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いってらっしゃい(20)

【沢井会長にいさめられ、「ジャパン&アップル・ストレート100」の原材料偽装を認めた三井社長。大勢のマスコミを前に、謝罪会見を行った。】

 (2―6)7月20日土曜日

朝刊各紙は、全紙が一面でサン・ビバレッジの偽装工作について報じていた。原料となる国産リンゴの不作が発端で、輸入リンゴや香料、人工甘味料などを使うに至った経緯、工場長の提案を三井社長が自ら認め、極秘で進めるよう指示した事実、火曜日に内部告発によりマスコミに報じられた後の対応―。紙面には、「隠蔽、社長自ら指示」「墜ちた老舗メーカー」「消費者は後回し」など刺激的な見出しが躍っていた。会見での一問一答にも大きく紙面が割かれている。
そして、「三井社長、引責辞任」。記事の中で、三井社長は「競合メーカーからシェアを奪いたいという一心で、何が正しく何が不正か分からなくなっていた。取引先との関係ばかりを気にし、消費者のことは後回しになっていた。偽装を指示した責任を取る。大変申し訳ない」と釈明していた。アップで掲載された三井社長の表情がどこか晴れやかなのは、気のせいだろうか。午前9時過ぎ。周囲のざわめきが増えつつある広報室の自席で、里沙子は一紙一紙丹念に目を通しながら、思った。

昨夜の会見は、夜の9時過ぎまで続いた。
記者の質問には、専門性の高い技術的な話、経理の数字に関する話を除けば、ほとんど三井社長が一人ですべて答えた。原料のさしかえを指示したのも、火曜日に新聞などで報じられた後、従業員の単純ミスでかわそうとしたのも、すべて自分の指示だと話した。
全面降伏だった。
会見場の最後列に用意された椅子に座っていたパート従業員たちは、黙って会見の様子を見ていた。嫌でも彼女たちの握りしめる拳が里沙子の目に入る。会社への怒りと、裏切られた思い。愛するサン・ビバレッジの名声が目の前でぼろ切れと化していく様子を黙ってみているしかない状況に、すすり泣く声も聞こえた。里沙子も同じ気持ちだ。おそらくほかの多くの社員も。
篠崎が会見終了を告げ、マスコミやパート従業員が全員去った後も、壇上の取締役メンバーはしばらく席を立てなかった。放心しきった表情で、みな、あらぬ方向を見ていた。里沙子は思わずひな壇の下に歩み寄った。
「皆様、お疲れさまでした。完璧な会見でした」
大声で言ったつもりはないのに、がらんどうとなった会見場ではいやによく響く。壇上の取締役たちは里沙子を一瞥し、再び視線を空に漂わせた。
三井社長だけが居ずまいを正した。手元にあったマイクを手に取ると、
「西村さん…でしたっけ。あなたこそお疲れさまでした。それから司会をしてくれた君、そこにいる彼女。ここにいる若い社員の皆さん」
三井社長は里沙子、篠崎、ヨッシー、そしてヘルプで来ていた総務部の若手社員全員を順にゆっくりと見渡した。
「…これからのサン・ビバレッジをよろしくたのみます」
三井社長は立ち上がり、深々と頭を下げた。

サン・ビバレッジは、現場の中堅どころを集め、「経営改革委員会」を発足させる予定だ。検討課題は、会社の目指す方向性の再確認、再発防止に向けた取り組み。サン・ビバの輝きを取り戻すための全ての方策が詰まっている。女性の登用促進という一項目も入っていた。里沙子もメンバーになるよう打診を受けたが、自分より若手をと断り、篠崎とヨッシーを推した。
次期経営陣も間もなく決まるだろう。偽装工作が進む過程で、取締役の中では唯一反対意見を述べていた塩田を次期社長に推す声も少なくなかったが、本人は結局偽装を止められなかったとして固辞した。
高崎工場長も交代だ。工場のパート従業員たちは、継続して勤める。記者会見後、パートの女性たちがヨッシーを取り巻き一騒ぎしていた。「池田の彼女」だと盛り上がっているから、何も知らなかった里沙子と篠崎はほとんど腰を抜かした。篠崎は「池田め、こそこそと…」と舌打ちしていた。

