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波乱万丈ニュージーランドの思い出を聞いてくれ①

ニュージーランドの話をしたい。

私はこの夏、一か月間をニュージーランドで過ごした。一か月半しかない大学の夏休みの丸々一か月。向こうは季節が逆転しているのでろくに夏を感じることができないまま夏が終わってしまった。

「留学に行くねん!」とのたまっていた私だが、実際は留学でもなんでもない。ただの滞在である。ホームステイ先も父の仕事先の人。ホストファミリーとの相性が~とかいう不安も一切なかった。

しかも私は英語なんて話せない。話せるのは日本語と関西弁とスペイン語の「オラ!」だけだ。スペルも忘れてしまった。この旅は母が心配するのも無理はない程無鉄砲である。しかも本人は「何とかなるやろ!」と自信満々に出発したのだから不思議だ。

案の定、波乱万丈の一か月だった。

ニュージーランドへは、成田空港からオークランドという空路でしか直行便がない。私の愛用している羽田空港から行くにはオーストラリア経由で行くしかなかった。
羽田空港から9時間。オーストラリアで3時間の待機。そして3時間また飛行機に乗ってようやくオークランドに到着する。
ちなみにオークランドは首都ではない。首都はウェリントンだ。しかしウェリントン空港は海に面しており、滑走路が短い関係で小さい飛行機しか発着陸ができないのだ。海を埋め立てて滑走路を広げる計画もあるらしいが、自然に手を加えることになるのでその計画も止まっているらしい。

そんな首都よりも大きな空港を持っているオークランドで、事件は起きた。

私は心配性である。そうは見えないらしいが、心配性である。本人が言っているのだから信じてほしい。
ニュージーランドに行くにあたって、6年前にオーストラリアに行くために買った大型のスーツケースを持ち出した。こだわって買ったお気に入りのパステルカラーのスーツケースである。お気に入りと言いながら、大型すぎて普段の旅行には使えず、この6年で外を走らせたのは去年の濃厚接触者になった時にホテルに自主隔離された時だけである。

私はそのスーツケースに、ありとあらゆるものを詰めた。服、ズボン、スカート、バス用品、バス用品の予備、バス用品の予備の予備、化粧品、化粧品の予備の予備、薬、薬の予備、生理用品、生理用品の予備。本とかも入れた。

結果から言おう。無駄だった。

「向こうで使い切ればいいよね!」と笑いながら詰めた予備たちは、そのまま日本に持って帰ることになる。「ホストファミリーにあげれば?」と思う人がいるかもしれないが、なんと私は何故か全部百均で買った謎の容器に詰め替えたりポーチに入れたりして持って行ったのである。行動が謎すぎる。おかげで私はもったいないおばけも発動してまた重い思いをして帰ってきた。本、読まなかったし。

スーツケースは重かった。飛行機に持ち込める上限の23キロぎりぎりまで詰め込んだお気に入りのスーツケースは、意志を持って押さないと明後日の方向に走り出すモンスターと化していた。家を出る時に母は苦笑いしていたし、空港に見送りに来てくれた友達Rは爆笑していたし、荷物を預ける時空港のお姉さんはにこにこしていた。

笑いを生むスーツケースと私は、空を飛び、海を渡った。

時間は飛んで15時間。オークランド。
長時間の移動(しかも夜行便)でくったくたになっている私はもうすぐにでも眠りたかった。この後はウェリントンのホームステイ先に行く前にオークランドで一泊する予定である。頭の中は「布団!布団をくれ!!無ければここで寝ころんだるからな!!」という感じだ。何故か喧嘩腰である。ずっと横になれていないしろくに寝れてないせいで頭もぼーっとしていた。もうスーツケースを受け取って、ホテルに走るだけである。実際に走るのはタクシーだが。

流れてくるスーツケースの波。、うちの可愛いパステルカラーを発見し、手をかけた。さすがモンスター。骨という骨が折れるかと思ったわ。モンスターを手懐けつつ、書類とパスポートを手に入国の列に並ぶ。列は混んでいた。ソーシャルディスタンスは存在しないものの、みんな大きい荷物を手にしているためか少しゆとりをもって並んでいた。おかげでうちのモンスターが暴れてもすぐに対処できる。

ここで気が付いた。モンスターの様子がおかしい。

日本で頑張って歩かせていた時と感覚が違う。なんというか、引きずっているような……

恐る恐るモンスターの下半身を覗く。

ひびが!!!!コマから上半身にかけてぱっかりとひびが!!!!!

大大大ショックである。一瞬で思い出が駆け巡りそうになったが思い出ができるほど使ってないんだった。

いやその前に現状を解決しなければならない。どうしよう。入国手続きはもう目の前だ。しかし待て。私は負傷したこの子と一か月を生きていくのか?そもそもどこに言ったらいいんだ。直してもらえるのだろうか。これを直すことができるゴッドハンドがここにいるのか。誰か!この中にお医者様はいらっしゃいませんか!!外科の!!!

