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デリバリー暴力は初仕事に不向き


「よし、ここで停めろ」
運転席の男は物々しく、静かにブレーキを踏んだ。人通りの少ない静かな住宅地の一角に車を停める。
「兄貴、マジでやるんですか?」
緊張した声で助手席の男に訊いた。
「ああ?ボスの娘にちょっかいかけた三下にお灸をすえに行くのが今回のお仕事だろ?」
短く刈った髪に鋭い剃りこみ、袖口から覗くタトゥーに修羅場慣れした風格に筋骨隆々の肉体。この男がカタギの者でないことは一目瞭然だった。
「まあ、お前はこの手の荒事は初めてだったな。俺の働きぶりをしっかり見ておけよ」
弟分は畏敬の念の篭った眼差しを向けた。
この人はどんな困難な仕事も軽々しくこなしてしまえるのだろう。










「うぅ……」
助手席の男が情けない呻き声をあげる。その顔は腫れ上がっていた。
「兄貴……」
車の運転をしつつ彼を見やる。
「何もいうんじゃねぇ……。今回は油断しただけだ」
もうこの近辺を3周はしていた。
「次は……次こそは仕留める……こいつでな」
その手には金属バットが握られていた。
「まずお前が玄関でヤツの注意を引く。その隙に俺が裏口から侵入してこいつでガツン!だ。わかったな?」
「うす……」
「気合が入ってねぇな。これで根性入れてくか?」
「す、すいません!兄貴、俺は本気です。マジでやります!」
「わかってんならいいがな。もし……これはもしもの話だが、今回も失敗したら次は”先生”を呼ぶことになるぞ」
「ひ……!”先生”ですか!?」
「ああ、”先生”だ」











「それでお前らカスどもは二人がかりでカタギにボコされたんだな?死ぬか?」
「すみません……」
「すみませんじゃねぇよ。この商売はなぁ……面子が命だってわかってんだろ?」
「はい、すみません……」
折れ曲がった鼻の穴から血を垂らしながら兄貴は言った。
まさかバットを奪われた上に二人まとめて返り討ちに遭うとは思ってもいなかった。
後部座席に大義そうに座る男は通称”先生”。誰もが怖れる組織の暴力装置。仕事が難航したときに呼ばれる恐るべき”手段”。
「カスどもが回りくどい手を使いやがって……。こいつで一発ズドン!でおしまいでいいだろ」
”先生”が拳銃を弄びながら言う。
こうした直接的な暴力を好むのが彼の特徴だ。
弟分は痛みで軋む体を恐怖で震えあがらせた。











「かひゅ……かひゅ……」
”先生”が力のない手つきで首筋を押さえている。そんな努力も虚しく漏れ出る赤い水流が後部座席一面に血の海を作っている。
まさか銃を奪われた上に”先生”が撃たれるなんて。首の傷口から漏れる空気音が、沈黙で満たされた車内でただひとつの存在感を主張している。

――もうこの人は駄目だろう。

二人が口に出さずともそんなことはわかりきっていた。
「次、どうします……?」
「まずは車の掃除と死体の処理だろうが……」
ボコボコに腫れ上がった顔を顰めて助手席の男が言った。


Fin

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