文学の同人誌を作って頒布するまで #4 (校正編) - 文フリ東京30日前
前回(デザイン編)
鈴木「文学フリマ東京38まであと30日……30日!?」
石田「ついに開催まで1ヶ月を切りましたね。SNSなどでは、ちらほらと文フリ参加者のみなさんの脱稿報告が聞こえます」
鈴木「喜ばしい!当合同誌『Quantum』も小説部分はほとんど脱稿済みですね」
石田「しかし、終わりは新たな始まりでもあります」
鈴木「ものものしい。でも確かに、本作りという意味ではまだまだ途中です。今回のテーマは本のクオリティを底支えする『校正』。当合同誌の校正担当で、本職の校正者でもある那智さんにお話を聞きます!」
石田「校正作業も佳境に入っている中、ありがとうございます」
那智「“本職の校正者”と紹介されることほど胃が痛くなることってないのですが、真実なので仕方ありません。本職です。よろしくお願いします。……参考までに、上記『佳境に入る』の用法にはえんぴつが入る可能性がありますが……今は措いておきましょうか」
「Quantum」の校正体制
石田「校正というと、明らかな間違いである誤字脱字など以外にも、たくさんのチェックポイントがあります。那智さんは今年一月から校正についてのレクチャーや方針の立案に動いていました」
鈴木「初めに表記統一について、しっかりと説明されたうえで編集部員の意向を尋ねてくれましたね」
表記統一
那智「校正・校閲作業に求められることは媒体によってさまざまなのですが、そのなかでも表記統一は基本のキと言えると思います。言葉の表記を統一するのかしないのか、統一するのであればどの範囲でどの程度の統一をとるのか、最初にルールを決めておくわけです。統一されるべきところがされていることで、スムーズな読解や媒体としての信頼につながります。簡単に言えば、『ちゃんと作ってる感』が出る」
鈴木「確かに、例みたいな表記が混在していると、読んでいてアレ?ってなっちゃいますね」
那智「本来、このルールを設定するのは編集部の仕事で、校正者はそれに従って手を動かす立場です。しかし当合同編集部においては部員全員が『編集者・執筆者・校正者』を兼ねているので、運用を考えるのがめちゃめちゃ大変でしたね……(何かあったらすぐ「本職」って言われちゃうから……)」
石田「表記統一に関しては、雑誌全体でルールをつくるか、各個人の創作部分に関してはどうするかなど、いくつか案を出してもらいました。その中で、それぞれの作者のこだわりは生かしたうえで、ケアレスミスによって出てしまう表記揺れには対応してもらいたい、という意見が出てきましたね」
那智「そもそも、校正者が行っているのは筆者や編集者への『提案』であって、『指示』ではないんですよね。あくまで原稿は筆者のものという大前提があります。それを踏まえて、筆者の意向に沿いながら作品をよりよくできるよう作業するのが校正者の役目だと思っています」
鈴木「ふむふむ」
那智「そんなわけで、今回は【扉や編集後記など雑誌の「共用部分」には表記統一ルールを設定した上で、各創作においては別個に対応する】という案に落ち着きました。創作部分では書き手の好きに書いてもらいつつ、雑誌として締めるところは締めるような設計です。創作部分に表記揺れを見つけたら、それが筆者的にOKなのか逐一確認することになるので、作業負荷はかなり高くなります」
鈴木「ちゃんとしてる感と作家の独自性、どちらも重視するけど、一番険しい選択とも言えますね……!」
組方(くみかた)
石田「校正は、文章だけでなく組方もチェック対象ですよね」
鈴木「そういえば、いつぞやのリモート会議ではルビ(ふり仮名、読み仮名)のふり方などについても説明してもらいました」