私は「Bag claim」というカウンターに行くことにした。この間約2秒。優柔不断がよくやった。

しかしそのカウンターははるか後ろ。今まで並んできたこの列を引き返さなければならない。覚悟を決めて振り返ると、元々ゆとりをもって並んでいた人たちが横によけてくれた。私はモーゼだ。ありがとう。多分明日いいことあるよ君たち。
そんなことを思いながら、もはやモンスターではなくコマの形をした飾りがついている箱を引きずりながらカウンターに歩いて行った。

カウンターには、佐藤二郎の顔を小さくしたようなおっさんが立っていた。顔の小さい佐藤二郎はもはや佐藤二郎ではないかもしれないが、他に例えようがない。
険しい顔で奥のお姉さんと話していた佐藤二郎に、声をかけた。

私「あの」
佐藤二郎「Hello!!How are you?」

思いのほか、愛想のいい人だった。
私は「How are you?」と言われたら「I'm fine, thank you. And you?」と言わなければならない呪いに掛けられている。
しっかりと定型文を述べたあと、現状を伝えた。気持ちは殴り込みである。

「ここのな、ここ、ここのとこがぱっかーんと割れてんねん。見える?これどうしたらいいねん。あ、これ、私の搭乗券とパスポートやねんけど見る?」

こんな感じである。実際は超拙い英語で日本語交じりのエセルー大柴を想像してもらえるとありがたい。
佐藤二郎は、じっくりと私のスーツケースを眺めて、こらあかんわという風に肩をすくめて私の搭乗券とパスポートを受け取った。
ここからは私の勝手な和訳で失礼する。

佐藤二郎「お前には、3つ選択肢がある。」

デスゲームでも始まるんかと思ったわ。怖いから見たことないけど。イカゲームってこんな感じでしょ?

佐藤二郎「1つ目は、今ここでこれと同じ容量のスーツケースをやるからそれに詰め替えろ。
2つ目は、このスーツケースの領収書があれば返金対応したるわ。
3つ目は、日本に帰ってから羽田空港でどないかしてもらい。」

こんな感じだった。

え?これ選択肢1つしかないやん?

私はこのバキバキスーツケースとひと月を過ごすことはおそらく不可能だ。スーツケースが崩壊するのが先か私の腕と指が粉砕骨折するのが先か。

私「修理とかは…」
二郎「No」

はぁん!!!?そっちが壊したっちゅうのに直してくれへんのかいな!!!
一瞬私の中の藤原竜也が叫んだ。藤原竜也は大阪弁ではない。

しかしよくよく思い出してくれ。私はいらないであろうものを最大限に詰め込んでうまく走らないモンスターを生み出している。このモンスターの値段なんて覚えていないが、おそらく容量と色だけ見て一番安いものを買っている。数年放置したし。
つまり、私にも非があるのでは?と、思えてきた。藤原竜也は帰った。

うん。しょうがない。この子がここで力尽きたのも私の責任だ。しかも代役をもらうのにお金がかからないというじゃないか。

私「わかりました…新しいのをください…」
二郎「OK!!」

二郎は奥から3つ、スーツケースを持ってきた。左から黒、黒、紺。
可愛さは欠片もなかった。

私「ピンクとか無いん」
二郎「No!!」

二郎、OKとかNoとかしか喋らせなくてごめん。他にもなんか言ってたけどわからんかったわ。
ピンクはない。これしか無い。もう可愛いスーツケースという選択肢は無い。
しかも。黒2つは明らかに小さかった。同じ容量のって言うたやんか。奥にあるの全部持ってきたな二郎。

私は紺色のでかいスーツケースを手に入れた。だっっさいの。

カウンターの前でうちの可愛いのから紺色に詰め替える時の悲しさといったら。ちょっと泣いた。しかも私の対応している間にカウンターめっさ並んどったし。服やら生理用品やら詰め替えてるとき、後ろのモーゼたちは「何年泊まるんやろ…」と思ったのだろう。たったの1か月です。ごめん。

身軽になった元モンスターは、佐藤二郎に引き取られることになった。実はまだモンスターの鍵持ってる。使えないのにね。捨てられないの。
今も東京の部屋で紺色のスーツケースを横目にこの旅行記を書いているわけでして。おそらくこのスーツケースは次の大型旅行にも使われるんだし、いつまでも「けっ」って思ってたらあかんね。スーツケース自身もそんな風に思われたらいやだろうし。ステッカーでも貼ろうかな。少しずつ、大好きだと思えるものにしていこう。

そんなこんなで新たな相棒を迎えた私は無事に、いや無事ではないが。心に傷を負ったが。ニュージーランドに入国したのである。
こんな感じで始まった旅。初っ端にこんなことがあった私は、この後もトラブルにトラブルを重ねることを知らない。この先も読んでもらえたら本望である。

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