』が「cool head」とすれば、『愛国のリアリズム』とは経済学の基本そのものです。

『雇用の確保』とは、国家共同体の追求すべき究極の目標

従来の“労働者 対 資本家”という枠組みでは、労働者の利益を追求するのが“左派”、資本家の利益を考えるのが“右派”でした。

したがって、『雇用の確保』とは、“左派”的な目標ですが、私は“国民の幸福を守る”という日本の伝統的理想からしても正当なものと考えます。

例えば、学校を卒業して、いよいよ実社会に出ていこうとする青年が、就職先が見つからないという事ほど残酷な仕打ちはありません。

「君は社会に必要とされていないよ」
と、言われているようなものだからです。

しかも仕事は人間が成長し、『生きがい』を見つける場の一つであるから、青年にはそのような場が必要です。

また、仕事を持っていた人が、企業倒産や解雇で失業するのも悲劇です。

失業手当や生活保護で国家のお世話になって生きてはいけても、その人なりに共同体に貢献する生きがいも誇りも失われてしまいます。

逆に、子育てが終わった主婦や定年後も健康な老人が仕事を得られるというのは、収入のみならず、人々と交流し、そこでの生きがいを追求できるという点で、幸福な人生を得る道です。

この“雇用重視”の考え方が、従来の社会主義と根本的に違う点があります。

伝統的な社会主義は、19世紀的な貧しい社会を前提にしており、そこではとにかく物質的な保障をする事が目標でした。

金銭的な保障だけなら、21世紀の豊かな社会では、失業手当や生活保護などでも構いません。

働かないでも食べていけるというのは、労働を神の罰とするキリスト教社会では理想でしょう。

しかし、日本では、高天原たかまがはらの神々も田を耕したり、はた織りをしたりして働いています。

神様も人間も、一人ひとりが“処を得て”働き、それを通じて成長し、共同体に貢献する。
そういう生き方が理想と考えられてきたのです。

この理想から見ても、『雇用の確保』とは、国家共同体の追求すべき目標なのです。

アベノミクスは本来は左派政党がやるべきこと

この雇用の確保という点で、アベノミクスは成果を上げています。

<しかし、第二次安倍政権は、経済政策の根本である失業率を減らして雇用を確保するための金融緩和政策を行い、その結果、完全失業率は2.5%(2018年4月)と1993年以来の低水準になり、2018年春の大卒就職率は98%と3年連続で過去最高を更新した。>

失業率がこれだけ下がれば当然、人手不足となり賃金も上がります。

<さらに、2018年の春闘で労働者賃金について連合が発表した平均賃上げ率は2.16%(前年は1.98%)であり、連合会長・神津こうづ里季生りきお氏は、
「今後の展開にどうつなげうるかという意味で、非常に価値のある回答を引き出していただいた」
と語っている。>

雇用を増やし、賃金を上げるというのは、労働者のための社会主義的政策です。

<安倍政権が行ってきたマクロ経済政策(以下、マクロ政策)が雇用政策であることは、欧米では常識である。
本来であれば左派政党が実行すべきことなのだが、保守政党が実現し結果を出しているわけだ。>

左派系野党の基礎的な学力と分析力、先見性がない

保守政党が、本来、左派政党のやるべき事をやって成果を出しているとすると、左派政党は何をやっているのだろう。

彼らは1年以上もモリカケ問題で安倍内閣の足を引っ張ろうとしてきたが、そこでは国民のためになる事など頭から考えていなかった。

結果として、大臣の首一つ取れなかった。

モリカケ問題は、国民の為を考えていないという意味で「cool heart」(冷たい心)であり、政策合理性もないという意味で「warm head」(のぼせた頭)です。

経済政策ではどうか。
高橋氏は立憲民主党の枝野幸男前代表との次のような経験を紹介しています。

<枝野代表は以前から「利上げで景気回復」という信じがたい意見の持ち主だった。
筆者はあるテレビ番組で枝野氏と議論したことがあるが、そのトンでもぶりに驚き、・・・
そのロジックは、金利を引き上げると年金生活者などの消費が活発になり、経済が伸びると言うのだ。>

金利上昇が景気を冷やすという経済学の常識を踏まえていない点で「warm head」です。

そして、就職に困る学生や失業者のことは考えていないという意味で「cool heart」であり、これでは、
<左派系野党の基礎的な学力と分析力、先見性がないとしか言いようがないから、議論しようにもできない>
という高橋氏の指摘もむべなるかなと思わざるを得ません。

アベノミクスなるものへの不信感を確認できる手がかり

左派系の政治家がダメだとしたら、学者はどうなのか。

「cool head, but warm heart」で、アベノミクスを批判する学者はいないのか? 

高橋氏はこう、こき下ろします。

<海外で常識となっているマクロ政策を理解していれば、現状を打破する道筋は自ずと決まってくる。
このことを理解できない日本の経済学者は多い。
・・・
・・・
日本の経済学者の著作物を読んでみても、先に答えだけ述べてロジックはほぼない。
本人たちは論証しているつもりなのかもしれないけれども、ただ意見を言っているだけでしかない。>

いくらなんでも、これは酷評に過ぎるのではと思ったので、アベノミクスの批判本を探してみたところ、
『偽りの経済政策-格差と停滞のアベノミクス』
という堂々たるタイトルの本が見つかりました。