那智「文字の組方というのは、テキストを印刷物にするときの様式ですね。『組体裁』とも言います。これについても、本来は設計段階から校正者が関わる領域ではないため、那智は完全に素人なのですが……。文字組には個人的な関心もあったので、五大文芸誌を並べて組方を比較したうえで、自分好みにカスタムして『Quantum』の仕様を決めました」
鈴木「細かい!でも、美しい版面というのはこういった細かい部分へのこだわりが生んでいるんですね。……そういえば、石田さんの作品は自分で組版しているんでしたっけ」
石田「ふだんは原稿の段階からレイアウトして書くようにしています。ただ今回は雑誌としての統一感も大切にしたかったので、執筆時に自分でラフに組んだイメージを那智さんに見てもらいました。そしたらmm単位で調整した候補を3パターン作ってくれて」
鈴木「なんという……」
石田「ただ、きわめて微細な差異が蓄積することでひとつの意味をもつような構造にしたかったので、実現できてありがたかったし、自分でも気に入っています」
鈴木「ぜひ、レイアウトにも注目して読んでほしいですね!」
「校正指摘一覧表」
那智「校正作業はExcelで運用することにしました。指摘事項を記入するシートのほかに、作者が自由に記入できる『表記統一リスト』と『人物設定表』を作成しています。『人物設定表』を用意したことで、物語のなかで実際に描かれているキャラクターと作者が想定している人物像に相違がないか、不整合が起きていないかを判断するのに役立ちました。特に石田さんと久湊さんの作品を最初に読んだときには、このシートを事前に作っておいてよかったなと……」
鈴木「ところで、これってかなりガチなやつなのでは。私は同人誌制作の経験が無いのでよくわからないのですが……」
石田「普段のお仕事でもこのようなシートを使っているのでしょうか」
那智「そうですね。私はフリーランスの校正者として種類の違ういくつかの媒体の編集部と取引をしていますが、どの編集部にも『表記統一リスト』的なマニュアルが用意されていて、作業の前に必ず共有されます。読み比べるとそれぞれの編集方針やメディアの性質がうかがえて興味深いですよ」
鈴木「へえ!」
那智「『人物設定表』については、今回の校正フローを考えるにあたって情報収集している際に見つけたものをアレンジして導入してみました。ここまで“本職”ヅラをしてきましたが、実は私、文芸の校正に実務として携わった経験はないんです。せっかくならこの合同誌制作からいろいろ学ばせてもらおうと思って、見よう見まねでガチってます」
鈴木「おお~。でも、実際こういったリストや表は自分の原稿のセルフチェックにとても役立ちました」
石田「手を動かすことで改めて気が付くことがありますよね」
おまけ・ここが違うよ個人誌の校正
石田「ちなみに、今回は合同誌なので分業制で出来るわけですが、個人で本を作っている時はどのようにやっているのでしょう」
那智「『文芸サークル微熱』として同人誌を作るときは、やはり自分ひとりで校正作業をしています。特に気をつけているのは、基本的な誤字脱字と、用字用語の誤りを潰すこと。BL小説を書いていることもあって、例えば麗しい濡れ場に間抜けな脱字が発生するような事態はなんとしても避けたい。まずはテキストのデータを画面上で読みます。縦書き表示で読み、横書き表示で読み、声に出して読み(もちろん濡れ場も)、そのあとで出力したゲラを一文字ずつ潰しながら読み、組方を隅々まで舐めるように確認し……それでもイベント後に気づくミスがある(笑)」
鈴木「そんなにあの手この手で入念に読んでもミスが……」
那智「校正というのは『目を変える』ことに意味があったりするので、作者自身が校正するということは、本当の意味では叶わないのかもしれませんね。私もそろそろプロの方にお任せしてみようかなと思っているところです。……あ、私に任せてみたいという同人作家さんからのお仕事もお待ちしていますよ!」
鈴木「流れるような宣伝!」
本気の校正で、作品をよりよく!
