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#エッセイ|給料が止まった夫


「給料が振り込まれていない。」

月末のある日、夫が言った。

それを聞いた私は「そんなこともあるか。」と思った。

夫の勤め先はスタートアップだった。


予兆はあった。

夫の上司2人が立て続けに辞めた。
理由は金銭問題だったと、さわりだけ聞いていた。

後になって分かったのだが、半年前からその2人の給料も未払いだったらしい。
さらに事業資金として、2人は社長に数百万を貸していたそうだが、それも返済されていないとのこと。

資金ショートだった。

夫から聞く限り、社長は人は良いが適当なところがあるタイプだそう。
「何とかなる」と思っていたのが、何とかならなかったのだろう。

夫から何度も催促をしているが、3ヶ月ほど経った今も給料は支払われていない。


結婚相手を選ぶ基準として、よく「愛か金か」と言われる。

究極の2択に入るほど、金(つまり収入)は重要視される。

私も彼との結婚を考えるにあたり、収入面を気にしないことはなかった。

もともと同じ会社の同期だったので収入の予想はついた。
シミュレーションしたところ、共働きなら子ども1、2人は育てられそうだと思っていた。
しかし、2つ目の転職先だった会社で給料が止まった今、その想定は崩れた。


夫から「給料未払い」の宣告を受けた私。

妻の立場としては、生活に不安を覚え、妊活を進めていいものかと悩むはずだった。

しかし、その現実が目の前に現れた時、私は冷静だった。
正直、そんな自分に引いてしまったほどだ。

何とかなる気しかしないのだ。

実は、夫は会社員以外に副業もしており、その収入もあった。
それも現実を楽観視できた一因だと思う。

ただそれ以上に私にとって発見だったのは、
私は自分が思う以上に、夫を信頼しているということだった。

もちろん、いつ給料が支払われるのかは気になるし、
このまま払われないとなると、会社に突撃してしまおうかとも考えてしまう。

ただそれは、大事な家族である夫を蔑ろにされたことに対する怒りであって、
生活に困窮してしまうという不安によるものではない。

こんな状況でも不安にならないのには、正直全く根拠はない。
ただ、夫ならこの状況を放置はしない、必ず状況を変えるという確信があった。

だから私は夫に対して、「次の仕事どうするの?」と催促したり、ましてや「生活苦しいんだけど、どうしてくれるの」みたいな話は一切しない。

私がそれを言ったところで、何も現実を変えられないからだ。
この状況において、私は無力である。



衝撃の宣告からしばらくして、夫は次の仕事を決めた。

ただ、給料はまだ支払われていない。
このまま社長に逃げられる気すらしている。

それでも私は彼の仕事、社長とのやりとりに口出しはしない。
やはり私は無力だからだ。

私にできるのは、こんな状況に置かれている彼の愚痴を聞き、
美味しいごはんを作り、テレビを見て一緒に笑うことだけだ。

私は彼の将来を変えてあげられないし、
私の力では、彼の幸せを作り上げることもできない。
彼が自分で考え、行動し、幸せになってもらうしかない。

でも、彼が何かを選択した時は、それを側で優しく見守りたいと思う。
彼が必要とするなら、話の聞き役にもなるし、甘い差し入れもしようと思う。

しっかりした頼り甲斐のある奥さんにはなれないけれど、
夫が自分の考えや気持ちを整理するサポートくらいはできる気がする。

「人」という漢字のように「支え合う」関係ではないかもしれないけれど、
根拠のない強い信頼を持って、これからも夫と笑いの絶えない人生を歩みたい。

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