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【試し読み】鈴木三子×久湊有起 『惑星ビデオレター』

文学フリマ東京38にて頒布予定の合同誌「Quantum」から、編集部員が二人一組で前後半に分かれて「共作」を行った作品について、前半の一部を試し読みとして公開します。続きはぜひ雑誌をお求めください。


鈴木三子×久湊有起 『惑星ビデオレター』


夜空を見上げると、あかあかと輝いている星。ぼくの父さんと母さんはあそこにいる。星になって見守ってくれてるんだ、とかいうやつじゃないよ。週に一度はビデオレターだってよこしてくれる。いまどきの火星には働いている人も旅行する人もけっこういるけど、子どもは行けない。ぼくの学年がふたつ上がるころにはもどってくるよ、と言って、二人して行ってしまった。めったにないチャンスで、どうしても向こうで働いてみたかったんだって。だから行ってきてもいいかって、いちおう聞かれた。働かなくちゃいけない、とかじゃなくって、働いてみたかった、っていう言い方がちょっとズルくって、そんな風に言われてしまってはちっちゃい子どもみたいにダダをこねるわけにはいかなくて、「そうなの? いいじゃん。行ってきなよ」なんてカッコつけてしまった。まあ、ぼくとしてはその間いっしょに住むことになるおばあちゃんもおじいちゃんも好きだから全然いい。もともと近所だから家にはしょっちゅうご飯を食べたり遊びに行ったりしてたし、二人ともけっこう話がわかるんだ。しかもネコを飼っている。それはいいんだけど、出発前はロケットが無事に飛び立つか、着けるのか、帰ってこられるのか、気になって気になって、ほんのりおばあちゃんの匂いがするふとんの中で少し泣いた。でも、向こうに着いた二人が空港でピースしてる画像を見たら少し安心して、何回か週末に動画を送られたり送ったりしてたら、なるほどこういうもんかと思えるようになってきた。でも、やっぱり少しは根に持ってるから、ちょっと前までお父さんお母さんって呼んでたんだけど、今は父さん母さん、って言うようにしてる。


「一週間ぶりだね、コウスケ。しばらくお父さんは遠くでお仕事だから、今日はお母さんだけだけど、元気にしてるかな? 送ってくれた動画は二人で見たよ。おじいちゃんはほんと猫じゃらしがうまいよね。すごい笑っちゃった。お母さんが子どもの時にも猫を飼ってたんだけど、普段あんまりかわいがらないくせにこういうことはするんだよね。さて、こっちは最近続いてた砂嵐もおさまって、晴れの日が続いています。夜は地球が見えるよ。画像でも送ってるけど、実際に見るとまた違った良さがあるね。こればっかりは自分の目で確かめてほしいなあ。コウスケが大人になったらまた一緒に行きたいね。お父さんは、火星にもっとたくさんの人が住むためのドームを作りに行ってるよ。現場の方だとネットが使えないんだって。お母さんの仕事はベースからなかなか離れられないんだけど、そっちも行ってみたいな。そのうちニュースでも映像見られるんじゃないかな。じゃあそろそろ、晴れてたら火星を探して、見てみてね。こっちからもみんなのいる地球を見るから。おじいちゃんおばあちゃんにもよろしく言っておいてね。また、コウスケからの動画楽しみにしてるから。ふふ、同時通話もやろうと思えばできるんだけどさ、ビデオレターっていうのもなかなかいいものだよね。あ、でも直接話したいことがあったらいつでも言ってね。それじゃまたね、元気で」

母さんが手を振って、動画は終わる。別に言われなくても見えるから見るけど、改めてそう言われるとちゃんと見なきゃいけないような気がする。なんたって向こうからも見られてしまっているらしいし。火星の夜に明るい地球を見てるなら、それは昼のぼくがいる地球だし、じゃなかったらぼくがいない側の昼の地球なわけで、おんなじ時間に目を合わせたりできるわけじゃない、と思うんだけど。頭の中でふたつの星を回したりめぐらせたりしてるとなんだかぼくまでぐるぐるしてくる。それで考えるのはやめにして、せっかくだからなるべくしっかり見てやるぞと思って、おじいちゃんに望遠鏡があるかって聞いてみた。おじいちゃんは双眼鏡ならあるよ、と言ってわたしてくれた。

「望遠鏡ならコウスケの家にあるんじゃないか、お母さんもお父さんも星が好きだし、お母さんは一人暮らししてた時にも持って行っていたよ」

うーん、あったかなあ。でも、家族で山奥へ天体観測に行ったことは覚えている。ぼくは星についてのくわしい話を聞いてもそんなに覚えていられないんだけど、星でいっぱいの空はすごかった。望遠鏡ごしに星雲のつぶつぶとか、木星の模様も見た。あの時使った望遠鏡はうちにあるのかな。

「まあ、双眼鏡で眺めるのもなかなかいいもんだよ。手軽だし、肉眼で見るよりはずいぶんいろんなものが見えるようになる。火星を見るんだね?」

そうだよ。今日届いてたビデオレターでね、母さんが見てってさ。母さん、おじいちゃんおばあちゃんにもよろしくって言ってたよ。

「そうかい。ありがとう。まあ、見てやるといいよ」

おじいちゃんは双眼鏡の使い方を教えてくれた。ぼくは窓からベランダに出て、それで夜空をのぞいてみた。黒い背景に星がいっそうくっきりあらわれる。小さい星も、見えていなかった星もぽつぽつと。なるほどなるほど。いい感じじゃないか。ええと、火星はどこかな。ちょっと動かしてみるだけで、ぐわんぐわんと大きく空が揺れる。いったんレンズから目をはなして探す。ほかの赤っぽい星に比べても濃い、またたきもしない赤い光はすぐ見つかる。いまは地球と火星が近いんだって。あらためて双眼鏡をのぞく。ううん、やっぱり模様とかそういうのは見えないや。でも明るいし、近づいたみたいな気になれる
(続く)


前半:鈴木三子 SUZUKI Mitsuko

一九九二年生まれ。東京都国立市出身。
二〇二三年に文藝同人習作派『筆の海 第五号』に「わたくしごと紙片」を寄稿。
現在学校図書館に勤務。

後半:久湊有起 HISAMIANATO Yuki

一九九〇年四月二七日生まれ。神奈川県横浜市出身。
立教大学経済学部卒業。
大学在学中に江島良祐と劇団ガクブチを旗揚げ。以降は演出・脚本を手掛ける。
二〇一六年より「文藝同人 習作派」として文学フリマに参加。
主な作品に「H+note+R」(2023)、「semi-colon」(2022)、「火炎のシミュラークル」(同)、「トランクルーム」(2019)。現在、会社員。


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