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ミヒャエル・ハイドンの音楽(1)《セレナーデニ長調 P.87》


本シリーズでは、ミヒャエル・ハイドンの音楽を愛してやまない筆者が、知られざるミヒャエル・ハイドンの名曲を解説していきます。

1. ミヒャエル・ハイドンの人生

 ヨハン・ミヒャエル・ハイドンは、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)の弟として、1737年9月17日にオーストリアのローラウで生まれた。兄と同じく古典派を代表する作曲家である。しかし、現在ではあまりに高名な兄の影に隠れ、その作品が演奏される機会は決して十分ではない。

 ミヒャエル・ハイドンはまだ少年であった1745年頃にウィーンへ行き、兄ヨーゼフも在籍していた聖シュテファン大聖堂の聖歌隊メンバーとなる。兄ヨーゼフが変声期を迎えて解雇されると、兄の持っていた「独唱者」という地位を与えられる。しかしミヒャエルも変声期を迎えると、聖歌隊を去る。その後数年は、やはり兄ヨーゼフと同じくウィーンでフリーランスの生活を送る。
 1757年になるとハンガリーのグロースヴァルダイン(現在ではルーマニアのオラディア)の司教のもとで楽長に任命される。この時期には、交響曲を数曲と協奏曲を1曲、ミサ曲数曲などを書いている。
 1762年にはザルツブルクで地位を与えられ、翌年には大司教ジーギスムント・シュラッテンバッハのもとで宮廷音楽家並びにコンチェルトマイスターに任命される。ミヒャエルは1806年に亡くなるまで、ザルツブルクの宮廷に籍を置き続けた。
 ここまでの人生は兄ヨーゼフと非常に似通っている。しかし兄ヨーゼフがエステルハージ家に籍を置きながらウィーンやロンドンで活躍したのに対し、弟ミヒャエルは--フランス軍がザルツブルクを占領し、自身も財産などを奪われるという経験をしてさえ--生涯ザルツブルクを離れることがほとんどなかった。
 そのため、楽曲が作られた場所は「ウィーン」「グロースヴァルダイン」「ザルツブルク」の3つに分けられ、その大半を占めるのが「ザルツブルク」である。

2. セレナーデニ長調 MH86 P.87

 現存する自筆譜によると、このセレナーデは1767年の8月10日にザルツブルクで作曲された。この作品にはいろんな音楽が詰まっている。交響曲、協奏曲、室内楽、そしてオペラの要素まで入っているのだ。18世紀の演奏会といえば、交響曲の第1楽章で始まり、協奏曲や歌のアリアが何曲か演奏されて、そしてまた交響曲を演奏して終わる、というような「いろんな音楽を詰め込んだコンサート」だった。このセレナーデはまさにひとつの「コンサート」である。全部が詰まっている本当に素晴らしい作品だ。大好きな作品なので、たくさん文字を使いながら解説していきたいと思う。

 この作品の演奏機会は(現在では)非常に少ない。ここではYouTubeにアップされている演奏を使って解説をしていく。古典音楽を得意としたトランペットの名手Ludwig Güttlerが指揮するVirtuosi Saxoniaeの演奏で、モダン楽器(現代の楽器)によるモダンの演奏だ。もちろんこれが素晴らしい演奏であることは間違いないし、何よりもこの作品の貴重な録音を残してくれたことに心から祝福している。
 一方で、ミヒャエル・ハイドン作品のように「多感様式 sensitive style」の要素を多分に含んでいる作品は、ピリオド楽器(当時のスタイルの楽器)でなければ充分に出すことが難しい、細かいアフェクトの表現があるだろう。モダン楽器の演奏はどうしても均一的になりがちだ。だから、この演奏がこの楽曲の全ての魅力を引き出しているとは言い切れない。これも、ミヒャエル・ハイドンがあまり現代の人々に親しみを持たれない理由の一つかもしれない。(バッハやモーツァルト、ベートーヴェンの音楽は、ピリオド楽器でもモダン楽器でも、十分に音楽的に演奏される強度を持っているだろう。)

