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日本に一時帰国して思うこと【殺伐とした社会】


Sakuです。私はオランダから日本に一時帰国しています。

オランダでPCR検査を受け、陰性結果が出たあとに飛行機に乗り、成田空港近くで待機しました。

その待期期間も終わり、地元の沖縄の実家に戻っています。

オランダのPCR検査はこちらのサービスを使いました↓

↑厚生労働省

↑Nederlandwereldwijd.nl、オランダ側からの渡航の情報



日本的お役所仕事

飛行機が着くと、まず空港でPCR検査の流れが始まります。

それは日本的お役所仕事の凝縮バージョンみたいなもので、帰国したばかりの身にはつらかった。

現在はアプリで位置情報や体調を管理されるわけですが、

入国手続き自体は紙の書類です(なのでオランダであらかじめ印刷してきました)。

この紙の書類というのが、タイトルもないしナンバーもなく、書きづらく見づらいお役所書類

これを持って複数のテーブルをまわります。書類は赤ペンでチェックされて、今度は次のテーブルに、そのあとはこっちの部屋に、という具合。

え、全体像が見えない。

最終的に何をしたいのか、何をチェックされてるのか、なんでこんなふうに進むのか。それがまっったく見えませんでした

つぎはぎだらけです。


日々ルールが変わる中、職員さんも対応に追われているわけで、職員さんに文句言いたいのではない。

これは日本の社会を象徴しているようなものだと、着いて早々に痛感しました。

ミスをなくすために、全員平等にするために、躍起になるあまり、

手順が増え感染リスクも増え本末転倒

便利なアプリやウェブと、紙の書類との2度手間になる。


そういう「日本的なやり方」は、日本にいれば慣れるものですが、

オランダからの飛行機を降りてすぐにそれに遭うと、かなり疲れますしイライラします。職員にキレている中年男性もいました。


書類の確認では、パスポートを毎回渡すんですが、

それをぞんざいに扱われ(床に落とされてそのままにされた)のは、私は怒りたいパスポートをそんな、お薬手帳みたいにホイホイ渡すのもイヤだし、テキトーに扱わないで・・・泣


PCR検査自体はだ液採取で2時間待てば結果が出ます。

書類のチェック作業は、ほんとうに疲れ果てるものでした。陰性が出たあとは指定のバスでホテルに行き、そこで待期期間いっぱいまで過ごします。



一方通行のアナウンス

牛丼屋さんに行って、持ち帰りの弁当を注文したとき。

お客さんはみんな一人客。だれもお喋りせずに食べている。なのに、アナウンスで延々、

「新型コロナウイルス感染拡大防止のため、会話は控え、マスクの着用をお願いします。・・・」

と流れているのには辟易しました。

同じことは、コンビニでもスーパーでもあり、

みんな、マスクしてる。子どもでさえも。ほとんどの人が、消毒もしているし、距離も開けてる。気を付けている。

なのに、アナウンスでずーーーっと流す必要ある?

と思いました。


私はもともと、スーパーや駅などでの注意音声、案内音声というものの有用性に疑問を持っています。

感覚が過敏なので、はっきり言って不快です。日本のスーパーへは耳栓なしには行けなかった。

注意音というものは一方通行であり、

「大事なアナウンスだから」の名目のもとに、公共空間の静けさと快適さを破壊しています。

エスカレーターの注意音しかり。結局それはクレーム対策でしかなく、人のことをほんとうに考えたサービスではないです。


空港での書類チェックも、どこでも流れているアナウンス、注意書きも、

現代日本的な過剰さにあふれていました。

形骸化している。

それが当たり前の景色として存在している環境にいると、私は気が狂いそうでした。

こういう疑問の声・批判の声を挙げること自体が、

「イヤなら日本に帰ってくるな!」

と言われそうだし、私のことを攻撃されたりネットでさらされたりし得ると思うと、

お上の言ったことには反発してはいけない

という、これもまた現代の日本を象徴するような息苦しさです。



あまりにも殺伐としている

日本の空港に着いた日から、待期期間が終わるまで、

どこを見ても暗い雰囲気が漂っていて、とても苦しかったです。

疲れた目をした人が本当に多い。

歩きスマホをしながらフラフラ歩いて、自分さえよければいい(歩きスマホ、なんでこんなに多いんだ?普通に危なくない?)。

コンビニやスーパーの店員さんも、目を合わせない。

あいさつをしない。人とコミュニケーションを取らないように、遮断するようになっている。

衝撃的だったのは・・・道を歩いていて男の人と私がぶつかりそうになったとき、男の人が私を避けたあと、

「チッ!!」

と、思いっきり舌打ちをしたこと。

こんなにも攻撃的な人間がいるのか。

彼のゆがみにゆがんだ表情と、自分中心の振る舞い、そしてかげにひそむ恐れや怯えのようなもの。すれ違う、たった数秒間で、その負のオーラのようなものを感じて私は戦慄しました。

