サクラマス

アラウンド不惑のワーキング母。女の生きづらさ/生きる楽しさを糧に、ストレス解消も兼ねて…

サクラマス

アラウンド不惑のワーキング母。女の生きづらさ/生きる楽しさを糧に、ストレス解消も兼ねてつらつらと書き綴ります。アフターコロナの世界が、差別や貧困のない世界でありますように。

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  • いってらっしゃい

    2歳の奈々をほぼワンオペで育てながら、大手飲料メーカーで広報パーソンとして働く里沙子(33)。仕事も育児も思ったようにならず、余裕のない日々を送る。ある夏の日、北陸の秘湯を訪れつかの間の休息を楽しむが、深夜に露天風呂に入ったことをきっかけに、34年前の世界にタイムトリップする。社会にとって、企業にとって、家庭にとって、「女」って-?

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いってらっしゃい(25・最終回)

【夕食の時間になる。和気藹々と盛り上がる里沙子たち。謙治だけは取り残された気持ちを抱えたまま箸を動かす。そこへ有希の夫という男がこれ以上ないというさわやかさで加わる】 二人が風呂から上がったころに、ちょうど夕食の準備ができた。みんなで囲炉裏を囲んで座る。めいめいに置かれた脚付き御膳には、治部煮、金時草のおひたし、ごりの佃煮と、キク手ずからの見目も麗しい加賀の郷土料理が並ぶ。がんど(ブリの若いもの)の刺身は角がぴんと立ち、岩牡蠣は身がぷりっと光って見るからに甘そうだ。週に二度

    • いってらっしゃい(24)

      【3世代家族そろって白山麓の秘湯、蛇沢温泉を訪れた謙治。妻の里沙子の態度に戸惑いを覚えつつも、父の和夫(池田)とともに露天風呂につかる。和夫は謙治が生まれた頃のことを話し始めた】 ヨッシーが池田との子を無事に生んだ1983年、冬の夜。 大学病院の待合室で池田はひとり、背中の重圧と戦っていた。 学生の身分で収入もないのに妻と子どもを養っていけるのか。自分がヨッシーを残して辞めた会社で、ヨッシーはこのまま働き続けられるのか。潰されてしまわないだろうか。世界の貧困の、差別の出どこ

      • いってらっしゃい(23)

        【サン・ビバレッジの室長に昇格した里沙子。忙しいながらも充実した日々を過ごす。たまには休息をとの周囲の勧めにより、家族で石川県の蛇沢温泉を再訪することに】 (四)2017年9月 「こんにちはー、吉川でーす」 里沙子が引き戸を開けて、声を掛ける。はーい、と透き通るような声が奥から響き、たすたすと軽やかな足袋の音が近付いてきた。 「ようこそいらっしゃいました。奈々ちゃん、お久し振り。すっかりお姉さんになって」 これが石川県は白山麓の隠れ宿、蛇沢荘。里沙子やユリ子から話はさんざ

        • いってらっしゃい(22)

          【2016年の世界に戻った里沙子。1982年の記憶はない。ただ、82年にかつてないやりがいを持って働いたことは実感として残っている】   (3)10月 「吉川ちゃん、急いでリリース最終チェック!若葉は案内を各社に!」 サン・ビバレッジ広報・IR部に沢井の甲高い声が飛ぶ。 ついさきほど、サン・ビバレッジがインドネシアの飲料大手ネシア・フーズを約4000億円で買収することが正式に決まった。サン・ビバレッジ本社を訪れたネシア・フーズ首脳と篠崎サン・ビバレッジ社長が契約書にサイン

        いってらっしゃい(25・最終回)

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          いってらっしゃい(21)

