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2020.5.24 中国の疫病が変えた世界史⑥

近代化とは?

シンガポールは中国系の住民が大半ですが、清潔で美しい街です。それもそのはず。

たとえばタバコの吸い殻を路上に捨てると150シンガポールドル(約1万2千円)、バスからゴミを捨てたら1,000ドル(約8万円)、その他、痰を吐いても、公衆トイレを流し忘れても罰金が科されます。

中国人には清浄の観念が欠如しているので、衛生向上のためには法によって厳しく罰する以外手がありません。

シンガポールは蒋介石が志した新生活運動を厳罰によって成功させた事例と言えますが、もう一つの成功例があります。

日本統治時代の台湾です。

清朝時代の台湾は風土病が多く発生し、毎年のように数千名のコレラ患者が発生していたため「瘴癘(しょうれい)の地」とも呼ばれていました。

台湾平定時の日本軍は戦死者164名に対し、病死者が実に4,642名という有様でした。

内務省衛生局長から台湾の民政長官に抜擢された後藤新平は、疫病予防は上下水道の設置から始まるとして、大規模な上水道とパリの下水道にならった
排水路を建設しました。

これらの上下水道が東京よりもずっと早く完備したことで、台湾の人々は自慢にしていました。

また主要道路は舗装して深い側溝を作り、汚水雨水の排出を速やかにしました。

ほとんど都市の形をなしていなかった台北では大都市計画を実行し、整然とした清潔な市街を作り上げました。

さらに伝染病を抑えるために、台湾医学校を設立して多くの台湾人医師を育てました。

こうした努力により、台湾では日本と同様の近代的な公衆衛生インフラが築かれたのです。

しかし、日本の敗戦によって台湾に入ってきた国民党軍は、再び疫病を持ち込みました。

1946年にはコレラ、ペスト、翌年には天然痘が大流行しました。
いずれも日本統治時代に絶滅していた疫病です。

この時は国連の指導と救援で、なんとか疫病撲滅に成功しました。

近代化とは、目に見える高層ビルや空港を作ることばかりではありません。
現代のシンガポールや日本統治時代の台湾のように、上下水道などの衛生環境、検疫予防、医師の育成から民衆の生活習慣改善まで地道な公衆衛生インフラの整備が必要になります。

今回の新型コロナウイルスの流行を見ても、中国大陸ではこうした地道な努力が欠如していると言えるのではないでしょうか。

つづく…

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