【小説】弱い男#4
前回
仲埜
「わたくし、仲埜ともうしますじゃ」
「じゃ?」
引きずり込まれた室内、コンクリの床に正座させられ、同じく正座した仲埜とたったそれだけの会話を交わした後、沈黙はもう小1時間も続いているだろうか。
仲埜は瞬きをしない。
そして、挨拶をした直後から同じ動作をずっと繰り返している。
それは、まずにっこりと笑い、細く頼りなげな顎をゆっくりと、30秒ほどもかけて精一杯に突き出し、そして同じくらいの時間をかけて元に戻すという、見ていてイライラするような動作であって、じっさい弱い男はかなりイライラしていた。ジリジリしていた。「なんなんだ、こいつは」と思っていた。
しかしまぁ、先ほどの頭を膨らませるという変わった技の件もあるし、とりあえず強そうだし、こいつの傍にいれば案外強くなれるのかもしれないという目算から弱い男はこのイライラする状況を甘受していた。
「眼が乾いてきたので、今日はここまで」
仲埜はそう言うと、もうバチバチと瞬きを始めている。
「え?」
何がなんだかわからない弱い男は、それをボケッとながめていたのだが
「はい」
そう言いながら仲埜が右人差し指で自分の首の左側に触れた瞬間に戦慄し、思わず触れられた部分をカバーしようと、頭を左に傾けたのであった。
「そこ!だめだめーーーーー!!」
突然である。突然に、空いた右側の首に仲埜の手刀が炸裂し弱い男は「ぐへっ」と呻いてひっくり返った。
「な、な、な、な、何をするのですか、あなたは?」
と、あまりの驚きに思わず丁寧な言葉で対応してしまった弱い男に対して、すでに正座にもどっている仲埜はとくとくと説明をはじめた。
「あのね、首に手刀を喰らった場合、喰らった側に首を曲げてそれをカバーするのはいい。しかし、しかーし、反対側のフォローというのを忘れると、これは致命傷になるの。がら空きだから。なので、かならず手を当ててカバーする事。いい、やってみるよ?」
仲埜はまず、クキッと音をたてながら首を右に曲げ、空いた左側に左手をあててカバーして見せた。
「はい、次、あなたやってみて」
なんか、変になよなよした口調が気になったが、なんとなく仲埜の言うことも理に適っているような気がして、とりあえずやってみることにした。
弱い男は先ほど仲埜がしたと同じ動きをした。
「脇が、あまーーーーい!」
という絶叫と共に、弱い男の左脇腹に仲埜の蹴りが炸裂した。
「きゅきゅっ」
と啼き、吹っ飛びながら
「なんでや、なんでやー!」
と弱い男はなぜか関西弁で思考していた。
結局、コンクリの壁に激突して、弱い男は嘔吐し、そのまま気絶したのである。
静謐な空気が流れる寒々しいコンクリの床に転がり気絶した弱い男。脇には彼が体を温めようと買ったネギが転がっていた。萎れて。
(つづく)
次回
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