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手乗りインコのピー太 第2話

第2話 友情

 あれから1年以上が過ぎ、優太と芳紀は、小学5年生の終わりを迎えていた。

 「ピー太、来週ボクお父さんに会いに行くんだよ。青森まで行くんだ。新幹線に乗るんだよ。これ見て・・・この前学校で発表会があったときの動画、お父さんにも見せてあげるんだ」
「ユータ、ウレシー」
「そりゃ~嬉しいさ。あっ、ゴメン・・・ピー太は連れていけないんだ。でも大丈夫。ヨッシーに頼んであるから」


 1年以上前、ピー太が台所の窓から飛び出して芳紀の家に入ってしまった出来事から、優太と芳紀は大の仲良しになった。

 去年の夏休みに2週間、優太とお母さんが、単身赴任をしているお父さんの所へ行ったときも、ピー太を芳紀の家で預かってもらった。

 優太がリビングへ行くと、お母さんが電話中だった。
「そう・・・仕方ないわよ。また機会はあると思うから・・・じゃあ、体に気をつけてね」
 お母さんは電話を切ると、少し寂しげな顔で優太の方を向いた。
「優太、お父さんね、春休み中は仕事忙しいんだって。せっかく新幹線のチケット買ったけど、行けなくなっちゃったのよ」
「えっ!ボク、お父さんに会うの楽しみにしてたんだよ。新幹線に乗るのだって。もうすぐ準備完了だったのに・・・」
 お母さんは、ちょっと首をかしげながら笑顔で優太を見つめた。
仕方ないねって言う代わり、お母さんは、ちょっと困ったような、ちょっとあきらめたような、でも次があるよって言いそうな顔をした。


 お父さんは2年前から単身赴任で青森にいる。
 お正月は帰ってきたけど、春休みは優太が青森へ行くことになっていた。


「・・と言うわけで、ピー太を預かってもらわなくて、よくなっちゃったんだ」
優太は、芳紀に青森行き中止のことを電話で話した。
「え~、つまんないの~。ピー太と1週間いられるなんてサイコーって思ってたんだよな~」
「なら今日から3日間、ヨッシーの家で預かってもらうっていうのは、どう?」
「いいの?オレはピー太のことは、いつでも大歓迎だ」
「その代わり、ボクも毎日ピー太に会いにいくよ」
「もち、オーケー。優太のことも大歓迎!」


「・・と言うわけで、ピー太、今日から3日間ヨッシーの家へ行くんだよ。ちょっぴり寂しいけど・・・、ボクはお父さんとも会えないし・・・。でもヨッシーは、弟がまた入院しちゃってるから、もっと寂しいと思うんだ」
「ピータ、サビシー。ピータ、ウレシー」
そう言うと、ピー太は部屋を飛び回った。
「そうだな・・・、ボクと会えないのは寂しいけど、ヨッシーと会えるのは嬉しいよな」


 優太はピー太を小さい携帯用のケージに入れると、芳紀の家に向かった。
 ピー太が寒くないように、ケージの周りは大きいフリースのストールをグルグル巻きにしておいた。

 公園では、幼稚園児たちがサッカーボールを蹴って遊んでいた。
この公園を通り抜けた方が、芳紀の家は近い。
 優太が公園を出ようとした直前、誰かが蹴ったボールが、ピー太の入っているケージに当たった。
 その瞬間、ケージが優太の手から離れ、ストールごと地面に落ち、落ちたはずみでケージの扉が開き、ピー太が空高く飛び上がった。
 ボールが当たった衝撃でピー太は混乱してしまっているのか、そのまま飛び去ってしまった。

 優太は大声で、「ピー太!戻っておいで!」
と飛んでいった方に向かって叫んだが、ピー太はまっすぐ遠くへ飛んでいってしまった。


 「優太、きっと大丈夫だよ。ピー太はまた誰かの家に、ちゃっかり入り込んで一休みしているさ。オレんちに来たときだって、自分で勝手に窓から入ってきたんだ」
 芳紀は、自分もピー太のことが心配でたまらない気持ちを抑えて、優太を励ました。
「そうだよね。もしかしたらボクんちにもう帰ってるかも。ボク帰るね」

