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リーディング小説「美しい子宮~寧々ね~」第六話 世間なんて、くそくらえ!


世間なんて、くそくらえ!

信長様の諫めにより、一度は浮気の虫を封印した秀吉でした。
ところが信長様から手紙を頂く前に、側室を囲っていたことがわかりました。しかもその側室に子どもが生まれていた、というではありませんか!
秀吉はわたしがまた信長様に何か言うのを怖れ、ずっとわたしに隠していました。
子どもですよ、子ども!!
ただの浮気ではありません。

よくもまぁ、ぬけぬけとわたしの目を盗み、耳を塞ぎ、隠し通していたものです。わたしは怒りのあまり、ブルブルと全身が震えました。脳天に血が上り、そのまま倒れてしまうかと思ったほどでございます。
事の次第によっては、また信長様のお力を借りることのなるやも?と思いながら「あのハゲッ!!」と毒舌を吐き、秀吉のところにまいりました。
息を切らしながら、速足で秀吉のところに行ったわたしは鬼のような形相だったそうです。

「お前様、お前様が側室を囲っておられるのは本当ですか?
しかもその側室にお子ができた、という噂を聞きましたが、まことでしょうか?」

すると、秀吉はニコニコしながらわたしに言いました。

「寧々には、もう少し落ち着いてから話そうと思ってたんじゃ!
信長様にお手紙をいただくより前に、わしの子がある女の腹にできてのう。
その女を側室にしたのよ。
で、子どもは無事に生まれたんじゃわ。
男の子じゃ!
わしの跡取りが、できたんじゃわ。
寧々も一緒に喜んでくれるじゃろ?」

悪びれた様子が一切なく、ぬけぬけと無邪気に言う秀吉を殺してやろうか!と思いましたよ。顔がかぁー、と熱く真っ赤になりました。

「生まれた子には、石松丸、と名付けたわ。
もう少し大きくなったら、寧々にも会すからな!」

わたしはプイッと横を向きました。
わたしも女です。その子に会いたくなどありません。
秀吉の愛撫を受け、子を成した側室に妬ましい気持ちがあって当然でしょう?しかし、もうお腹から出てきてしまった子どもに罪はありません。

嫌でたまりませんでしたが、その子を産んだ南殿を秀吉の側室として認めるしかありませんでした。その夜、悔しくて悲しくて一人布団をかぶって泣きました。その子と顔を合わせる機会を何度か秀吉が作ってくれたものの、わたしはその子に一度も会うことはありませんでした。いえ、会えませんでした。

秀吉が側室のところに行き、わたしは一人寝が多くなりました。その頃のわわたしは軽いノイローゼになっていたかもしれません。どこか虚ろな目をして、夜も眠れなくなりました。秀吉はわたしがそんな状態になっていることなど、まったく知りませんでした。日中は上手に隠しましたからね、わたし。

その頃、秀吉は実母であるお母様を呼びよせ、一緒に暮らし始めました。
数日一緒に暮らす内、お母様はわたしと秀吉の関係に気づきました。お母様はわたしの前で頭を下げてくれました。

「寧々さん、うちの秀吉がワガママを言ったねぇ。
あんた、女の幸せを捨て、よくそれに耐えてくれてたねぇ。
本当にすまんね」

お母様の畑仕事で茶色くなったシミが浮き、皺だらけのごつごつした手がわたしの手を、あたたかく包み込んでくれました。
わたしは胸が熱くなりました。
誰にも言えない秀吉との関係を、わかってくれる人がいる。
それだけでも、救われた気持ちになりました。
胸が熱くなり、涙が流れました。
お母様はそんなわたしを、しっかり抱きしめてくれました。

「本当に、ほんとうに申し訳ないことです。
ありがたいことです。
寧々さん、あんたはこの家の守り神様や。
わたしは一生あんたの味方だから。
安心してわしに何でも言えばいい。
わしが秀吉に言ってやるからな」

以来、同じ秘密を共有した間柄になったわたしとお母様は終生、実の母娘のように仲良く過ごしました。
これもある意味、秀吉のおかげかもしれません。
もしわたしが普通の夫婦の関係であれば、わたしとお母様は秀吉をめぐって争ったかもしれません。
けれどわたしの待遇が特殊なものであるがゆえ、お母様はわたしに心を寄せてくれました。

お母様にとっても秀吉は、自分の再婚で家を出さざるを得なかった愛おしい我が子です。
秀吉の愛情を嫁と取り合うこともあったのに、わたしの立場がその争いを回避させました。
お母様は、わたしをとても大切にしてくれました。
わたしも大らかなお母様が、大すきでした。

秀吉の子どもの話は、お母さまの耳にも入りました。お母様はわたしと秀吉の前で、秀吉に言いました。

「お前が側室に産ませた子は、お前の子だと認めよう。
じゃが、その子を寧々に認めさせるのは残酷なことじゃ。
お前はお前の勝手で、寧々に妻として役目を放棄させた。
その寧々に、お前はどんな顔でその子を抱かせるのじゃ?

寧々かて、お前の子を産みたいに決まっておるではないか!
お前に抱かれ、人並みの女としての幸せを味わいたいに決まっておるではないか!
それをすべて寧々から取り上げたのは、お前ぞ!!
わかっておるんか?」

お母様の言葉に秀吉は顔を歪めました。

「でも、わしは・・・
わしは、おっかが欲しかった!
おっかあを、一人占めしたかったんじゃ!

