見出し画像

【vol.12】東京大学生産技術研究所特任研究員・環境学博士 北祐樹さん 「気候災害のパーソナライズ予測で、誰も傷つかない社会に」

地球温暖化の影響で、増え続ける強い台風、大雨、干ばつの長期化、ゲリラ豪雨などの気候災害。現在の海面上昇と気温の上昇は30〜40年前の予測が現実に起こっているという。この状況と今後の対策を探るため、東京大学生産技術研究所特任研究員で環境学博士の北祐樹さんにお話をうかがった。迅速な気候災害のパーソナライズ予測で、人や社会が傷つかない社会を目指すべく現在起業準備中の北さん。気候災害に関わる生活やビジネスへの具体的なサポートを目指している。

── まずは気候変動による地球温暖化についておうかがいします。私が子供のころですが、東京の夏は気温が30℃で「暑い日」でした。現在は40℃近い日も珍しくないですが、人体は暑さに順応してくるものでしょうか。

 そうですね、いつの間にか「猛暑日」(35℃を超える日。気象庁が2007年4月1日から使用し始めた気象予報に関する用語)というのができて、近年では本来普通ではないはずの猛暑日が毎日のように続いたり…。

 とくに東京では、気候変動による温暖化に加えてヒートアイランド現象でより暑くなっているので、夏休み中のお子さんが昔のように外で遊ぶのが難しい日も多いですね。人間の体温は以前と変わっていませんから、猛暑日の増加は人体にも社会にも大きな危機だと思います。


── 地球温暖化にはさまざまな見解があると聞きます。恐竜が台頭していた時代の地球は現在以上に温暖で、現在の気温の上昇は異常ではないなど…

 まず、「地球温暖化」という概念が生まれたのは、気温と二酸化炭素濃度の関係が見つかり始めた1980年代です。石炭を燃やすことで大量に出る二酸化炭素ですが、生産活動の中心が農業から工業に移っていった産業革命以降、石炭が大量に燃やされるようになりました。

 そのために産業革命以前の気温と今の気温がよく比較されるのですが、今の世界平均気温は0.9℃ほど上がっているようです。とくに20世紀後半から気温の上昇傾向がはっきりと観測され、さまざまな研究からもこの気温上昇は人間の活動によるものと考えられています。

 一方で、2億3000万年〜6600万年前の恐竜の時代は、太陽活動や海面水温、地球の中のマントルの活動などの影響で今よりも温暖な気候でした。当時は南極にすら氷がほぼなかったと聞きます。しかし、気温はここ100年ほどの間で、非常に急激なスピードで上昇しています。これは太陽活動や地球のマントルの活動だけでは説明できないことです。

── いま世界で問題になっている地球温暖化は、氷期と間氷期という地球のサイクルによる気温の変化とは違うものなんですね。

 はい、何万年というスパンでの気温変化ではなく、ここ100年ほどの時間軸の中での現象が地球温暖化問題です。数万年のスケールの地球・太陽活動による気温変化は今にとっての問題ではなく、人間の今の活動がこれから10年、20年後に影響を与えるということが、今議論されている地球温暖化・気候変動問題として、緊急に対応しなくてはいけない課題だと考えています。

 温室効果ガスの代表格である二酸化炭素の濃度は、1000〜200年前ほどは一定でしたが、産業革命移行急激に上昇しています。本来は地中にあった石炭や石油などの化石燃料を人間が取り出して、含まれていた炭素が燃焼されて大気中に放出されたため、二酸化炭素が増加したということが確実視されています。

 二酸化炭素濃度の上昇から少し遅れて、地球の平均気温も上昇してきました。二酸化炭素の本来持つ温室効果について、大気や海洋の予測シミュレーションをスーパーコンピュータで実施するなど数多くの研究が実施されてきました。今では気象の研究者の多くは、人為的な二酸化炭素などの温室効果ガス排出が地球温暖化を引き起こしていることに異議はないと思います。

  1992年のリオ地球サミットでは、12歳の少女セヴァン・スズキさん(子どもの環境団体の代表)が「人類の活動が地球に影響を与えている」と演説し、世界から大きな関心を集めました。その時に気候変動枠組条約という、地球温暖化がもたらす悪影響を防止するため世界的ルールが定められて、全世界的に環境保全と温暖化防止への関心が高まり、世界各国での取り組みが始まりました。

 現在は消費者だけではなくて、環境問題に取り組むことが企業成長につながるということが世界的なトレンドになっています。金融庁などが企業のステークホルダーやサプライチェーンを含めた二酸化炭素排出量を計算して情報を出すことを義務づけて、二酸化炭素をたくさん排出している企業の商品は買ってもらえないということにもつながっています。


