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題名のない関係

深夜1時。
池袋の西口を左に進むと、座ってくださいと言わんばかりの石畳の花壇が並んでいる。薄暗く、静かになりかけている街を横目にファミリーマートの電気だけが煌々と光っている。コンビニの前では酔っ払って距離が近くなった大学生たちがほおを赤らめながら下品な笑顔を浮かべている。彼らにとっては今が勝負なのだろう。お目当ての女の子をお持ち帰りできるか否かの戦いなのだ。いや、お目当てでなくてもいいのかもしれない。誰でもいいから酒の勢いで自分のものにしたい、そんな時期なのかもしれないな。
女の子も女の子でそんな顔をどうでもいい人の前でするんじゃないよ。
その酔って赤らんだ可愛い顔は好きな人の前にとっておきな。



そんなお節介を心の中で抱きながら、私は体操座りで池袋の夜の街を眺めていた。
よく希死念慮に襲われる私は、「もう一度あそこに行きたいから死ぬのは一旦保留にしよう」と考え直す材料を探すためにわざわざ出てきたというのに。
数時間後には6月以来の特大希死念慮に襲われていた。


「どうやったら死ねるかなあ」

飛び降りれそうな高いビルは無駄にたくさんあるのに、ビルへの登り方がわからない。
死んだら後悔するだろうか。
ああ、死んだら後悔するかどうかの確認ができないのか。
それはつまらないな。
最後に会いたい人はいるだろうか。
いや、ここで会ってしまったら「最後に会ったのは自分なのに」という後悔を植え付けてしまうかもしれない。そう考え思いとどまる。
死のうとしているのに他人の心配をしている自分はなんだか滑稽だった。


飛び降りたら後処理で面倒かけるし、もう終電もないから飛び込むこともできない。こんな都会じゃ山や海なんていう人目につかない場所にもタクシーを使わないといくことができない。


「お姉さん一人ですか」「一緒に飲みませんか」
このセリフをこの晩で何度も聞いた。
意訳すると「この後ホテルに行きませんか」が正解だ。
彼らは女性についている穴にしか興味がないのだ。
仮に私が愛想良く対応して、そのままホテルへ行くとしよう。知らない女と気持ちのこもっていない粘膜接触をして何が楽しいのだろうかこの男たちは。
そもそも酔った勢いでしか誘いを立てられないような男性には魅力を感じない。
そして私は知らない男に勢いで体を許すほどビッチではない。



こんな夜中に一人で池袋で座っているなんて知られたら怒られるだろうなあ。そんな想像はできるのに、この死にたい夜に、孤独で苦しい夜に、私は彼に助けを求めることができない。
彼は私の恋人じゃないから。
私が安易に呼びつけていい相手じゃないから。
嫌われるくらいなら何も知られずに死んだ方がいくらかマシ、そう思えてしまうような人だから。
私が彼の笑顔を奪ってしまっている、なんて不器用なことを考えずにはいられない相手だから。


それなのに都合の良い関係にさせてくれないのはどうしてだろう。
どうして私のことを理解しようとしてくれちゃうのだろう。
私が自分を犠牲にして頑張り続けてしまうことを、私が人間を信じられなくて消えたくなってしまうことを、自分を責め続けてしまうことを、なんで彼だけが理解しようとしてくれるのだろう。
彼がもっと血も涙もなくて冷淡な人間だったら苦しまなくていいのに。


「そんなの都合のいい女じゃんやめとけ」
とも言われる。
都合のいい女になりたかった。私は都合のいい女にすらなれていないのだ。


彼は私を「必要だ」という。
だから私は彼から離れない。
永遠なんてものは存在しない。でも永遠のような一瞬を集めていたいから私は彼と一緒にいる。
彼が私を「不要だ」と言ったら、私は生き続けることを選択できるだろうか。
これは純粋な恋心だろうか、それとも私の心の穴につけ込まれた依存だろうか。


この関係性に名前なんてない。
何も、ないんだ。




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