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【小説】弱い男#5

以前、文学系投稿サイトで発表していた創作物を加筆修正して再掲しています。 以前投稿していたサイトからは削除してあり、現状この作品はnoteのみで発表しています。


前回

それは武闘か?舞踏か?

 気絶中、弱い男の脳では、仲埜に教えられた防御姿勢と、自分がとった姿勢の違いについて、マルチ画面再生がなされていた。

 要するに、仲埜が言うとおり「脇が甘い」のである。

 仲埜がとった姿勢では、首をカバーしている側の脇は閉まっていて、肘でしっかとガードされている。

 それに比して自分のとったポーズは脇が甘々で、まぁ、言いたかぁないが、がら空きであった。

 したがって、これはそのがら空き、好きだらけの脇に、当たり前のように蹴りを入れられ、それが見事に決まってしまったという、いわば当然の結末であって、自分はその為に昏倒しているのであると気がついた弱い男は、それに気がついたと同時にもう一つ大きな事実に気がついてしまった。

 暗黒舞踏。母が彼を指差して吐いたコトバ。

 この脇の甘さ、これが武闘と舞踏の違いである。

 仲埜の防御は、仲埜自身のへなへなした感じ、怪しい感じとは別の次元で完璧である。

 それに対して、自分の防御は、せっかくネットで検索して空手を修得する努力をしていたにも関わらず、脇が甘くて好きだらけと、こう言うことで、なんかひらひらしていて、闘っているというよりは舞っている踊っているダンスしている、そう、彼が苦労して検索した空手という武道は彼の中で昇華されるウチにすっかり落ちぶれ果て、ダンスに変貌していたのである。
 いや、落ちぶれたからダンスとかそういう事ではなくて、あくまでも落ちぶれているのは弱い男その人であって、それはダンスをしようとしてダンスをしているアーティスティックな行為とは違う、武道家を志しているうちに知らず知らずダンサーになってしまったという落ちぶれである。

「おまえがわるい」

 白目を剥いた母親の姿が迫ってくるという幻想にうなされ、弱い男は飛び起きた。

 ぬらぬらの脂汗をかきながら上半身を起こすと、眼前に仲埜の顔がまたあって、ヤツは当然のように弱い男をだきしめ「お帰りなさい」と艶っぽい声で囁いた。

「気味が悪いな」と、弱い男は内心そう思っていたのだが、口には出さない。仲埜の機嫌を損ねたくなかったからである。

 なぜ損ねたくなかったか?

 けけけ、弱い男はそのとき、仲埜の弟子になることを決めたからである。

(つづく)

次回


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