出版元も岩波新書だし、アマゾンではカスタマー・レビューも12件、5つ星評価で3.8と、読者の評価もまずまず。

読者のレビューでは、
「アベノミクスなるものへの不信感を確認できる手がかりがここに」
「日本を三流国にしてしまったアベノミクスを推進する日銀の論理を、完膚なきまでに論破しつくした論争書!」
など、これまた勇ましいタイトルが並んでいます。

著者の服部茂幸氏は京都大学で経済学博士を取得し、現在は同志社大学商学部教授というから、肩書きも本格的です。

そういう学者が、まさか「ロジックはほぼない」とか、「ただ意見を言っているだけ」などという事はないだろうと、この本を読んでみた。

雇用増加はみせかけ

アベノミクスの主眼たる『雇用の確保』について、服部教授の主張を見てみると、教授は【第2章 雇用は増加していない】の冒頭で、<雇用増加はみせかけ>との見出しを設けています。

“完全失業率は2.5%(2018年4月)と1993年以来の低水準”というデータをどう“みせかけ”だと論証するのか見物みものです。

教授がまず持ち出すのは、2000年から2015年の延べ就業時間数、就業者数、労働生産性の経年グラフです。

これを見ると、2012年を100として、就業者数は2014年のアベノミクス以降は増加に転じており、
<これだけ見るとアベノミクスが就業者を増加させたように見える>
としながら、それは“みせかけ”だといいます。

まず“就業者”は週60時間働く人も、1時間しか働かない人も同じ就業者として扱われるから、“経済学の上で正しい雇用あるいは就業の指標は、延べ就業時間”であるとして、それがかつての110くらいから100前後に落ち込んでいるので、
<アベノミクス期には雇用が全体として減少していることが分かる>
と結論付けています。
 
“延べ就業時間”は“経済学の上で正しい雇用あるいは就業の指標”と黄門様の印籠のように権威づけられても、
「そうはならんやろ?」
としか思えない。

何が正しい指標かは、政策の目標によって変わってくるでしょう。

前述のように国民一人ひとりの生活と生きがいも含めた雇用確保を最終目的とするなら、失業者数が正しい指標でしょう。

例えば、全体の延べ就業時間がいくら増加しても、正規社員が月何百時間も残業させられる一方で、多くの派遣社員が人員整理されているような状態では『雇用確保』の目標からみて何の意味もないでしょう。

本人たちは論証しているつもりなのかもしれないけれども

『雇用の確保』を究極の目的とするなら、失業者数を最小化することが、目標となるはずです。

直接的な人数で見れば、アベノミクス前の2013年から2017年の比較は、以下の通りです。

 (万人)   2013   2017  増分
 労働力人口  6,593  6,720  127
 就業者数   6,326  6,531  205
 失業者数     265     190    -75

日本全体の人口が微減の中で、労働力人口が増えているのは、それだけ多くの人が仕事を求めるようになったからです。

今までなら就職を諦めていた人が、求職に希望を持つようになったという良い傾向です。

そして、就業者は205万人も増え、失業者は75万人減りました。

これはどう見ても、“雇用が増加している”としか言いようがないでしょう。

この単純なデータを示さずに、横から“延べ労働時間”を持ち出して、それが増えていないからと言って、就業者数増加は“みせかけ”であり、
<アベノミクス期には雇用が全体として減少していることが分かる>
と言い切る論理が私には理解できません。

しかも、その後で、
<2015年以降は延べ就業時間でも微増に転じている>
と言いつつ、
<けれども、云々…>
と言い訳を続けています。

高橋氏の言う、
<本人たちは論証しているつもりなのかもしれないけれども、云々…>
とは、こういう事を言っているのかと疑ってしまいます。

愛国のリアリズムの正道

ただ、失業率が2.5%にも低下し、大卒就職率が98%と新卒採用も難しくなって、経済界も悲鳴を上げています。

安倍政権が突然、『外国人労働者受け入れ』の方針をぶち上げたのは、そのためでしょう。

外国人労働者の導入は、失業者を増やし、賃下げをもたらす政策で、本来、労働者の味方であるはずの左派政党なら大反対すべきところなのですが、日本の左派政党からの反対の声は聞こえてきません。

結局、彼らは日本の労働者の味方ではなく、近隣諸国の味方なのでしょう。

『愛国』ではなく、『売国』と言うべきです。

欧米諸国は安易に外国人労働力を入れて、移民が引き起こす社会問題に悩まされ、いまや移民反対の声が大きくなりつつある時代であるのに、それを学ばずに半周遅れの政策をとろうとしているのは、これは『売国のお花畑論』です。

真の愛国のリアリズムなら、どう考えるべきか。
高橋氏【労働人口減少は心配しなくて良い】という見出しで、例えばメガバンク3行がAI(人工知能)の導入で、約3万人の業務量を減らすという動向を紹介しています。

AIまでいかなくとも、宅配の配達要員が不足しているなら、コンビニ受け取りや宅配ボックスを増やせば良いわけです。

スーパーのレジも、セルフレジ方式が導入されつつあります。

こういった技術革新は、人手不足で賃金が高くなるほど加速します。

そもそも企業の間接部門、農林水産業、介護、行政など、日本の労働生産性は国際的に見れば、まだまだ低い状態です。

労働市場の逼迫と賃金上昇は、労働生産性を高める絶好の原動力となるはずです。

安易に外国人労働力に逃げることなく、企業が人手不足を直視して労働生産性向上を追求すれば競争力も強化されます。

労働生産性が高まれば、賃金上昇にも耐えられます。

国家は生活保護のコストを下げ、税収も増加します。

この国民、企業、国家の『三方良し』こそ、愛国的リアリズムの正道でしょう。


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