 次の日もピー太は帰ってこなかった。
芳紀の家にも行っていない。
優太は家の窓から、じっと遠くを眺めていた。
春休みだというのに、外はまだまだ寒く、道を歩いている人たちは毛糸の帽子をかぶったり、マフラーを巻いている人が多かった。

そのとき電話が鳴った。
芳紀からだった。
「優太、オレ今、病院の待合室でテレビ見ながら電話してるんだけど、優太もテレビ付けて」
優太は、芳紀の言ったチャンネルをつけてみた。
「トラックの運転手さんが話してる手乗りインコ、自分のこと”ピータ”って言うんだって、ほら、今、ピータが映った」
芳紀が少し興奮気味で話した。
優太は、じっとテレビを見つめた。
あの運転手さんと一緒にいるのは、ピー太だ!!

 リポーターの質問に、運転手さんが答えている。
「静岡から運転して、ちょうど東京の営業所に荷物を降ろしているとき、インコが助手席の窓から入ってきたんですよ。また、どっかに飛んでいっちゃうかと思ったんだけど、青森営業所まで一緒に来ちゃいましたね。よくなついて可愛いですよ。でも飼い主の所へ帰りたいんだと思いますよ。『ピータ、サビシー』って鳴くんです。青森営業所で預かってるんで、飼い主さん連絡待ってますよ」

 「優太、やっぱり、あのインコはピー太だよな。テレビに連絡先が映ってるだろう。あそこに電話すればいいんだ」
「ヨッシー、ありがとう」
 芳紀からの電話を切ると、優太は早速テレビに映っていた連絡先に電話をかけた。


 ピー太を預かってくれている青森営業所の人に電話をかけてから2時間後、優太と芳紀は青森行きの新幹線に乗っていた。
「ヨッシー、ボクと一緒に来ちゃって本当に大丈夫だったの?ボクは、お母さんの携帯にメールしておいた。仕事が終わったら読んでくれると思うよ」
「大丈夫だって。オレ携帯電話持ってないから、手紙書いてきたんだ。どうせ母ちゃんは入院中の弟に付きっきりだし、父ちゃんは、いつも帰りが遅いんだ。優太こそ勝手に新幹線のチケット使っちゃって、よかったのか?」
「平気平気!ボク、お父さんにも会ってくるよ。さっき携帯にメールしておいた。せっかく青森まで行くんだもん・・・もしかして、ピー太は、わざと青森まで行っちゃったのかな・・・まさか、いくらピー太でもそこまでは考えないよね」
「いや、ピー太ならやりそうだよ。人の心が分かるんだもん」


 二人とも、内心不安で一杯だった。
 春休みが明けると最高学年の6年生になるといっても、子どもだけで青森へ行くなんて初めてのこと。
 それも親の許可を得ないまま、勝手に出てきたのだから。
 でもピー太に早く会いたくて、じっとしていられなくて、後のことは考えずに新幹線に乗ってしまった。

 東京から青森まで、二人は、しゃべり通しだった。
2日前の修了式でもらった通信簿のこと、4月から6年生になること・・・
「またヨッシーと同じクラスになりたいなあ」
「オレも。でも、もし違うクラスになっても親友だよな」
「もちろん!担任の先生は誰かな~」
 二人とも、しゃべっていないと不安に襲われそうで怖かったし、同時に二人だけで旅をしていることがワクワクして、まったく落ち着くことができなかった。


 青森駅の改札を出ると、
「優太!」
お父さんが、二人の所へ走ってきた。
「お父さん!」
優太が、お父さんに抱きついた。
 3人は、お父さんが迎えに来てくれた車に乗って、ピー太を預かってくれている青森営業所へ向かった。

 優太は、お父さんに叱られるんではないかと、内心ヒヤヒヤしていた。

 お父さんは運転しながら、連絡をもらって嬉しかったこと、優太たちが、ちゃんと青森まで来られるか心配だったこと、上司に事情を話して仕事の途中で抜け出してきたこと・・・を話した。

 青森営業所に着くと、テレビに映っていたトラックの運転手さんが、出てきた。
「あのボク、ピー太の飼い主の優太です。こっちは友達の芳紀。それから、お父さんです」
「さあ中に入って。青森は、まだまだ寒いだろう。今、ピー太連れてくるから」