── 今から約30年近くも前に、グレタ・トゥーンベリさんのような少女が地球温暖化に関する演説を行っていたのですね。

  カナダ人のセヴァン・スズキさんは現在も環境問題の活動家として活躍中で、地球温暖化に関する重要人物だと思います。実は私も大学生の頃に環境問題に関する学生活動をしていました。国際的な会議に参加して、若者として化石燃料を減らそうと訴えたり、政治家の方に若者の声を聞いて政策を決めてほしいと陳情するなどの活動をしていました。今は小泉環境大臣をはじめ、昔よりは若者の声を聞いてくれる政治になったと思います。


── 大学では地球物理を専攻されていたとのことですが、環境問題に関心を持たれたきっかけは?

 環境問題は小学生くらいからずっと関心を持っていました。きっかけはおそらく小さい頃から犬と一緒に生活していたことだと思います。動物、特に哺乳類が好きで、彼らが環境破壊に苦しんでいるということをテレビなどで知りました。自分たちのせいで他の生き物が苦しんでいるのが、自分にとっても辛いことでした。その当時はオゾン層破壊やゴミ問題が関心を集めていたので、それらについて調べて授業で発表したりしました。

 また、祖父が理科の教員で科学についてよくいろいろと教えてくれたため、研究者や科学者を目指すようになりました。科学を勉強する中で環境問題にも関心を持ち続け、高校生で科学と環境という2つのテーマを交えた道に進んでいこうと決心しました。

── 2021年7月に独立され、気候変動による災害に対応する事業の起業を始められるのですね。

 2018年に西日本豪雨、2019年に東日本台風のような大きな災害が立て続けに起きました。研究生活の中で、研究に携わっているだけでは台風自体をどうにもできないのではないかと感じてきました。気候変動という緊急事態に対して自分にできることがあるのではないかと起業を考え始めました。より多くの人が災害により適切に対応できるように、より迅速に自分たちを守れるように、研究の力を届けていきたいと思います。そのために新しい会社を立ち上げ、気候変動により誰も傷つかない持続可能な社会の創造に貢献したいと思います。

 具体的には、災害や洪水が起きやすい場所をあらかじめ見つけて知らせ、予防につなげること。膨大な研究データがあるので、日本全体の状況はわかっています。しかし、例えば、東京の●●区ではどうしたらいいのか? 沖縄県那覇市のこの人はどうしたらいいのか? という具体的な情報が足りないため、十分な対策が行えていないのが現状です。

 台風が来やすい場所、洪水が起こりやすい場所、気温が上がることで被害が出やすい場所…全然違いますし、人によっても違う、その人の立場によっても違うので、気候変動に関するデータをより適切に使って、情報をパーソナライズすることが大事だと考えています。

戸田市周辺の洪水ハザードマップ


── 自宅や職場の近くに川や海があったり、崖崩れの可能性があったり…地域ごと、自治体レベルで具体的に取り組んでいかないといけないですね。

 おっしゃるように、日本の自治体は3年前に施行された「気候変動適応法」に基づいて、「地域気候変動適応計画」を策定することが推奨されています。ただ、この計画の策定は努力目標なので、日本にある1700の自治体の中で策定している自治体は60くらいで、まだ対応する準備ができていないのでしょうね。

 例えば、台風が来るのはだいたい3日前にはわかります。その時点で堤防をつくりましょうと言ってもできるわけがありません。ただこれまでの研究成果や、とりあえず国土交通省発行のハザードマップである程度危ないエリアの目星はつくかと思います。ただそれが実際にどれくらいの可能性があるのか、どういう台風がきてどんな被害が予想されるのかはわかりません。そこを掘り下げてどう対策して行くべきか、どの災害の可能性に一番注目すべきか、その辺をもっとパーソナライズしていくべきだと考えます。

 最近NHKの特集でもやっていましたが、洪水などが起きやすい場所に住む人が、この1年間、全国で150万人くらい増えているそうです。それは宅地開発や、川沿い・海沿いの景観の良さゆえもあります。しかし、いつどういうときに危ないかというのはわからないので、将来の気候リスク情報をどうパーソナライズしていくかが大切です。川も全部が一気に氾濫するわけではないので、雨が降ってきて、それが川に流れ込んで、どこに水が溜まるか、などをさまざまな条件で計算しなくてはいけません。