 さて、第1楽章Allegro assaiは、ソナタ形式で説明できる交響曲のようなスタートだ。この楽章は、2本のオーボエ、2本のホルン、2本のトランペット、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、2つの声部にも分けられるヴィオラ、そしてバス(チェロとバス)という編成である。こちらのYouTube音源では、バスのパートにファゴットが重ねられている。

 フォルテとピアノ、フルオーケストラのサウンドとユニゾンの交替が目まぐるしく、とても華やかだ。古典派らしい「ギャラント様式」の要素も随所に見られる。
 冒頭、提示部から順に見ていこう。まずニ長調「1小節+1小節+2小節」のフレーズが二度繰り返され、その後ユニゾンによる6小節の推移部にわたる。そして直ぐに属調イ長調の第2主題が始まる。
 第2主題はさらに三部形式A-B-A'に分けられるだろう。Aの部分(このYouTubeで0:22から)は低音による刻みと内声のシンコペーション、オーボエのハーモニーに第1ヴァイオリンの分散和音的な旋律が乗る、非常に豪勢なものだ。そして2本ずつのトランペットとホルンは、行進曲風の音型で掛け合う。おそらく、トランペットとホルンは左右に配置され、ステレオ効果として鳴り響いていたのだろう。
 対するB(0:44-)の部分は弦楽器だけの弱音で語られ、Aと同じ符点音符も登場するが、旋律もバスも基本的に順次進行で出来ており、非常になだらかだ。
 華やかなAが、今度は低音の旋律で回帰される。そして「1+1+2(小節)」の構造で出来たユニゾンが登場し、提示部は終わる(繰り返される)。

 そして白眉の展開部(2:44-)である。
 初めて「フォルテッシモ」が登場し、和音も減七の和音と強烈だ。そしてこの2小節は提示部の冒頭と同じように、まったく同じものが反復される。
 この導入部が終わると、また三部形式(C-B"-C')の構造の部分に入る。ここのC(2分47秒から)では弱音になってホ短調で「1+1+2(小節)」という構造の音楽が鳴るが、すぐにフォルテで最後の2小節が反復されてこの構造が否定され、第2主題の展開(B)に入る。ここは非常に激しい。低音による符点音符の旋律、ヴァイオリンによるシンコペーションと十六分音符の駆け上がり。「シュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)Sturm und Drang」のようだ。そしてユニゾンで符点音符が演奏されたあと、イ短調になってCの部分に戻る。
 そして、このあと再現部に戻るまでの7小節間が、本当に素晴らしい(3:21-)。低音は「ラ」の保続音を第2主題の提示部と同じ八分音符で刻み、二つのヴァイオリンは(もう随分前のことで忘れていたような)第1主題を交互に展開する。ホルンとトランペットは交互に毎小節の1拍目で、鉄槌を下すように「ラ」の音を演奏する。オーボエは3度(協和)と2度(不協和)の音程を付かず離れずといった具合に伸ばし続ける。ヴィオラはここで初めて2つのパートに分けられ、激しくシンコペーションを演奏する。途中には「2467」(A,B,D,F#,G)という物凄い不協和音も登場する。
 そして、全7小節という「中途半端」な数であっという間に、まるで冗談かのようにこの部分は終わり、突如として再現部(3:33-)が始まるのだ。

 再現部は冒頭と同じく非常に健康的で、高貴な音楽だ。しかし、第1主題の再現の途中に展開部の記憶(ホ短調)が一瞬だけ登場し、ヒヤッとさせられる。
 第2主題は定型通りニ長調で再現され、その後は何事もなく(?)、幕を閉じる。