          【サンビバレッジの謝罪会見が終わった。サンビバレッジは再生に向け経営陣を一新、若手中心の改革委員会も発足させる。里沙子はこの世界に居続ける決心を固めるが、トイレで倒れた拍子に…】 三、 再び2016年  (2)再び9月 「奈々!」 里沙子がうっすらと目を開けると、何をつかもうとしたのか、自分の右手が暗闇の中に伸びているのが見えた。 横たわる自分の体の傍らに、ぱたりと右手を下ろす。全身が汗まみれで気持ち悪い。どうやら布団に仰向けになって寝ている。着ているのは、浴衣か。まだ

          いってらっしゃい(21)

          いってらっしゃい(20)

          【沢井会長にいさめられ、「ジャパン&アップル・ストレート100」の原材料偽装を認めた三井社長。大勢のマスコミを前に、謝罪会見を行った。】  (2―6)7月20日土曜日 朝刊各紙は、全紙が一面でサン・ビバレッジの偽装工作について報じていた。原料となる国産リンゴの不作が発端で、輸入リンゴや香料、人工甘味料などを使うに至った経緯、工場長の提案を三井社長が自ら認め、極秘で進めるよう指示した事実、火曜日に内部告発によりマスコミに報じられた後の対応―。紙面には、「隠蔽、社長自ら指示」

          いってらっしゃい(20)

          いってらっしゃい(19)

          【帝国ホテルでの「ジャパン&アップル・ストレート100」についての煮え切らない釈明会見が続く。一方で、本社前に集まったのは、高崎工場のパートの女性たちだった】  (2―5)再び7月19日金曜日 「里沙子さん、私、会社に行きます。社長の指示書を持って。彼女たちの援護射撃、しなきゃ」 テレビ画面から目をそらさず、ヨッシーは言った。里沙子はヨッシーの横顔を見つめる。ヨッシーの目にもはや涙はない。戦うことを決意した女の目だった。 指示書を公開するということは、自分がマスコミにたれ

          いってらっしゃい(19)

          いってらっしゃい(18)

          【無事に池田に会えたヨッシー。池田は「ジャパン&アップル100」の原材料偽装をマスコミにリークしたのがヨッシーだと気付いていた】 「え?」 「ここにもう一人、いるんだ」  そう言って、ヨッシーは自分の腹にそっと目を遣った。 「…ヨッシー」 「うん。私と、カズくんの…」 池田は目を見開いてヨッシーの腹を見つめ、続いてヨッシーの顔に視線を移した。そしてもう一度腹に視線を戻し、震える手を伸ばしてヨッシーの腹をなでた。 「いるのか…?」 「うん」 ほんとうはまだ妊娠していることを言

          いってらっしゃい(18)

          いってらっしゃい(17)

          【時間は記者会見前日に戻る。ヨッシーは仕事を終えた後、ひとり高崎行きの電車に乗り込む。向かう先は】  (2―4)再び7月18日木曜日 すでに深夜になっていた。ヨッシーはひとり、国鉄高崎駅西口改札に立っていた。竣工したばかりの駅ビル、モントレーは人もまばらだ。ヨッシーは公衆電話を見つけ、財布からテレカを取り出した。 きょう、岩本室長が高崎工場の従業員の単純ミスが材料取り違えにつながったと言っていた。会社として、この結論で行くと。罪をかぶるのは、池田一人。池田自身がミスしたと

          いってらっしゃい(17)

          いってらっしゃい(16)

          【「ジャパン&アップル・ストレート100」偽装問題についての記者会見が帝国ホテルで始まった。大勢の記者に質問攻めにされる小嶋常務たち。一方、本社の前では…】 「池田はきっと、役員に脅されたんです」 篠崎は先ほどの池田とのやりとりを一通り里沙子に説明し、ため息をついた。 「こないだ西村さんが言っていたように…。認めたくないけど、あいつ、何か弱みを握られてるんじゃないすかね。…だって、だっておかしいっすよ。あいつが急にあんな風に変わるなんて」 本当に池田が生け贄になることを受け

          いってらっしゃい(16)

          いってらっしゃい(15)

