リーディング小説「美しい子宮~寧々ね~」第三話 わたしが、わたしを生かす
わたしが、わたしを生かす
それからわたしは、藤吉郎の母になりました。
毎晩、わたしは正座して城から帰ってきた彼の話や愚痴を聞きました。落ち込む彼の手を取り、背中を撫でて慰め励ましました。わたしは彼が元気よく過ごせるように心を砕きました。
同じ長屋には、彼の親友の前田利家さんと奥様のまつさんも住んでいました。
わたし達より先に結婚していた利家さんとまつさんは、わたし達の結婚の仲人になってくれました。
彼らとは終生、深いおつきあいをすることになります。
まつさんとわたしはとても気が合い、仲良しでした。
お互い貧しい暮らしの中で、家計をやりくりする方法を伝えあい、楽しく過ごしていました。
明るくポジティブなまつさんが、大すきでしたよ。
ただ時々まつさんが、妬ましくなる時がありました。
いえ、まつさんのせいではありません。
わたし達が結婚した時、まつさんはすでに女の子を授かっていました。
当時住んでいた貧乏長屋は、壁がとても薄かったのです。
そこから赤ちゃんの泣き声がよく聞こえました。
それがわたしにはとても切なく、つらいことでした。
わたしには得ることのない、自分の身体から生みだした愛おしい宝物。
愛する人との子ども。
わたしが決して手に入れられぬもの。
まつさんはすでに、手にしているのです。赤ちゃんの泣き声を聞くたび、わたしは両手で耳を塞ぎました。そうでもしないと、耐えられませんでした。
藤吉郎は、子ども好きです。
自分の精神年齢が低いせいか、子ども目線に立ち一緒に遊べるようです。子ども達も藤吉郎にとてもなつきます。
子ども時代に子どもらしく過ごせなかったせいでしょうか。
わたしはそんな子供達のなかに混じって遊んでやる彼を見ると、もう一度子ども時代をやり直しているように見え、胸がキュンと震えました。
そしてもっとこの子を甘やかせ大事にしてやりたい、と瞳を潤ませながら思うのでした。
そんな日は藤吉郎が家に戻ると、いつもより甘える彼の頭を撫で、胸に顔をうずめさせてやります。
思う存分、母親の愛で包み込むのです。
彼はとても満ち足り、子犬のような幸せな顔になります。とろけそうな彼の笑顔を見ると、彼がわたしの子供、と自分を納得させました。
ところで隣の壁から赤ちゃんの泣き声だけでなく、時々まつさんのうめき声や叫び声のような悲鳴も、聞こえました。
最初わたしはその声が何か、わかりませんでした。
もしやまつさんはどこか身体の具合が悪くし、うめいているのでは?と心配になりました。
ある夜、そのうめき声が大きいので、思わず隣で寝ている藤吉郎をゆすって起こしました。
「大変!まつさん、具合が悪いのかもしれないわ。
あんなまつさんの声、聞いたことがないもの。
ねぇ、お隣に行ってどうしたのか、聞いてきてあげたら?」
そう、藤吉郎に訴えました。
彼はとてもばつの悪そうな顔をしていました。
「大丈夫じゃ、まつ殿は病気ではない」
「どうして?どうして様子も見ないのに、そんなことがわかるんです!早く声かけてあげないと、大変なことになるかもしれないじゃないですか!!」
わたし達が言い争っている時も、まつさんの苦しそうな声が聞こえてきます。
すると、藤吉郎は大きな声で
「あ~ゴホン!ゴホン!!」
と大きな声で咳払いをしました。
するとまつさんの声はピタリ!と止みました。
不思議です。
「ほれ、もう大丈夫じゃ。さぁ、寝るぞ」
そう言って、藤吉郎はやさしくわたしの手を握りました。
わたしは何が何だか、まったくわかりません。
それでもまつさんが病気でなくてよかった、と胸をなでおろし、安心して眠りにつきました。
翌朝、井戸で米をといでいたら、土のついた大根を抱え顔を赤らめたまつさんが、もじもじしながらやってきました。
「おはよう。
昨日は、うるさくてごめんなさいね。
つい主人が、ハッスルしてしまって・・・・・
わたしもその勢いでやっちゃったのよ。
あまりにも気持ちが良くって、わたしも声を抑えきれなかったの」
そう言いながら、まつさんはお茶目にペロっと舌を出したのです。
そこでようやく鈍感なわたしも、ハッ!と気づきました。
まつさんは、だんな様の利家さんと夫婦のことをしていたんです!!
閨の契りで、女があんな声を出すことを初めて知りました。
わたしは小声でまつさんに聞きました。
「ねぇ、初めての時は痛かった?」
「そりゃあもう、めちゃくちゃ痛かったわ。
周りの人に話しを聞いていたけど、身体が張り裂けてしまうか、と思ったわ。
まぁ、出産の方がその何十倍も辛かったけど。
寧々さんは、どうだった?」
「えっ?」
わたしは一瞬言葉につまりました。いくら親しいまつさんでも、わたしと藤吉郎のことを話せるわけなどありません。
なので、まるで自分も経験したかのように
「わたしもそれはもう、痛くてつらかったわ。」
と眉間に皺を寄せて小声で言いました。もちろんウソです。
「そうよね~.でも、不思議よね。
身体が慣れていく、というのかしら?
