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時間の奪い合い

世の中の娯楽は時間の奪い合い合戦である


先日、漫画家の友人と話していて、ふとそんなことを思いました

ここ数十年で様々な娯楽が増えたと感じています
丁寧に紐解くと、
YouTube、ネットフリックスやアマゾンプライム等の映画、Spotifyやアマゾンミュージック、webマンガ、voicyなど

どれも等しく娯楽であるが、元々は何かのコンテンツ×webとの組み合わせです

YouTube→ホームビデオ、テレビ
アマゾンミュージック、ネットフリックス→映画、DVD

Spotify、アマゾンミュージック→CD、ライブ
WEBマンガ→商業マンガ
VOICY→ラジオ

媒介が違うだけで体感している概念はどれも昔からあるものばかりです。

このnoteも一種の発展した娯楽だと思っています

ブログに文章がうまいプロが介入した発展版と捉えています。

かつて、プロの提供するものにぼくたちは興奮し、時間を割いていた。

時代が移ることで、プロの過程まで経なくても様々な抜きん出た人も目立てる時代になった

そのことによって業界全体の発展の寄与に貢献しているかもしれない。
はたまた、業界全体の水準の報酬を下げているかもしれない。

人間の時間の総量=総人口×24時間である以上、僕たちは誰かの時間を取り合う闘いをしている。

そう考えるとますます時間を主体的に使おう

そう思うようになりました。

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