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この1冊『生皮 あるセクシュアルハラスメントの光景』(井上荒野 朝日新聞出版)

井上荒野さんの代表作

第139回芥川賞を受賞した『切羽へ』をはじめとする多くの受賞作を生み出している井上さんの代表作のひとつです。
人の心の内を登場人物の言葉にして描くその書きぶりは、人間味に溢れ、とても力強く、清々しさを感じます。
『生皮』293ページを一気読みしました。

1961年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。1989年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞し、デビュー。2004年『潤一』(新潮文庫)で第11回島清恋愛文学賞、2008年『切羽へ』(新潮社)で第139回直木賞を受賞。『あなたがうまれたひ』(福音館書店)など絵本の翻訳も手掛けている。

amazon.co.jpより

7年前の「咲歩」の性被害を中心に描く

【7年前】
動物看護師の咲歩は、小説を書いてみようとカルチャセンターの小説講座に通い始めます。
編集者を辞めて講師を務めていた月島光一は、咲歩に作家への可能性を見出し、熱心に指導をするようになります。
そのうちに、月島の講師としての情熱に性の欲望が混じり合うようになり、咲歩への性暴力へと突き進みます。

咲歩はとっさに顔を背けたが、そのまま体重をかけられ押し倒された。月島の整髪料が強く匂った。

月島のペニスがねじ込まれてきたときも。膣が引き攣れる痛みに顔を歪めながら、咲歩は自分が彼とセックスしている理由を数えていた。

『生皮』より

この小説を書く前に性暴力の体験談を読みました。
…性暴力というものは、「男が覆いかぶさってきた」「望まない行為をされた」などと婉曲に表現されるべきじゃない、と思ったんです。「愛していない、セックスをしたいと思っていない男のペニスが自分の中にねじ込まれた」、そういうことなんだよって伝えたかったんです。

好書好日(https://book.asahi.com/)井上荒野さんインタビューより

「現在・7年前・28年前」の3つの時代と登場人物たち

『生皮』は、3つの時代に様々な人物が登場する構成です。

【28年前】
女性の地位は低く、セクハラが常態化していた昭和の時代に、多くの女性たちが翻弄されます。
編集者として働く月島は、結婚を考えていた麻子から別れを告げられ、セクハラに悩む真行寺を見捨ててしまいます。
麻子や真行寺への行いを恥じながら、貶めて自分を納得させた月島は、賞賛を得る相手として若手作家の夕里を選びます。

【現在】
ある日、月島が載っている新聞記事を目にした咲歩に整髪料の匂いが甦り、胃を掴まれる感覚に襲われます。
7年前の傷がまだ生々しいことに気づき、7年前の性暴力の告発を決意をします。

7年前の性被害を告白されて戸惑いながら、咲歩に寄り添い続ける夫の俊。
小説家の夢を折られて月島の妻となり、夫の奔放さを見ぬふりしてきた果てに性加害者の妻となる夕里。
かつて月島の講座受講生で咲歩と同じ性被害に苦しんできた洋子。
性被害の告発記事を吊り広告で目にし、SNSで被害者を非難する真人。
句会の女性たちと性的な関係を持ち続ける俳句結社の主宰者林田。
音楽界を目指す若者たちを性暴力で支配する赤坂。

咲歩は告発のあと、動物病院を退職し、俊と距離を置きます。
その間、芥川賞作家の洋子が性被害を告白して、月島は地位を失います。
林田や赤坂らに対する性被害の告発が続きます。
「あれはレイプですよ」の声が起き、#MeToo 運動が広がります。

あるセクシュアルハラスメントの光景

咲歩は、告発をしたのは被害から7年後のこと。
体や心の傷が時間とともに、どのよう変わり、どのように癒えていくのかを丁寧に描いています。
性暴力に関わる人々の心の声を言葉や文字にして表現しているところも。この作品の魅力です。
また、性被害が被害者と加害者の間だけの問題でなく、多くの人々や社会全体の問題であることを強く示してくれます。

 …私は彼を愛していなかったし、彼と寝たいとは思っていなかった。彼が何のためにそうしたかとは無関係に、彼がしたことは略奪です。暴力です。彼は私の皮を剥いだ。無理矢理に。その皮はいまだに再生されていません。皮を剝がされた体と心は未だに血を流しています。ヒリヒリ痛いです。どにかしようとして、上から何か被っても、その下でずっと血が流れているんです。今もそうです。
 いつかはあたらしい皮膚で覆われるときが来るだろうと信じたいです。

『生皮』より

 私は自分の小説で…読者にも自分自身にも、まだ見たことがない光景を見せたいと思っているんです。こういう状況があるんだ、こういう人がいるんだ、こういう感情の動きかたがあるんだ、とか。そういうことを知るために小説ってあるんじゃないかと思うんです。
 …小説って、そういう意味では世界を変えられますよね。この小説に出てくる加害者も、誹謗中傷する人も、…自分の中から取り出したような気がするんです。それこそ、普段は気づかないふりをしている虚栄心や屈託、コンプレックスなんかです。…これまでは他人だと思っていた被害者や加害者が、…自分の延長線上にいると感じてもらえたら、それで、読んだあとに見える世界を少し変えられたら、うれしいですね。

好書好日(https://book.asahi.com/)井上荒野さんインタビューより

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『生皮 あるセクシュアルハラスメントの光景』は、🌸さくらワーカーズオフィス🌸に置いています。
🌸さくらワーカーズオフィス🌸をご利用のみなさまは、いつでも自由に手に取っていただけます。
フリースペースは、ゆっくり過ごしていただくことできます。

さくらワーカーズオフィス
代表 山口哲史
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