 続く第2楽章Andanteは、2本のファゴット、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、バス、そしてフラウト・トラヴェルソ(フルート)とチェロのコンチェルタート(ソロ)という編成だ。
 まずオーケストラが8小節にわたる序奏を演奏する。ファゴットは完全にバスのパートから独立しており、二声でハモって内声を奏でる。
 そしてその後、チェロが登場し、オーケストラと全く同じ旋律を8小節に渡って奏でる。このときオーケストラは、弦楽器のピチカートだけになり、チェロに美しくスポットライトが当たる。その後フルートのソロが登場し、掛け合う。完全に「協奏曲」だ。

  第3楽章はメヌエットだ。主部の編成は、2本のフルート、2本のホルン、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、バスである。
 イ長調の主部が終わって中間部(トリオ)になると(1:08-)、弦楽器の伴奏のもと、第2楽章で活躍したフルートとチェロのコンチェルタートが再び登場する。ロ短調のドミナントと思しき和音から始まり、フルートの旋律も「7度下降、6度上昇、7度下降」と大変印象的だ。しかし、4小節目にはイ長調に戻る。そしてチェロと掛け合いながら、その後はシンプルにソロを奏でる。

 次は第4楽章Adagioと第5楽章Allegro moltがセットだ。ニ長調で、編成はどちらも、2本のオーボエ、2本のホルン、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、(二つの声部にも分けられる)ヴィオラ、バス、そしてホルンとトロンボーンのコンチェルタートである。
 つまり、今度は「ホルンとトロンボーンと管弦楽のための小協奏曲」という趣になった。初演では当時の名手ヨーゼフ・ロイトゲープ(1732-1811)によるホルンと、Thomas Gschladtのアルト・トロンボーンによって演奏されたようだ。ロイトゲープは歴史的に非常に重要な人物で、モーツァルトや兄ヨーゼフ・ハイドンが彼のためにホルン協奏曲を残している。
 さて、第5楽章の楽譜の冒頭には「Concertino」という表記がある。これは「協奏曲Concerto」に小さい意味を示す接尾語「-ino」を付けたもので、日本語にするならば「小協奏曲」という意味になるだろう。しかし、私はどうしてもバロック期の「コンチェルト・グロッソ」におけるソリストを示す「コンチェルティーノConcertino」という言葉を想起してしまう。(詳しくは、前回の記事を参照!)

 21小節にわたる長い序奏の後、ソロは同時に登場する。スライドを持っていて音の高さを自由に変えられるトロンボーンに対し、当時バルブを持っていなかったホルン(ナチュラル・ホルン)には出せない音もある。しかし、ふたつの楽器は非常に巧みに絡み合う。交互にトリルが出てくるところなども、聴いていて楽しい。自然倍音が主となるナチュラルホルンやウィーン・ヴィオローネのための協奏曲はどうしても和声が単調になりがちだが、この楽章ではさまざまな和音が登場するのも面白い。

 第5楽章はおおよそ協奏ソナタ形式で出来ている。ユニゾンで開始するが、ソロが登場すると、冒頭のユニゾンがそのまま伴奏になっているのが面白い。掛け合うのはホルンとトロンボーンだけでなく、ヴァイオリンやバス、そしてときにはヴィオラがふたつのパートに分かれて旋律を奏でるのも、驚きに満ちていて楽しい。おもちゃ箱をひっくり返したような、トキメキに溢れた楽章である。終盤になるとカデンツァを演奏するよう楽譜に指示が書かれている。

 第6楽章は二度目のメヌエットだ。また、総奏の音楽に戻る。主部の編成は、2本のオーボエ、2本のファゴット、2本のホルン、2本のトランペット、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、バスと豪勢だ。ニ長調で始まり、後半ではホ短調やニ短調も顔を覗かせるが、ニ長調で終わる。
 中間部になると、管楽器はフラウト・トルヴェルソが1本とファゴットが2本、そして弦楽器という編成になる。フルートにConcertatoの表記はないが、ひとりでメロディを奏でる。主部ではバスに徹していたファゴットが2声に分かれ、オブリガートや旋律を奏でる。
 ちなみにこの中間部は、このセレナーデでは初登場のト長調で書かれている。同じ調性ばかりが連続して聴衆に飽きられることを、避けるようにしているのだろう。