彼もまたむしゃくしゃするようなことがあったのか・・・

それとも、もうずっと継続的に、気分のよくない毎日なのか・・・

相次ぐ殺傷・傷害事件、通り魔的な犯罪も、

このような社会ではそりゃ起きるだろうな、と思い、とても悲しいです。



つながろうと試みたこと

私はずっとホテルに宿泊していました。

小さな部屋にひとりきり、食べ物はお惣菜か弁当、外出は必要最低限の生活で、精神的に不安定になりました。

着いてすぐに地震が続き、

「日本に帰るのがこんなにつらいなんて」

と泣いていました。

ある眠れない夜、私は絵を描きました。好きな女優の絵をトレースして、ドアの外側に貼っておきました。

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すると、翌日、清掃の方が

「すごいわねえ、上手ねえ」

と褒めてくださり、少しの会話が生まれました。

その夜もまた絵を描き、貼りました。べつの清掃係の方が話しかけてくれました。

私はそのコミュニケーションで、心がとてもあたたかくなり、

ちょっとした雑談であっても、こんなにも心強くなれるのかと思いました。


その後、また眠れない夜に、今度は文章を書いて貼ってみました。

政府の決定、コロナ対策のためとは言え、1週間以上隔離されることのつらさ。それを共有できないもどかしさ。発散する場のない気持ち。

生きるために隔離をするんだけれど、「生権力」を握られることがとてもしんどく、つらい。孤独。

その文章は、ホテルの方が読んでくださり、私がロビーに降りたさいに少し会話をしました。


私みたいに、「つながろうとする」やつ、「意見を言う」やつは、うっとうしいかもしれないし

日本では「ちょっと変わった人」ですけど

私は自分のことを文化の境界にいる人、境界人、アウトサイダーだと腹をくくったので、人の目よりもやりたいことのほうにフォーカスしたい。

やってみてよかったかなと思います。



こんなに大変な生き方なんて

日本のことを批判したいという動機で文章を書いているのではないです。帰国して感じたことを書いておけば、同じように感じる人もいるだろうと。

いろんな視点があるものなのに、今は

ルールに従わない=悪

文句を言う=悪

という風潮があまりにも強すぎて、そこには抗議したいです。


日本は、政府の対策というよりも、自分たちの衛生観念と、お互いを見張る目とでコロナの感染者数を抑え込んでいます。

だから、連日、「20人が感染」だとか報道する意味があるのだろうか?そんな少ない数字を取り上げて不安をあおる意味があるのだろうか?

コロナにかからずに済んだ人も、心へのダメージは半端ないんだと思います。

生きていることが大事だけど、生きていさえすればいいのか?

人生の楽しみはずっと抑圧されたままでいいのか?

人間個人の喜びは、政府によってコントロールされていいのか?

暗く、閉鎖的で、監視的な、殺伐とした街を見ると、そう感じずにはいられない。



違うやり方もありますよ

オランダは、パーティーやサッカー観戦や、バカンス、楽しむことを再開させ、

結果として現在、感染者数が急増しています。またロックダウンです。

彼らは必要最低限しかマスクをしないし、ハグもするし、お酒を飲みに出かけたりしまくっている。

「ワクチンを打ったんだから、あとはもういいでしょう。楽しもうよ」

というのがオランダ人のスタンスです。

生命というもの、そして人の権利というものの捉え方が根本的に違うのだと思います。


私の姉妹のいるアジア圏の国でも、また違うやり方・捉え方があり、それぞれに感染者が増えたり減ったりしています。

日本にいると、外でマスクしないのも悪、コロナにかかるのも良くないこと、反省しろ!みたいな圧力がものすごく強い。

でもそれはあくまで日本のやり方であって、そうじゃない国・社会もあるわけなんですね。



氏名公表には反対

今、厚生労働省は、宣誓に違反した場合、その氏名を公表しています。

これは「さらすこと」に効果があると見ている日本的なやり方です。

日本の感覚で言えば、「従わないと名前が公に出ちゃう・・・攻撃されちゃう・・・」という恐れから、お上に従う、という流れが成り立ちます

違反している方というのは、外国に住んだりするような人なので、そんな日本的価値観とは違う観念で生きているのではないでしょうか。だから効果はほとんどない。


帰国者を管理するのに、いろいろなやり方があります。テクノロジーを有効利用したやり方もあり、他国に倣うやり方もあり。

その中で、「名前をさらすことにすれば、きっと違反者は少なくなるだろう」というアイデアを持ち、決定するような日本政府を私は軽蔑します


今の帰国者待機のやり方は、例えば「公共交通機関に乗ってはいけない」という決まりがありますが、実際には乗っている人います。ザルです。いくらでも違反できます。

そういう人のことは「仕方ないよね・・・」とうやむやに放置しながら、帰国後の連絡が取れなかった人のことだけを氏名公表という手段でさらし者にしている。

ルールの運用のほうを見直すべきでは。と強く思います。







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