それのどこがダメなんじゃ?
寧々はわしだけのおっかあになってくれる、と言うた。
どこにもいかん、わしだけのおっかあじゃ!!」

お母様は秀吉の言葉を聞き、茫然となりました。そして涙をこらえたように瞳を潤ませ、肩を落としつぶやきました。

「そうか・・・そうか・・・
全部、このわたしが悪いのか・・・
わたしが再婚したばかりに、あの男とお前が合わなんだばかりにお前はひどい仕打ちで逃げ出した。
わたしがもっと強いおっかあであれば、お前はもっと別の道を歩んだのか・・・
わたしのせいか、寧々にあんな生き方をさせたのは・・・
じゃが、あの時わたしは再婚せねば、お前たちを食べさせてやることはできなかった。
許してなぁ・・・」

お母様は背を丸め、秀吉の前から立ち去りました。
わたしはお母様に向かい、手を合わせました。
お母様がわたしの気持ちを分かって下されば、十分です。
人は一人でも自分の気持ちに寄り添ってくれる人がいれば、生きていられます。わかってくれる人がいれば、乗り越えられます。
わたしにはお母様がいます。
それがたとえお母様の罪悪感からだとしても、お母様は終生、わたしにとって最大の理解者でした。
結局、わたしは秀吉の子に会う機会はありませんでした。
側室の南殿も、わたしに石松丸殿を会わせるのを嫌がりました。
わたしから何らかの念や妬みを受けると警戒したのでしょう。
けれどわたしはお母様という最大の理解者を得ることができ、気持ちが落ち着きました。
そこで石松丸殿が七歳の誕生日を迎えるお祝いに、長浜城に招くことを決めました。それを秀吉に伝えると秀吉はとても喜び賛成し、二人でバースディーパーティーのお祝いを考えました。

ところが、ある日秀吉が狂ったように泣き叫びながら、わたしの部屋に入ってきました。
それは、あまりにも異常な光景でした。秀吉の髪はぼうぼうで目は血走り、着物の衿も乱れています。そんな秀吉をこれまで見たことがないので、わたしは慄きました。嫌な予感が胸にたちこめました。
秀吉は頭をかきむしりながら、わたしの膝に泣きついてきました。

「寧々、寧々・・・
石松丸が、石松丸が・・・・・・」

その後の言葉は、嗚咽で聞こえません。その子が何か大けがをしたのかもしれません。これはよく話を聞かなくては、と泣きじゃくる秀吉の頭を撫でました。

「お前様、落ち着いて。石松丸殿が、どうかされたのですか?」

秀頼は枯れた喉から声を絞り出すように叫びました。

「石松丸が、死んだ~~~!!」

突然の知らせに、わたしは茫然としました。あの子が病気だなんて、どこからもそんな知らせは入っていませんでした。何かの間違いではないか、と思い、秀吉を問い詰め、彼を揺さぶりました。

「なんですって?どういうことです?」

「ここしばらく病で伏せっておったんじゃ。
今朝、具合が悪くなって・・・・・
そのまま・・・そのまま・・・・・・」

あとは言葉になりませんでした。最後まで言えずに秀吉はわたしの膝に抱きつき、小さな子供のようにワンワン泣きました。

その時、わたしは初めて知りました。
お母様に諭されわたしに遠慮した秀吉は、石松丸殿の話はほとんどしませんでした。
けれど彼にとって跡継ぎの石松丸殿は、何よりも大切な存在だったのです。
ああ、秀吉はこんなにも自分のDNAを受けついだ子どもを、欲しがっていたんだ!
わたしは初めて知りました。
わたしには決して与えられない子ども。わたしの子宮から生み出されることのない子供。それが彼にとって、何より大切な宝物でした。
彼にとっての宝物は、わたしにとっても宝物。
それが、初めてわかりました。

わたしは秀吉と一緒に、石松丸殿の死を悼みました。
激しく泣きじゃくる彼の悲しみに寄り添いました。秀吉が泣く姿は、こんなにもわたしの心を詰めつけ、わたしに涙を流させます。わたし達は一心同体です。

その夜、わたしと秀吉は久しぶりに手を繋いで寝ました。彼がようやく眠り、わたしの手を離した後、わたしは暗闇に両手を合わせ誓いました。わたしは彼に必ず子どもを与えます。
神様が彼から子どもを取り上げたのなら、わたしが彼に子どもを与えます。
彼の子どもを産んでくれる女を、彼に与えます。
どうやってでも、愛する子どもの願いを叶えてやりたい。
それが、母としてのわたしの役目です。
わたしの秀吉への愛、です。

それは世間一般の夫婦の愛ではないでしょう。
でも、世間がわたし達夫婦に何かしてくれますか?
何もしてくれません。
無責任にすきなことを、言い散らすだけです。
世間なんて、くそくらえ!です。

その夜から秀吉が南殿のところに通うことはなくなりました。しばらくして南殿は城から出て行きました。噂では、彼女が産んだ子は他の男の子供だ、という話もちらほら出てきました。それが真実か定かではありません。けれど、もしそれが単なる噂だったら彼女は城を出る必要はなかったでしょうね。え?その噂を流したのがわたしではないか?ですって。さぁ、それはあなたのご想像にお任せします。

わたしは彼の子を産む新しい女を、彼に与えます。

歪んでいるかもしれませんが、これがわたしの愛の形です。


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