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少年期の回想(小学校中学年:前編)
さて、小学校中学年前編ということで、3年生の頃の記憶を辿りながら、思いつくがままに書き記していきます。
3年生の頃、ドッジボールにハマりました!
もともと、走ることと水泳や鉄棒あたりは得意な方でしたが、球技がまるでダメな人でした。
しかし、球技ができるとやはりカッコいい。。。
ドッジボールが強いと女子から羨望の眼差しを受けるわけです。
自分も上手になりたい、まずは投げ方から。。。
上手な友達に教えてもらうなど、真剣に取り組むようになりました。
とにかくこの頃は、学校の昼休みの全てをドッジボールに捧げていたといっても過言ではありませんでした。
もしかすると、人生で初めて、自分の意思で目標を決めて取り組んだことかもしれません。
結果、友達の指導もあって、クラスの中では少し強い方に分類されるようになりましたし、クラス対抗の大会でも、それなりの活躍ができるようになりました。
この経験が、当時の私にとって大きな自信となったこと、
今でも鮮明に覚えています。
また、この頃はJリーグ発足後でしたから、サッカーも流行っており、放課後は公園でサッカーボールを追いかけていました。
Jリーグ選手のカードを集めたり、シールを集めたり、
当時、ヴェルディ川崎(現 東京ヴェルディ)が好きで、キャップもかぶっていました。
キングカズさんの「カズダンス」が流行りました。
おそらく、この頃が小学校生活で最も勉強とスポーツのバランスが取れていたと思います。
そして、3年生の時には私的に一大イベントがあり、、、
夏休みに1ヶ月程度、海外でホームステイをしました。
人生初の海外。成田空港から飛び立ちました。
英会話教室の塾生で行くのですが、数十人の生徒と数人の先生で構成されていたと思います。
私の通っていた教室からは私だけだったので、当然知り合いは一人もいません。
しかも、最年少での参加でした。3年生は私ともう1人の計2名。
ほとんどが、小学校高学年と中学生でした。
もちろん、とてつもなく不安でした。成田空港の時点で心が折れそうになりましたが、数人の年上友達をつくり無事出国した記憶があります。
滞在先では、現地の小学校に通い、ホストファミリーの自宅に2人1組で面倒を見てもらいました。
特にホームシックにかかることもなく、楽しく過ごすことができました。
現地の学校では普通に英語でCommunicationを取ることができ、小学校3年生にしては良くやったのではないかと思います。
そして帰国後、
成田空港近くのホテルで食べた日本食が嬉しくて、特に味噌汁が美味しく感じて、、、
そんな経験をしました。
やはり日本食を食べるとホッとしますし、日本のトイレはキレイですし、治安も良く、なんと言っても日本語で生活できる安心感は相当なものです。
一方で、子どもながらに、日本の窮屈さと海外のリベラルさに驚くことも多くありました。
現地での小学校生活には自由と刺激が溢れていました。
日本のようにきっちりしていないと言うか、悪く言うと時間も何もかもがルーズに感じました。
また、おやつタイムというのかティータイムみたいなものがあり、チョコレートやスナックを持参していましたし、校内の売店で買って食べていました。
日本の小学校とは何もかもが違いました。
このような感覚を若干8歳で経験できたこと、、、本当に良かったと思います。
息子にも同じような経験をさせてあげたいと思います。
世界は今見えている日本だけではないということ、
日本の価値観が全てではないということ、
多様性が叫ばれる昨今でありますが、
さまざまな考えや価値観を受け入れることのできる人になってもらいたいです。
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