昨夜、全ての仕事を終えたときには、すでに終電がなくなっていた。里沙子は帰る方向が同じヨッシーとともに、タクシーで帰宅した。その車中で、池田が会社を辞めるということを聞いた。大学に入り直して国際政治を勉強するのだとか。呆然とする里沙子に対し、ヨッシーは追い討ちを掛けるように妊娠5カ月であること、父親である池田と、間もなく結婚するということを告げた。でも、臨月まで仕事は続ける、出産後も数カ月経ったら復帰したい、と。里沙子は驚きを通り越して感服する。デキ婚(最近では授かり婚というらしいが)も出産後の職場復帰も、2016年の世界ならよくある風景だ。でも、この1982年では。それらが、どれほど現実感がないものか、今の里沙子にはよく分かる。
でも、里沙子は感じる。この世代はきっと変わる。価値観が変わる。心配ない。未来から来た自分の方がよっぽど柔軟性に欠けると思いながら里沙子はふっと息を吐き、ヨッシーなら大丈夫、できるよ、と笑って肩を叩いた。

そして一夜明けての今朝。時計はまだ7時を過ぎたころ。篠崎もヨッシーもまだ出社していない。ついでに岩本も。昨日はみんな疲れたことだろう。
8時45分。ざわめきの増す総務部の中で、広報室だけぽっかりと穴が空いたように静かだ。里沙子は新聞からふと顔を上げ、窓の外に青く広がる湿った夏空を見た。そして昨日、会見前に沢井会長に言われたことを思い出した。
「西村さん、あんたが言っとったように、女性の声を無視した商売は、まったくもって的外れじゃな。作り手であるわしらも、変わらんといかん。先日、あんたを車で送ったときに言われたときはぴんと来んかったが、きょう、高崎のパートの皆さんの声を聞いて、あんたらの八面六臂の活躍を見て、よう分かったわ。ありがとう」
里沙子は耳まで赤くなったのを覚えている。嬉しかった。
「お孫さんに、ティファニーは贈られたんですか」
照れ隠しに、話題を変える。
「おお、あれな、おーぷんはーと!ビンゴじゃった!シズちゃん大喜びして、わしに抱きついてきよったわ。あんたのおかげじゃ!ふおっ、ふおっ」
こちらまで幸せになるような笑顔だった。
里沙子は一通りチェックを終えた新聞を畳み、伸びをした。肩をとんとんと叩いて席を立ち、トイレに向かう。
会見後、サン・ビバレッジの信用は急落している。株価も急落だ。スーパーやコンビニの棚からはサン・ビバレッジの商品が撤去されたり、取引停止の申し出もあるという。消費者からの苦情の電話も鳴りっぱなしだ。マスコミからの問い合わせも、昨夜の会見だけで終わらせられたわけではない。社員にも動揺が走っている。池田に限らず、転職しようという者は少なからずいるようで、総務部などが全力で引き留めにかかっている。
それでも、これで良かったのだと思う。サン・ビバレッジが本当に強い企業に成長するには、これ以外に道はなかった。避けては通れない禊ぎだ。本当に大変なのは、これからだ。信用を築くのは何年もかかるが失うのは一瞬、とはよく言ったもので、偽装工作を行っていたサン・ビバレッジの信用回復には、いったいどれほどの時間がかかるのだろう。
それでも不思議と里沙子に不安はなかった。篠崎やヨッシー、パートの女性たちの顔を思い浮かべたら、このメンツならやれる、サン・ビバレッジを再び正常な軌道に乗せられると言い切れる。
今回、自分は何もできなかった。未来からやってきて、危機管理の広報スキルなら誰にも負けない、不祥事の一つや二つ、うまく差配できるというおごりがあった。遅れた時代への侮りもなかったと言えば嘘になる。結局、そんなノウハウはほとんど何も役に立たなかった。若手社員の心意気と、パート従業員たちの子どもたちに対する思い、そしてサン・ビバレッジを支えるものづくりの魂。こうした土台があったからこそ、乗り切れた。うわべではない、核の部分。むしろこの部分がなければ、どんな広報スキルがあったとしてもまったく無意味だろう。
これからは部外者意識を振り払って、自分もこの時代のサン・ビバレッジの一員になろう。すでに2016年に戻りたいという気持ちは薄れていた。この時代に生きていて何の問題もない。むしろ、仕事を通じて情熱をかき立てられることが多い。学ぶことが多い。働くことが生きる実感をもたらしてくれる。2016年には感じたことがない充足だった。

トイレの個室のドアを開けて中に入ったとき、ふと、きのう、会見場を走り回っていた子どもたちの姿が思い浮かんだ。その中のひとりの女の子。二歳くらいだろうか、まだよちよちとおぼつかない足取りの。妙に親しみを覚えたのはなぜだろう。頬がゆるむと同時に、頭にずきりと鋭い痛みが走った。またあの痛みだ。しかも、いつもより激しい。眩暈がする。足がふらつくと思ったと同時に身体が前方に大きく傾き、ふたの閉じた便器の座面が目の前に迫る。頭に激痛が走った。(続く)

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