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私が持っていて、持っていないもの。

ふと、今、独りだと。自分は、今すごく独りなんじゃないかと感じることが増えた。

街に出ると、目に入る家族連れや手をつないで歩く恋人たちが目に入る。それらはとてもまぶしく見える。彼ら、彼女らは、私にないものを持っている気がするから。誰かに愛を伝えて、ちゃんと相手と向き合って、傷ついて、誰かに愛される喜びを知っていたりするんだろうなと思うから。気持ちを伝える勇気、傷ついてもいいと もういいと思える衝動的な何か、心がなぐような安心感、触れ合う喜び。別に誰でもいいから愛してくれと思っているわけでもない。そんなわけでもないのだけれど、こんなにたくさんいる人間の中で、誰かを選ぶという選択をした彼ら彼女らが地球上にこんなに存在していることに毎回驚いて、選ばれない自分に失望する。私はいつも、その世界の外から、うまくはまりあったパズルのピースみたいな人間たちを静かにみているだけだ。誰ともうまくかみあわないまま、20年とちょっとを生きてしまった。

そしておそらくこじらせている。自分は今すごく面倒くさい人間になっている自覚がある。
理由は、彼らが持っていて、私が持っていないものを探す癖がついてしまったから。
彼らが持っていて、私がもっていないもの。
彼らが持っていて、私がもっていないもの。
彼らが持っていて、私がもっていないもの。
彼らが持っていて、私がもっていないもの。
それは何だろう。
解決できない問題を考え続けるつらさは耐え難い。
もうわからない。
ふと涙が出てきて、自分で自分が余計に分からなくなる。

痛い。痛い。痛い。
これだけは確か。


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