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聖夜に奇跡は起きない

 聖夜に奇跡は起きない。

 生まれてこの方、その日に良いことがあった試しがない。

 プレゼントは忘れられるし、自転車は大破するし、彼女には振られるし、前の会社は倒産するし、散々だ。しかも、その日は僕の誕生日でもあるのに。

 だけど、いくら嫌でも毎年その日はやってくる。今までどこにいたの?ってぐらい人は増えるし、道は明るくなるし、空気は澄むし、街は浮かれる。

 僕は今年もそのはじっこを背を丸めながら歩く。仕事終わり一人暮らしの家までの帰路。強い向かい風に吹かれながら、「今日は何食べようかな」と考えていると、サンタに声をかけられた。

「ケーキいかがですか?」

 売り子さんだった。「大丈夫です」と先を急ごうとすると、「あの、その、山本くんだよね?」と呼び止められた。

 高校の同級生だった。しかし、咲く思い出話も何もない。僕は陰キャだったし、彼女は陽キャグループの超重要キャラクターだったから。

「へー、こんなとこで会うなんて奇遇だねー。今なにやってるの?」なんて雑談が始まりかけたところで、ずんぐりむっくりとした酔っぱらいの男が彼女にぶつかって、ケーキが吹っ飛び、僕がそれをキャッチした。

「どこ見て歩いとんねん!」と男は怒ったけど、彼女はれっきとして立ち止まっていたから、「歩いていたのはあなたですよ」と僕は指摘した。男の怖い顔がさらに怖くなった。

 僕は彼女と男の間に入って、怖い顔と対峙する。今にも手が飛んできそうだったけど、なぜかこっちも腹が立っていたから、なんだかここで引くわけにはいかなかった。

 一触即発ってところで、何処からか風に吹かれて飛んできたビニール袋が男の顔にハマり、彼は「うわっ」と悲鳴をあげた。酔っ払っているのもあって平衡感覚が怪しいらしい。こけそうだ。チャンスとばかり、僕は彼女の手とケーキを持って走った。

 走りながら、おいおい、聖夜の奇跡ってビニール袋かよ、と思って少し笑ってしまった。まぁ、それは不恰好でほんの小さい奇跡だったけど、僕の目の前でたしかに起こったんだ。

 落ち着いたところで、「助けてくれてありがとう」と彼女は言った。僕は握っていた手を慌てて離して、ケーキを返す。

「せ、折角だからこのケーキ買おうかな。いや、クリスマスだからとかじゃなくて、今日実は誕生日なんだよね」と、どぎまぎしながら僕は余計な話をする。

「え、私も」


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