 水害への建築に関する規制も厳しくなってきていると聞きます。危ないエリアでは住宅ローンが借りられなくなったり、あるいは嵩上げをしなくていけないなど、具体的な対策についての規制や補助が検討されているようなので、今から家を探す人は洪水などの気候リスクにより注意すべきだと思います。


── なるほど、建築に関する知識も必要になってきますね。

 気候変動は建築以外にも、農業などにも関係してきますし、洪水だけではなく熱中症などにも対応しないといけないですから、今後の被害をどう減らすかについて日々考えています。

 例えば、マンションでは電気設備が危ないですね。2019年10月の東日本台風では、武蔵小杉で浸水被害が発生し、地下や1階にあった電気設備がやられ、建物全部が停電してしまったマンションもありました。最近の新築マンションでは電気設備を上に設置するマンションもできていますが、既存のマンションでは、電気設備に防水対策を施すなど追加的な洪水対策が今後必要になってくると思います。



── ちなみに今年は梅や桜の開花はかなり早かったでですが、関東の梅雨入りは6月半ば過ぎと例年よりも遅く、もしかして気候変動が改善している面もあるのか?と一喜一憂してしまいますが…

 温暖化が毎年進んでいるとはいっても寒い年もあったりしますし、実際今年1月には結構雪が降りましたよね。寒い年もあれば暖かい年もあるように、大気中のブレは常に存在します。ブレながらも、着実に気温は上がっていっているという状態です。ですから、温暖化という現象はなかなか理解されにくく、対策もしにくいんですよね。


──10年とかもう少し長期的なデータでみる必要があるのですね。

 そうですね。長いスパンでいうと雨の強さは確実に強くなっています。干ばつなども長引いていて、当然海面上昇と気温が上がっていくという予測はきちんとされています。しかも、30〜40年前に予測されていたことがいま実際に起こっているんです。気候研究の信頼性が確かめられていることからも、今後も研究成果はきちんと注目して見ないといけません。実際に二酸化炭素はまだ排出され続けていますので…。このままでは気候危機は長続きするだろうと感じています。


──最近ではドイツやベルギーを中心とした洪水、熱海の土石流などの被害がまだ収まっていません。気候変動が引き起こす被害が年々ひどくなっているように感じます。

 例えばデング熱は、病気を媒介する蚊が熱帯性の気候を好むため、日本で温暖化が進行すればデング熱のリスクが高まると言われています。地球上で一番人間を殺しているのは「蚊」だともいわれますが、温暖化により蚊の生息域が広まれば、世界的にも感染症リスクが高まるでしょう。

 また、コロナウイルスも一説ではコウモリなどに棲んでいたウイルスが人間の体に入ったことで発生したと言われています。これは人間が他の生き物の住処に踏み込んで、今まで出会ったことのないウイルスに出会ってしまったと見ることもできます。アフリカや東南アジアの開拓もどんどん進んでいくので、またこういう感染症などが発生する可能性はあるでしょう。それはもしかすると、これまでより手強いウイルスかもしれません。


──今後の課題についてお聞かせください。

 海洋と気候変動の関係性はまだわからないことがたくさんあります。台風は空から見ればなんとかわかりますが、1万mまである海の中では電波も届かず、海洋についての未知の要素が気候変動に影響を与えるかもしれません。日本の気候研究は世界的にも優れていますが、気候変動への対策を進めるためにも研究を深めていかなければいけません。学生など若い方にも、気候研究に興味を持ってほしいですね。

 ますます進んでいく気候変動に対して、ハザードマップや天気予報をきちんと見るという対策もありますが、被害を防ぐ・減らすためには十分ではありません。企業、自治体、市民それぞれ対策は異なるので、一人ひとりに合った気候変動対策ができるよう、テクノロジーの力でパーソナライズすることを、新しい会社で実現したいと思います。

 自分自身も勉強中の身ではありますが、気候変動を始めとする環境問題に正解は存在しないので、さまざまな方とコミュニケーションを取りながら、最新のテクノロジーを使った気候変動対策を丁寧に進めていきたいと思っています。
(2021年7月27日)


【PROFILE】

北祐樹(きた ゆうき) 1992年生まれ。和歌山県出身。東京大学生産技術研究所 研究員。気候変動による洪水リスクについて研究。学生時代は、全国大学生環境活動コンテスト実行委員会、環境三四郎、NPO法人エコ・リーグ、Climate Youth Japanなどの学生団体で環境活動に従事する。東京大学大学院新領域創成科学研究科にて、爆弾低気圧や波浪について研究を行い、2020年3月に環境学博士号を取得。2021年6月まで、MS&ADインターリスク総研株式会社に勤務。noteで気候変動に関する記事を配信中

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?