          【「ジャパン&アップル100」の原材料偽装をマスコミに告発したのは自分だというヨッシーの告白に驚く里沙子。ヨッシーをどう守り、上層部に自らの非をどう認めさせるのか悩む】 その晩、定時で仕事を切り上げた里沙子は、渋谷のハチ公口に立っていた。 午後6時を少し過ぎたばかりの繁華街は、長く伸びたビルの影に覆われながらも、夏の蒸れた空気が充満して息苦しいほどだ。見慣れた忠犬は、相変わらずというのもおかしいが34年後と変わらず主の帰りを待ち、周りは色とりどりの服装をした人たちにびっしり

          いってらっしゃい(15)

          いってらっしゃい(14)

          【看板商品「ジャパン&アップル・ストレート100」に表示と異なる原材料が使われていた問題で、サン・ビバレッジは一回目の記者会見を終える。消費者からは苦情が殺到。そんなとき、里沙子はヨッシーにランチに誘われ】 マスコミからの問い合わせはぼちぼちと入るが、昨夜の記者会見が効いたのか、それほど多くはない。社内調査も始まったばかりだ。新商品発売やキャンペーンのリリースは、こんな状況なので自粛傾向にある。広報室は手持ちぶさたな、宙ぶらりんな状態となった。一方で、お客さま相談室に寄せら

          いってらっしゃい(14)

          いってらっしゃい(13)

          【看板商品「ジャパン&アップル100」が、国産果汁100%をうたいながら濃縮還元果汁や香料などの添加物を使っていたことが明るみに。里沙子の後押しもあり、サン・ビバレッジの幹部は記者会見開催に追い込まれる】 午後3時45分。4時の会見開始時間を前に、「鶴の間」に用意した150席はすべて埋まった。会見者用のひな壇の前には新聞社や雑誌社のカメラマンが二重三重になって場所を陣取り、会場最後列にはテレビ局のカメラがひな壇に向けた砲台のようにずらりと並んだ。集まった記者たちはノートやメ

          いってらっしゃい(13)

          いってらっしゃい(12)

          【看板商品の「ジャパン&アップル100」。果汁100%をうたいながら、濃縮還元果実や人工甘味料を使っていたことがマスコミに報道される。里沙子たちは偽装していたことを発表すべきと主張するが、岩本室長は煮え切らない。そして社長から呼び出しが掛かる】 「どうぞ」 篠崎が18階の社長室の重厚なドアをノックすると、切れるような少し高めの声が返ってきた。 重たいドアを開けて3人は一歩入る。三井社長がマホガニーの大きなデスクに肘をついて座っていた。大きな窓から白い夏の光が部屋中に差し込み

          いってらっしゃい(12)

          いってらっしゃい(11)

          【国産果汁100%がうたい文句の「ジャパン&アップル100」が、実は輸入の濃縮還元果汁や香料を使った商品だと知った里沙子たち。上層部は偽装を認めず、どう商品回収するか頭を悩ませていたところ、新聞各紙が…】 「話せる人が、もう西村さんしか思い浮かばなくて」 ジントニックのグラスの氷は、ほとんど溶けていた。 里沙子は、驚きを通り越して呆れていた。 意識が低すぎる。 高崎工場のやっていることは、完全に偽装工作だ。故意にやっている以上、もはや詐欺である。2016年でこのようなことが

          いってらっしゃい(11)

          いってらっしゃい(10)

          【1982年の世界にすっかりなじみ、サン・ビバレッジのお局社員として活躍する里沙子。ある晩、後輩の篠崎が切羽詰まった様子で電話を寄越してくる】 (2―1)7月15日 月曜日 梅雨明け間近の蒸し暑さが部屋中に充満する。 飲料メーカーのかき入れ時である7月。相変わらず恋人のひとりもいない里沙子は一日の仕事をそつなく終わらせ、クーラーのないアパートの自室で扇風機の風量を最大にし、ビールを飲みながらテレビドラマ「噂の刑事トミーとマツ」を観、大笑いしていた。 普段は気の弱い刑事、ト

          いってらっしゃい(10)