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リーディング小説「美しい子宮~寧々ね~」第七話 女には女でしかできぬ戦がある

女には女でしかできぬ戦がある

愛する我が子を失った秀吉は、戦への気持ちを駆り立てられました。
信長様の命で毛利氏の支配する中国攻めを申し付けられ、播磨、丹波を押さえ着々と勝利しました。
毛利氏との戦いに向け、秀吉優位で進んでいましたが、内部分裂により中国攻めは一時中断することになりました。
そしてこの時、秀吉は信長様から信長様のお子様を養子としてもらい受けることになったのです。

実はこの話し、わたしから信長様にお願いいたしました。
子を失った秀吉のあまりの落胆ぶりに、彼が父親とも慕う信長様のお子様を養子として迎えられたらきっと秀吉も元気になる、と考えたのです。
秀吉の子をいつどんな女が身ごもるか、わかりません。
そのいつか、を待つより、今すぐ彼に子どもを与えたかったのです。
彼が笑顔になるように、わたしは彼の幸せを一番に考えました。

それに主である信長様のお子様をご養子にいただき、信長様とご縁続きになれば、今後の秀吉の出世にも有利です。
わたしは信長様に会いに参りました。図々しい願いだ、と言うのは百も承知です。けれどわたしは秀吉を笑顔にしたかったのです。そこでまず石松丸のことを話しました。そして信長様に頭を下げ、信長様のお子様を養子に迎い入れたいことをお願いしたのです。わたしは畳に頭をこすりつけ、信長様にお願いいたしました。信長様は黙ってわたしの話しに耳を傾けて下さいました。

わたし達は二年前、すでに一人養女を迎えておりました。
まつさんの娘です。
まつさんは約束通り、四女の豪姫をわたし達の養女にくれました。
まつさんに似て利発な美しい子です。
秀吉もとても可愛がっています。
彼女はわたしの心の支えでもあります。

ですから、子どもをもらい受けることに、何のためらいもありませんでした。
わたしは信長様に言いました。
「秀吉は信長様のお子様を養子に迎えると、ますます信長様のために張り切って自分の身を削り働きます。
秀吉とは、そんな律儀な義理堅い男です」

信長様は腕を組んだまま、わたしの話をじっと聞いていました。
やがて口を開きました。

「寧々、わかった。
わしの四男の於次丸を、やろう。
大事に育ててやってくれ」

そう言って、信長様はやさしいまなざしでわたしを見つめて言いました。
「寧々よ。
秀吉と夫婦でいる事は、大変だろうが、やりがいもあるようじゃな。
お前が男であれば、さぞ優れた武将になったことだろう。
じゃが、お前は女だ。
女には女でしかできぬ戦がある。
お前ならその戦を、しなやかにしたたかく美しく生き抜いていきそうじゃ」

信長様の言葉に、わたしは安堵と喜びの気持ちで涙が出そうでした。信長様のお子様に羽柴の家を継いで下さったら、羽柴家は安泰です。
織田家との強いつながりもできます。
この度の養子縁組は、わたしのため、というよりも秀吉に喜んでもらうためのものでした。話が決まった後、信長様とお茶を飲みながら談笑しておりました。なごやかな時間でした。

そこにお市の方様が、三人の姫様達を連れてこられました。モノクロームの中にパッ、と花が咲いたような鮮やかさでございました。信長様はさらに表情を崩され、自慢げに言いました。

「寧々、紹介しておこう。
お市のことは知っておるな?
お市の娘の、茶々と初と江じゃ」

わたしはお市様と三人の姫様達に頭を下げました。
三人の姫様は、みな可愛い姫様たちでした。
長女の茶々様は一番お市様に似ており、利発そうな美少女でした。
信長様は、この姫様たちをとてもかわいがっているようです。

