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2021年8月の記事一覧
紫陽花の季節、君はいない 35
御葉様は、まるでスマホのメールを読んでいるような表情で鈴を眺めていた。
「夏越殿、これはただの夢ではないと八幡神様が仰っています。貴方達が再会することを本気で願っている人間がいると。」
そういえば、御葉様は八幡神様の声を聞くことの出来る唯一の精霊だと紫陽が以前に言っていた。
「しかし…御葉様、たった今夏越はその者に会ったことがないと申したばかりでは。」
「涼見。その人間はおそらく夏越殿がこれから
紫陽花の季節、君はいない 34
涼しい風が咲き誇る紫陽花の森からさわさわと吹いてきた。
いないはずの彼女も「心配していたんだよ。」と言っている気がした。
そういえば、闇から目を覚ます前に見たあの光景は何だったのだろう。
あれも「妄言」だと言われてしまうだろうか。
言おうかどうか迷っていると、
「夏越殿、何か言いたげですね。」
と御葉様に言われてしまった。
「実は…目を覚ます前に、八幡宮の拝殿で俺と紫陽の再会を願っている女の子
紫陽花の季節、君はいない 33
「闇。さっき気を失っていた時に見たあれか。
何だか妙に居心地が良かった。」
俺はあの空間にずっと居ても良かったとすら思っていた。
すると、涼見姐さんと御葉様の表情がみるみるうちに青ざめていった。
「夏越!お前、闇に飲まれるとは『消滅』すると同義なのだぞ!!」
姐さんが俺の肩をガシッと掴んで俺を揺さぶった。そして、姐さんの目から涙が溢れていた。
「愚か…者。お前が消滅したら生まれ変わってくる紫陽は
紫陽花の季節、君はいない 32
「社会が俺を必要としていないのではなく、拒絶しているのは俺の方?」
「そうだ。お前だってはじめから警戒されている人間と関わりたくないだろう?」
涼見姐さんは、ふうと溜め息をついた。
「──涼見、夏越殿に対して言葉が厳し過ぎますよ。」
聞き覚えのある、穏やかな女性の声。
「御葉様。」
黄金色の髪の巫女姿をしているが、彼女はこの八幡宮で一番位の高い精霊である。
「御葉様、こやつにはこの位厳しく言わ
紫陽花の季節、君はいない 31
「──夏越、お前…目の前の人間をきちんと見ていないのではないか?」
思いがけない姐さんの指摘に、俺は顔をしかめた。
「何で見てもいないのに、そんなこと言えるんだ!」
急に大声を出したので、頭がくらくらする。
「分かるさ。お前が先程から言っていることは、お前の妄言だからだ。
お前の母親が儚くなったのも、紫陽が転生を選んだのもお前に責は無い。
夢に見たのは、お前が抱いている『罪悪感』だ!
お前は不安
紫陽花の季節、君はいない 30
「夏越…お前、3月に此処に来たときよりも酷い顔をしているぞ。何があった?」
姐さんは真っ直ぐに俺を見た。
誤魔化しなどは通じないだろう。
「姐さんには叶わないな。話すよ。」
俺は木にもたれ掛かっていた体を起こした。
「俺さ、夢で義理の母親に実の母親と紫陽が死んだのは俺のせいだって言われたんだ。」
俺の言葉に姐さんの眉が微妙に動いた。しかし何も言わないので、俺は話を続けることにした。
「今度は俺
紫陽花の季節、君はいない 29
「夏越、気がついたか。」
今俺がもたれ掛かっているケヤキの精霊、涼見姐さんが眉間にしわをよせて、顔を覗き込んできた。
「姐さん…何で此処に?」
「それは此方の台詞だ。
ギリギリ頭が鳥居の内側に傾いたから、私は本体の枝をへし折って、お前の体を境内に入れて此処まで運んでやったのだ。
骨…いや枝が折れたわっ!!」
姐さんが俺に対して不機嫌なのは通常運転だが、どうやら心配してくれていたらしい。
俺の傍ら
紫陽花の季節、君はいない 28
しばらくすると、明るさに目が慣れてきた。
俺は鳥居の外にいたはずなのに、八幡宮内の随神門に立っていた。
「何か変だ。」
この明るさはまるで昼間ではないか。
それに、此処から見える拝殿の側の桜は花が咲いている。
俺の後ろから、セーラー服を着た女の子が一人で歩いて来た。
「夏越クン──。」
知らない女の子から俺の名前が出てきて、俺はドキッとした。
しかし、彼女は俺を見ていない。
俺と同じ名前の知り