どんどん気持ちよくなっていくのよ。
わたしの感じやすい所や気持ちいい所を、主人が見つけてくれてそこを触れられると、すぐにイッちゃう~
ま、そんな快感があるから、出産のあの痛みに耐えられるんだけどね。」
「えっ、イク?どこに行くの?」
「やだ、もう!寧々さんってば~!!
ものすごく気持ちよくて、頭が真っ白になることよ。
寧々さんは、まだそこまでいってないのかしら?
あ、遠慮しているのね。
いいのよ、声出して。
わたしもあんな風ですもん。
あの時は、我慢しちゃダメよ。
女のあの声が、男の気持ちをそそるらしいわ。
主人は、わたしのあの時の声がすきみたい」
「そ、そうよね、男ってそういうものよね」
慌てて笑顔になり、知ったかぶりをしました。けれど内心、まつさんのあっけらかんとした告白に驚いていました。まつさんは洗った大根を抱え立ち上がったので、わたしも慌てて後を追いました。
わたしに話したことで気持ちが軽くなったのか、それからますますまつさんはエキサイトし、遠慮なく声が響いてきました。
わたしはまつさんの声の正体がわかって、安心しました。
けれど夜布団の中で壁越しに彼女の声を聞くたび、頭の中でグルグルいろんな想像がめぐります。
二人はどんな姿態で、むつみ合っているのだろう?
どうやって愛を交わしているのだろう?
子どもを産むのが目的で、するのではないのか?
閨の契りは、まつさんにあんな声を出させるほど気持ちがいいのか?
もしかして、まつさんと利家さんは他の人達と違うことをしているのか?
そんなことを考えていると、身体がカァッーと熱くなり、下半身がジンジンうずきます。
そんな時、藤吉郎がふつうの夫なら、そこに触れてくれるのでしょうか?
でも彼はわたしの子どもだから、そんなことをさせるワケにはまいりません。
仕方なくおずおずと布団の中に手を入れ、自分の指で触れてみました。そこはしっとり濡れていました。
以前、一度だけ藤吉郎がしてくれたことを思い出し、自分で円を描くようにクルクルと触れると、そこがヌルヌルした突起に成長しました。
その突起にふれた時、あまりの気持ちよさに
「あっ・・・・・・」
と声をもらした途端、身体が弓なりに突っ張りました。
その先に行きたくて突起に触れ続けていたら、どんどん気持ちが良くなり、気づいたら身体がビクンビクン、震えていました。
突起の先に指が入り込むくぼみがあって、自然にそこまで指が導かれ、指が埋まりました。
指は上下にせわしなく動きました。
「ああっ・・・・・・!!」
そう小さく叫んだ時、頭が真っ白になりました。
身体全体が雷に打たれたように、衝撃が走りました。
それは、これまで人生で感じたことのない快感でした。
これがまつさんの言っていたイク、ということかしら?と波に飲まれながら「イク」という言葉につかまりました。
やがて波が引くと、自分の中から濡れた指を抜き取り、そっと鼻の近くまで持ってきて匂いをかいでみました。夏の雑草のような匂いを感じ、それを横に寝ている藤吉郎に気づかれないよう、指を折り布団の中に隠しました。
わたしは初めて藤吉郎には言えない、後ろめたい甘美な罪悪感を持ちました。
けれどその罪悪感、すぐ打ち消しました。
わたしがわたしをイカせるくらい、いいじゃない?!そんな反発心が沸き上がったのです。わたしは指を折った手を強く握りしめました。
わたしはそれくらい、赦される。
いえ、わたしが赦す。
布団の中で健やかないびきをかいて眠っている藤吉郎の横で、わたしは
自分をイカせたのです。
そしてそれは、わたしの中でこう変換されました。
わたしが、わたしを生かせる。
女としてわたしを、生かせる。
わたしは藤吉郎の母として生きる限り、女としての悦びも与えられません。
子どもも産めません。
そんな夫の母親としか生きられない女が、自分を生かすすべは、自分で自分を生かすことです。
わたしが、わたしに悦びと快感を与える。
この夜、わたしはそう決めたのでございます。
結局まつさんは、嫁いで約二十一年間で十一人もの子どもを産んだのですから、すごいものです。
後にわたしと藤吉郎は、利家さんとまつさんの四女豪姫を、養女にもらい受けました。
この後、わたし達夫婦は何人もの養子・養女を得ました。
それは藤吉郎が子を産むことが出来なかったわたしへ、せめてもの償いのように思えました。
わたしの密やかな悦び、最後まで藤吉郎は知らなかったでしょう。
いえ、知っていても見て見ぬふりをしたことでしょう。
息子は母親に聖母であることを望み、女の生々しい部分を認めず、封印します。
藤吉郎もそうだったでしょうから。
あなた様から見たら、異常な夫婦関係でしょうね。
でも、わたし達は愛と野心で深く結ばれておりました。
そう信じていました。
けれどこの時、藤吉郎が一人の女性に深く執着しているとは、夢にも思いませんでした。
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