 ピー太は、大きいプラスチック製の水槽に入れられていた。
「ピータ、ウレシー。ユータ、ウレシー。ヨッシー、ウレシ-」
ピー太が、水槽の中でピョンピョン跳ねている。
「キミは、正真正銘の飼い主だ」
そう笑いながら言って、トラックの運転手さんは水槽を優太に渡した。

 「ピー太を助けてくれて、ありがとうございました」
優太と芳紀が頭を下げた。
「助けてもらったのはオレの方かもしれんぞ。ピー太のお陰で変なことに気をとられないで、安全運転できたからな」
「何かあったんですか?」
お父さんが聞いた。
「オレんち、先月生まれたばかりの赤ん坊がいてね。初めての子なんだ。静岡を出発する前、赤ん坊が高熱を出しちゃって、そのことが心配でたまらなかったんだ。ピー太がオレのトラックに飛び込んできて、『ピータ、ウレシー、ピータ、アイターイ、サビシー』って言ってるのを聞いたら、一瞬、涙がこぼれそうになっちゃったよ。でもピー太が色々しゃべれるんで、なんか笑いが出てきちゃって、それからは、気分が楽になって青森まで無事運転できたんだ。さっき家から電話があって、赤ん坊の熱が下がったって聞いたし・・・初めての子だから心配ばかりしちゃって・・」
運転手さんが、照れくさそうに頭をかいた。

 優太と芳紀は、もう一度お礼を言い、運転手さんと別れた。

 優太たちはピー太が寒くないように、急いでお父さんの車に乗った。

 「ピー太が無事で本当によかったな。優太たち、お腹すいたろう?青森の美味しいもの、食べさせてやるぞ」
お父さんが言った。
「ボク、お腹ペコペコだよ。ヨッシーもペコペコでしょ?」
「うん・・・」
芳紀は、少し元気のない声で答えた。
「どうした?お腹すきすぎた?」
優太が聞いた。
「ううん・・・ちょっと・・、母ちゃん、心配してないかなって思って・・・」
「そうだね、ボクの携帯から電話するといいよ」
「僕も芳紀くんのお母さんと話しがしたいから、電話かわってくれよ」
お父さんが言った。

「母ちゃん、ちょっと怒ってたけど、優太のお父さんとも話せたから安心だって」
「それなら、美味しいものを食べに出発!」
優太が言うと、
「オイシー、オイシ-」
とピー太も水槽の中で、ご機嫌に飛び跳ねた。


 温かい食事を済ませ、3人は再び車に乗り、お父さんの仕事場へ向かった。
 「ピー太、狭いだろ。ちょっと車の中で羽を伸ばすといいよ」
優太は、そう言ってピー太を水槽から出した。
 ピー太は嬉しそうに、優太と芳紀の肩を行ったり来たり飛び跳ねた。

 「せっかく青森まで来てくれたのに、お父さん仕事だから、どこにも連れてってやれなくてごめんな。仕事が終わるまで、会社の会議室で待ってられるよう、上司に頼んでおいたから、そこでピー太と遊んでてくれ。明日から東京に出張だから一緒に帰ろう」
「えっ?お父さん、明日から東京なの?家に帰ってくるの?」
「そうなんだ。東京の本社で用事ができてな、だから優太とお母さんの青森行きは中止にしてもらったんだ。二人をビックリさせようと思って黙ってたんだよ」
 信号が青に変わり、お父さんはアクセルを踏んだ。
その瞬間、ピー太は優太の肩から膝の上に滑り落ちた。
「ピーピー、ピータ、ハズカシー、ピ~、ピ~」
そうピー太は鳴いて、優太の上着を登り始めた。
「さすがのピー太も、優太のお父さんのトリックまでは、分からなかったみたいだな」
「そうだね。でもピー太、恥ずかしがることなんてないよ。ピー太はスゴイよ。トラックの運転手さんを元気にしてあげたり、ボクとヨッシーに青森まで来る勇気をくれたんだもん」
「ピーヒョロロロ~、ピータ、ウレシー」
 優太の肩にたどり着いたピー太は、ピョンピョン跳ねながら鳴いた。
「ピー太、ありがとうな!オレも、まさか優太と二人だけで青森まで来ちゃうなんて思ってもみなかったよ。最高の思い出だ!」
「ピーピョロロロ~、ピータ、ウレシー」
ピー太は優太と芳紀の肩を行ったり来たり、ピョンピョン跳ねて羽ばたいた。

第2話 おわり

©作良子

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