石田「さて、今まで『Quantum』の校正がどのようなやり方をしているのかを見てきたわけですが、既に校正が終わっている作品もありますね」
鈴木「正直、はじめにExcelシートに並ぶ大量の指摘を見たときは肝が冷えましたが……すごくありがたかったです。自分で書いて、推敲もしたと思っていたのに、こんなに見えてなかったんだ!と驚きました」
石田「人にどのように読まれるか、という気づきは自分だけでは得難いですよね。思ってもみなかった指摘をされて唇を噛むときもありますけど、そんなつまらないプライドと作品とを天秤にかけることはできない。作品がよくなるか否か、問題はそれだけです。じっさい、校正チームは整合性やファクトなど作品世界の隅々まで、とても丁寧にチェックしてくれました」
鈴木「ですね。指摘を踏まえて著者校に取り組むときには、作品がより立体的に見えてくるような感覚があって、もらった指摘的以外のところにも結構直しを入れてしまいました」
那智「私自身も書き手ですから、自分の小説に口を出されることに対する何とも言えない感覚は理解できているつもりです。だからこそ、まず『この合同誌制作にはきちんと校正を入れよう』と考えてもらえたのは素晴らしいことだなと……。別に校正者の目を通さずとも小説は小説として完成できるけれど、『本気で良いものをつくりたい』という姿勢には身内ながらグッときます(弊合同誌は校正以外も全部ずっと本気です)」
鈴木「作者と校正者、お互いの本気がよりよい作品を作り出すんですね」
那智「校正を経て『作品がよりよくなった』と作者に感じてもらえたなら、これ以上に嬉しいことはないですね。個人的には、出した指摘の大部分を採用してもらったことに驚きました。もちろん、どの指摘も生半可な気持ちであげているわけではないのですが、もっと力強い『ママ』が返ってくるものと覚悟していたので。みんなほんとにこんなに直しちゃっていいの?と思いつつ、時間をかけた甲斐があったなと、著者校を眺めながら噛み締めちゃいましたね。私もまだまだ若輩なので、今回は本当によい勉強になりました。普段見ない種類のゲラをたくさん見られたし、書き手からのフィードバックがすぐにもらえたことも非常にありがたかったです」
校正作業量多すぎ事件、そしてまとめ
鈴木「……ところでこれ、作業量とんでもないのでは?ふつうにお仕事レベルじゃないですか。那智さん自サークルの原稿もあるのに」
石田「単独作者の作品が5作品、二人の著者による作品が5作品の計10作品に加え、これまたボリュームのある特集企画、そのほか巻頭表現や目次等々……。そして前述のように、表記統一はそれぞれの作者・作品によってルールが異なりますから、そのぶんの手間もかかります。これを那智さんともう一人、校正作業を担当している岡田さんだけで作業するのはさすがに大変!」
那智「実際の仕事でも最後の最後で頑張るのが校正者なので、覚悟はしていたのですが...…いざ作業をしてみると、想定していた以上に時間をかけたくなってしまうところがあって、結局押せ押せになってしまいました。そんなわけで、B作品の原稿整理が終わった段階で、編集部の全員に作業をお願いすることになりました。大変お世話になりました......!」
石田「無理からぬことです」
鈴木「いや、他人の原稿をじっくり一文字一文字読むという経験はなかなか無いので、面白かったです!大変でしたが……。一見何も指摘するようなことなんて見当たらなさそうなときほど何か指摘対象が見つかりそうで、でも集中力も限界に達して目が滑るばっかりになったり。あとは、誤りではないけれど自分がひっかかりを感じた文章を指摘に入れるか迷ってしまったり」
那智「今ちょうどみんながあげてくれた指摘を確認しているところですが、これもまた勉強になりますね。個人の主観に基づく指摘も、『読者目線』と捉えれば作品に利するところがあると思います。想定外の事態ではありましたが、結果的にひとつの作品をいろいろな『目』で見てもらう機会ができてよかったなと思っています」
鈴木「てんやわんやでしたが、それもまた合同誌ならではですよね」
石田「そうですね。編集部員たちの本気は、校正にもしっかり込められています!」
というわけで、今回はこんなことが議論(?)されました。
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