 次なるセットは、第7楽章Allegroと第8楽章Andanteだ。今度はなんと、それぞれ「Recitativo」、「Aria」と題されている。第7楽章では2本のオーボエ、2本のホルン、2本のトランペット、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、バス、そしてコンチェルタートでフルートとホルン、トロンボーン、ヴァイオリン、チェロのソロが登場する。
 「レチタティーヴォ Recitativo」はもともと声楽の様式の一種で、オペラやオラトリオ、カンタータ等のなかで状況の説明や感情の独白として使われる「語り」のことである。後にベートーヴェンがあの《交響曲第9番》フィナーレ冒頭で、声楽ではなく器楽のチェロとコントラバスにレチタティーヴォ風の音楽を与えたことは有名だ。それはまるで音楽史上初の出来事であるかのように誤認されるが、18世紀のうちから器楽によるレチタティーヴォは存在していた。

 ニ長調の序奏が属調であるイ長調のドミナントで終止すると、ヴァイオリンのソロがAdagioで語る。ここはレチタティーヴォ・セッコだ。そしてオーケストラがAllegroに戻ってイ長調の間奏をさらに属調(の同主調)のホ短調のドミナントで終止し、またヴァイオリンがセッコを奏で、ホ短調で終止する。しかしその後オーケストラが今度はAndanteで推移部を演奏してト長調になると、レチタティーヴォ・アッコンパニャートでフルートがソロを奏でる。
 ちなみにレチタティーヴォのセッコとは「乾いたsecco」という意味で、合いの手を「ジャンッ」と入れるやつだ。一方アコンパニャートは「伴奏付きaccompagniato」という意味で、レチタティーヴォ(ソロ)の演奏中もオーケストラが伴奏している。ここではフルートの背景でオーケストラが長い音符を演奏しているから、後光が刺すような効果が生まれている。
 その後はホルン、チェロ、トロンボーンが順番にレチタティーヴォのソロを演奏し、まるでオペラやオラトリオの中の会話のようになっている。(このYouTubeの演奏はそれぞれを歌いこみすぎていて、それはそれで美しいのだが、あまり会話には聴こえない。レチタティーボとは歌うことではなく、語ることなのだ・・・)
 オーケストラが再び音楽をAndanteに戻してハ長調にし、その刻みの上でチェロとヴァイオリンがレチタティーヴォを演奏してニ短調で終止し、次のAriaへと続く(attaca)。

 この楽章は弦楽器の伴奏のもと、ヴァイオリンがアリア(歌)を奏で、先の楽章で活躍したフルート、ホルン、トロンボーン、チェロのコンチェルタートも姿を見せる。
 オーケストラはニ短調のフォルテで始まる。バスの動きは常に八分音符で、バロック時代の「通奏低音」に聴こえるだろう。中盤になると通奏低音の足取りが止まり、高弦による十六分音符の刻みの上でレチタティーヴォが登場する。先の楽章の回想シーンのようだ。そしてアリアに戻り、ヴァイオリンのカデンツァも交え、この音楽は終わる。
 このふたつの楽章は物語が見えてくるような音楽だ。登場人物もたくさんいた。オペラの一場面を「チラ見せ」してくれたような、そんな感じがする。

 さて、いよいよ「フィナーレ」だ。第9楽章Prestoである。ニ長調のあっけらかんとした音楽で、速い3拍子、そしてロンド形式である。途中には短調の音楽など、面白いエピソードもたくさん挿入されているが、なにせプレスト(速い)、全てが走馬灯のように駆け回る。
 興味深いのはこの楽章の編成だ。2本のオーボエ、2本のホルン、2本のトランペットと弦楽器だけである。これまで登場した中だと、2本のフルート、2本のファゴット、それからホルンとトロンボーンがひとりずついるはずだ。例えば19世紀の音楽ならば、終楽章はカタルシスの頂点だから全ての楽器が登場するはずだ。この時代のオペラでもフィナーレといえば登場人物がみんな出てきて歌い合うはずである。もしかして、ここで登場しない楽器の奏者は、楽章ごとに異なる楽器を演奏していたのだろうか。

