見出し画像

「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第二十五話 愛してくれてありがとう、愛させてくれてありがとう

愛してくれてありがとう、愛させてくれてありがとう

扉の開いた二十メートル先に先に、弟で現将軍の家光がいた。私はずらりと並ぶ家臣達を観客に見立て、ランウェイでウォーキングするモデルのように優雅に、そして凛として歩いた。家光の前まで進むと座って頭を下げ、いきなり口火を切った。
「家光殿、お尋ねしたいことがあります。
東慶寺は幕府公認の縁切寺で、間違いなかったですね?」

「確かに、東慶寺は幕府公認の縁切寺で間違いないです」

家光は重々しく答えた。

「ですよね?
でしたら、そこに逃げ込み縁切りをした女人を引き渡せよ、と東慶寺に攻め立てているのは、徳川幕府に対しての反乱、と考えてよろしいですわね?」

「・・・・・」

「加藤明成は、家臣の堀主水が自分の命に背き、城に発砲して逃げました。高野山も彼を見放し、堀主水は紀州藩に逃げ、紀州藩は彼を幕府に引き渡し、最終的に幕府は堀主水を加藤明成に渡しました」

「それは、姉上、もっともなことではありませんか?
家臣が主君に逆らうなど、国家の法も乱れていきまする」

「ええ、それは致し方ありません。
が、しかし堀主水の妻には、何の関係もございません。
しかも彼女は、堀主水との離縁を望み東慶寺の門をくぐったのです。
東慶寺はこれまでいかなることがあろうとも、この寺を頼って門をくぐってきたものを保護しております。
そういう寺だからこそ、幕府公認なのではありませんか?
しかもその寺に刀を向けるのは、寺の住職である私の娘、天秀尼に刀を向けて脅すことと同じこと。
私は現将軍であるあなたの姉です。
その姉の娘、つまりあなたの姪に向けて、刃を向けているのと同じですよ!」

私は加藤明成への怒りを抑えきれず興奮し、つい立ち上がった。
その啖呵がきいたのか、私と家光のやり取りを息を呑み見守っていた家臣達が、「ほぉー」と息をもらした。その内の一人が口を開いた。

「上様、天樹院様の申した通りと存じます。
加藤は堀主水を引き渡した時も、幕府に対してあれやこれや無理難題を言ってきました。
もとはと言えば、加藤が会津の民に対しての政をきちんとできず、民意を得られなかったことが原因です。
しかも幕府公認の東慶寺の住職、天秀尼殿が上様の姪であることを知った上でのこの暴挙。幕府を軽々しく見ていることにもなります」

家光はいやなことを聞いた、と言うように顔をしかめた。「だが、先代の加藤嘉明は徳川によく尽くしてくれたと聞いておる」と口をまげて言った。

「それはそれ、これはこれ、でございます。
先代の加藤嘉明殿は上様の言われる通り、すぐれた武人で多くの者に慕われておりました。が・・・後を継いだ加藤明成は、君主としての器は小さなものでございます」

家臣達がザワザワし始めた。が、なかなか誰も決定打を打てない。立ち上がったまま私は段々イライラし、左足を小刻みに畳に打ち続けた。幸い着物で足元が隠れているからいいものの、これが刑部卿局に分かれば後で何を言われるかわからない。でも今はそんなことは、どうでもよかった。
こうやって彼らが押し問答をしている間も加藤は東慶寺に、堀主水の妻をよこせ、と脅しをかけ続けている。長引けば長引くほど、焦れた加藤が何をしでかすかわかったものではない。

はっきり答えが出ない応酬に、私はしびれを切らした叫んだ。

「ええい!家光殿!もうよろしい!
今から私はすぐ東慶寺に向かいます。
もう待ってはおられませぬ!!」

そう言って家光に背中を向けた。家光は慌てて立ち上がり、左手を伸ばし私を押しとどめた。

「あ、姉上!お待ちください!!
姉上の身に何かありましたら、私は亡くなった父上にも顔向けできません!!」

背中で家光の声を受け止めた私は、くるりと家光の方を向いて言った。

「いいですが、家光殿。
母とは子を守るものです。
天秀尼は私の娘です。
私の最初の夫、豊臣秀頼のたった一人の娘です。
彼女は東慶寺の住職として、正しいことをしております。
何もまちがったことをしておりません。
そんな娘を私は誇らしく思っております。
今、その娘が困っているのです。
徳川を敵にまわそうとしている加藤に、果敢に立ち向かっております。
そんな娘を母親の私が助けなければどうするのです!
では私はこれから早速参ります。」

私の言葉を聞いた家光は、家臣達に向かい命じた。

「誰か、加藤をここに呼べ!今すぐじゃ!
 今すぐ東慶寺から手を引き、江戸城に来るよう申し伝えよ。
即刻、来なければ幕府への反乱とみなし、家を取りつぶす、と申せ!」