お市様は再び嫁ぐことを断り、信長様の保護を受け悠々と暮らしておられます。その美しさはフェロモンが匂い立ち、男心をかき立てるような色香です。浅井から戻ってきたお市様に恋の噂が、後を絶ちません。この方に気持ちを寄せられたら、どんな男も恋に落ちてしまうでしょう。それにしてもこの美しさ!同性のわたしでさえお市様に見つめられると、ドギマギいたしまします。もしかしたらお市様は、自分の美しさを磨くために恋をしているのかもしれません。

お市様が秀吉を相手にするわけなどございませんが、秀吉が深く心惹かれるのもわかるような気がします。
底なし沼のような、と言うと失礼ですが、長政様に別れを告げ小谷城を出たお市様は、以前のような無邪気な美しさではなく、男を深い沼に引き込むような美しさがありました。
その美しさを自分でよくご存じで、それを自由自在に扱っておられるご様子に見えました。
すぐそばにおられる長女の茶々様は、母であるお市の方様の女の部分に嫌悪感を抱きながら、あこがれておられる・・・・・・そんなご様子だとお見受けしました。

静かにお市様たちを観察していたわたしに、不意に茶々様がわたしの方を向いて言いました。

「あなたが、あの猿の奥さん?」

そこにいたみなが、どっと笑いました。
その言葉を聞いた時、カァッ!と胸の中に怒りの炎が燃え上がりました。
わたしの大切な秀吉がみなの面前で、馬鹿にされたのです。
わたしは唇をグイッ、と噛みしめ、下を向き、怒りを隠しました。

「これ、茶々失礼ですよ」

とお市様がいさめましたが、その言葉にまったく謝意の気持ちはなく、面白がるような響きが含まれているのを感じました。
お市様にとって秀吉は嫁ぎ先の小谷城を攻め落とした、憎い敵です。
きっとお市様や姫様たちの間で、秀吉は「猿」と呼び捨てにされているのでしょう。
また秀吉も自分のことを「猿」と言っているのでしょう。
けれどわたしにとって秀吉は愛おしい夫、と言う名の子どもです。
みなの面前で馬鹿にされることは、わたしも共に馬鹿にされていることと同じです。わき上がった怒りを抑えつけたのですが、今に見ておれよ、という思いが、つい言葉に出てしまいました。

「はい、猿はこの度信長様のお子様、於次丸様をもらい受けることになりました。
どうぞ、今後ともよろしくお願い申し上げます」

わたしは頭を下げたままそう言って、顔を上げました。

我が家が信長様とご縁続きになると知り、茶々様は一瞬バツが悪そうな顔になりましたが、すぐに笑顔になりました。

「それでは、わたくし達とも深いご縁ができますね」

その艶やかな笑顔は、とても十歳の少女には見えませんでした。

「深いご縁」
この少女が放った言霊は、後にわたしと秀吉、茶々様を結ぶ深いふかいご縁につながりました。
もちろん、当時のわたしはみじんもそのことをわかっておりませんでしたが。

そしてわたし達夫婦は、信長様の四男の於次丸様を養子に迎えました。
名を羽柴秀勝といたしました。
秀勝はわたし達にもなつき、羽柴の家は豪姫、秀勝という二人の子どものあたたかい笑顔に包まれました。
秀吉は新たな家族、新しい息子の誕生で、心の空白が少し埋まったように見えました。
わたし達は当時、本当に秀勝に羽柴の家督を譲るつもりでおりました。
信長様との絆をもっと深めたい、という思いもありました。
これで羽柴の家の未来も安定したように思えました。
わたしも、秀吉に浮気はいいけれど、子ども産む女をあてがう必要などない、と安堵したのです。やっぱり嫌ですからね。

わたし達夫婦にとって、信長様はとても大きな存在でした。

いつも秀吉の先を進み、ずっとわたしと秀吉を導いてくれる、と信じておりました。
わたし達を結びつけ、夫婦の絆を深くして下さり、自分の息子まで与えてくれた信長様。
その信長様がまさかあのような非業の死を遂げられるとは、その時夢にも思っていませんでした。

けれど歴史の針はどんどんそこに向かって流れていくのでした。


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