 さて、最も面白いのは、いわば「アンコール」が付いていることだ。Finaleの後に続く第10楽章はふたつの部分に分かれる。ひとつめは弦楽器とヴァイオリンのソロによるレチタティーヴォで、たった2小節だ。そしてそこにはなんと、ヴァイオリン奏者たちの楽譜に「Tutti(全員)」でひとこと「addio(さようなら)」と歌うよう楽譜に指示が書いてある。
 そしてすぐに、AndanteのMarcia(行進曲)へ続く。ここは、2本のフルートと2本のトランペット、そして弦楽器という編成だ。ちなみに第2フルートは第3楽章のメヌエット以来の出演である。
 行進曲は前半と後半に分かれており、それぞれの最後で低音に「coll'arco rivoltato」という指示がある。これはわたし自身初めて見た指示だが、直訳すれば「弓を逆さまに」ということなので、おそらく弓の木の部分を使う「coll legno」奏法のことだろう。
 そして、フォルテで始まった行進曲はピアノで消えるように終わっていく。歌詞の「addio(さようなら)」から類推するに、プレーヤーたちはこの楽曲を演奏しながら行進をして、そのまま去っていったのだろうか。

 ともかくこの作品は、本当に面白い。いろんな要素が詰まっている。ぜひこの作品をピリオド楽器で演奏して、録音もして、世に広めたいものだ・・・。
 長くなりましたが、お読みいただきありがとうございます。addio!!

3. 【コラム】世俗音楽のトロンボーン

 (と言いつつ、続けます)
 ところで、セレナーデという世俗音楽でトロンボーンが登場したことに驚いた人はいないだろうか。
 そう、古典派の時代におけるトロンボーンの主戦場は、教会だった。宗教作品で、特に低い声部に重ねて使われることが多かった。キリスト教的なものや超自然的なものと結び付けられることが多く、例えばグルックの歌劇《アルチェステ》(1767年)では、3本のトロンボーンが神託の場面で特徴的に用いられる。
 「教会のなかにいたトロンボーンをオーケストラに持ち込んだのはベートーヴェン」で、「彼はそれまで「神聖」な楽器であったトロンボーンを交響曲という「世俗」の音楽に抜擢して、これは非常に画期的なことだった」なんていう説明を受けたことのある人は多いだろう。確かに《交響曲第5番》(いわゆる『運命』)(1807-08年)の第4楽章での登場は、間違いなく効果的だ。
 しかし、ベートーヴェン以前のトロンボーンが教会の中にしかいなかったわけではない。例えばベートーヴェンの師であるJ.G.アルブレヒツベルガーが既に《アルト・トロンボーン協奏曲》(1769年)を作曲しており、その他にもモーツァルトの父レオポルトはその更に前の1755年、そしてミヒャエル・ハイドンも1764年にアルト・トロンボーンのための協奏曲を作曲している。
 それどころか、ヨアキム・ニコラス・エッガート(1779-1813)というスウェーデンの作曲家は、1807年に作曲した《交響曲第3番変ホ長調》でトロンボーンを使用している。いわゆる『運命』は、一番最初ではなかったのだ!

 ベートーヴェンの死後、ゲルマン民族のナショナリズムと共に盛んになった「ベートーヴェンは凄い」という逸話の多くは、話を盛っていたり、あるいは誇張していたりするのだ。
 詳しくは「ベートーヴェン・アップデート」をお読みください。

 それから18世紀のトロンボーンの歴史については、以下のサイトが詳しいです。

 このサイトによると、Joseph Krottendorferという人が1768年(つまりベートーヴェンが生まれるおそらく2年前)に、トロンボーンを交響曲に参加させたと書いてある! この作品について詳しいことは分からなかったので、ご存知の方はご教示ください。

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