ハラハラしながらことの成り行きを見守っていた家臣達の動きは、早かったわ。まるで準備をしていたかのように、蜘蛛の子を散らしあちこちに動き始めた。彼らが出払うと、緊張感が漂っていた広間は落ち着きを取り戻し、空気感がゆるやかに変わったのがわかった。

事の成り行きを見守っていた私は、ようやくその場に座った。
そして畳に手をつき、家光に頭を下げた。

「ありがとう、家光殿。心より感謝いたします」

家光は、姉上、どうぞ頭を上げて下さい、と慌てて言った後、苦笑いした。

「いやはや、姉上の啖呵には驚きました。
いつもは穏やかな姉上のどこにそんな強さがあったのか、度肝を抜かれました。豊臣との戦火をくぐってこられたのも、その強さがあったからこそですね。そしてそこでつながった、天秀尼殿との絆の強さもよくわかりました」

私は静かにうなずいた。

「そうです。おじい様にお願いし、あの子の命を助けました。
もしあの戦いで豊臣が勝っていたなら、彼女こそが姫だったのです。
そんな運命の流れに翻弄されながらあの子は成長し、たくさんの女性を助けています。けれど私こそが、あの子に今も助けてもらっています」

「姉上が、ですか?」

家光が不思議そうに尋ねた。

「ええ。私は播磨から江戸に戻ってきて、おかげさまで楽に自由に過ごさせてもらっています。けれど、それだけでは心が満たされないのです。
少女の頃から何か自分が人様のお役に立つことをしたい、とずっと願っておりました。そして私はこれからの人生で成すべきことを見つけたのです」

 「姉上の成すべきこと、とは?」

 「天秀尼と、同じようなことです。
 彼女のように困った人を助けるサポートがしたいのです。
離縁したい女性を助けるのもその一つです。
あなたの姉だからできることもきっとあるはずです。
昔はそれが重荷でした。
が、今はそれを上手に利用させていただきますわ」

そう言うと、私は笑った。家光も顔をゆるめた。

 「さすが、姉上だ。
 私は姉上を誇りに思います」

 「ありがとうございます。ありがとう、家光殿」

その後、加藤はすぐに東慶寺から呼び戻され、領地を没収され職も解任された。一度はお家取りつぶしも命じられた。けれど家光が言った通り、父親である加藤嘉明の幕府への功績が認められ、禄を減らされた後に家名を再興になった。一方、東慶寺にいた堀主水の妻は天秀尼のもとで静かに夫の冥福を祈った。三年後、天秀尼から阿弥陀像を持たされた彼女は、故郷会津の実家に戻り尼になった。

この事件以降、東慶寺は治外法権を認められたの。
私はすぐに東慶寺に向かった。そして出迎えてくれた天秀尼に、そのことを知らせ二人で手を取り合い、静かに喜びを分かち合った。
二人で話がなかなか尽きず、東慶寺を出た頃はもう夜になっていた。真っ暗な階段を灯りを捧げた侍女が足元を照らす中、ゆっくり降りた。輿に乗ろうとした時、何かに呼ばれた気がして夜空を見上げた。漆黒の夜空にたくさんの星々が煌めていた。
なんと美しい、と真上に首を伸ばした時、ひときわ輝く星が目に映った。何の根拠もなく
「あ、この星は秀くんがいる星だわ!」
とわかった。

その時、夜風が吹き、風の中から懐かしい秀くんの声が聞こえた。
「ありがとう、千。私の娘を守ってくれて」

風は一瞬私の肩を抱きしめ、彼方に飛んで行った。思わず涙で星がにじんだ。私は袂で目頭を押さえ、声に出さずつぶやいた。

 秀くん、私は私の成すべきことを見つけたわ。それをあなたの娘と一緒にやっていくの。そこから見守っていてね。

輿に揺られながら、播磨での占いのことを思い出した。あの占いで秀くんが私を恨んでいる、と言われたけど、やっぱりそんなことは嘘だった、と改めて思った。秀くんはいつもこうやって、遠くからこうやって見守ってくれている。

私は自分が彼からちゃんと愛されていたに、ようやく気づいた。
秀くんの愛は、私が望むだけの愛ではなかったかもしれないけど、私は確かに彼に愛されていた。愛はものさしで測れないし、形もない。
だけど私は愛されていた。今はそれがわかるの。
私も愛していた。秀くんの望む愛し方ではなかったかもしれないけど、私も確かに愛はあったのよ。

私は胸がいっぱいになり両手で自分の胸元を押さえ、目をつむった。そして声に出した。

「愛してくれてありがとう。愛させてくれてありがとう」

私は身も心もたくさんの愛に満たされていた。爪先から頭の先までひたひたとあたたかい思いが広がる。自分の中からふんだんにわき出す愛の温泉に浸りながら、私は決めた。この愛を周りに循環していくことを。


-------------------------------------
 
愛し愛され輝いて生きるガイドブック

あなたは愛されています。

100%ではないかもしれないけれど、今現在もあなたは愛されています。

あなたが、受け取っていないだけかもしれません。

あなたが愛を選り好みしているかもしれませんね。

愛はいつもあなたのそばにありますよ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?