耳屋⑤ 結果、オランダ式だった
耳屋さんは、彼女のお誕生日とか記念日を大切にする方?
まあ、誕生日位は…。
耳屋は小さい声で答えた。
よく、結婚記念日を忘れて、奥さんに怒られたとか、機嫌が悪くなられて大変な目にあった経験談聞くじゃない?
ウチだったら、それで私が機嫌を悪くしてたら、機嫌を戻すキッカケが無いかも…。
耳屋は、ちょっとだけ顔を上げて、私を見た。
私は、窓越しに見える、駅前を行き交う人の流れを眺めながら、話を進めた。
結婚して10年以上経つけど、誕生日も結婚記念日もほぼスルーっていうのか、忘れてるっていうのか、うっかりしてるっていうのか…。
もちろん、私も最初は機嫌を悪くして、主人に言ったわ。
「忙しかったからしょうがないだろ!!」
って、逆ギレ。
私以上に不機嫌な態度を続けるものだから、私が先に機嫌を直したフリをして、主人のご機嫌をとるしかないぐらい。
結局翌年にはまた、結婚記念日も誕生日も当たり前にスルー。
主人の誕生日には、忘れずにケーキを用意したり、レストラン予約したりしてたのよ。
主人は、祝ってもらうのは当たり前に喜んでた。
私も段々期待しなくなったけど、それでもやっぱり寂しくなって、結婚記念日が過ぎて数日経った時
「先週、結婚記念日だったね」
って、静かに聞いてみたこともあったの。
「その日は忙しかったから」って、相変わらず。
でも、その年の結婚記念日は日曜日だったから、普通に一緒にショッピングモールに買い物に行っただけだったのよ。
私も開き直って、自分の誕生日には自分が気に入ったお店で、自分が気に入ったケーキを買う事にしたの。
夕食後に「今日は私の誕生日だから、ケーキがあるの」って、ケーキを出す。
主人は子供と一緒にハッピーバースデイの歌を歌うし、当たり前にケーキを食べる。
スルーしてる事実には目を向けずに。
なんか、モヤモヤしない?
ある時、学生時代の友人で、オランダ人と結婚してオランダに住んでる子と話す機会があってね…
「オランダでは、誕生日には誕生日の人がケーキを買って、振る舞うんだよ。オランダ方式だね。」って。
自分の誕生日を覚えていてもらう事を誰かに依存して、覚えられていない事を寂しいと思わなくて済むやり方。
合理的で悪くないかも。
私はオランダ式なわけ。
ここまで話して、私は目の前のアールグレイを一気に飲んだ。
ベルガモットの香りが、自分の中に爽やかに広がるのを感じた。
耳屋は、フルーツが入った紅茶の上にクリームがのっているものを飲んでいた。
ねえ、耳屋さん。
やっぱり、結婚記念日と誕生日位は、覚えていてあげてね。
プレゼントなんてなくても…。
耳屋は小さく頷いて、少しだけ微笑んだ。
おわり
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