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#曽根崎心中

心中宵庚申[現代語版]2・近松門左衛門原作

心中宵庚申[現代語版]2・近松門左衛門原作

2.

「平右衛門さん、今日は体調どうや?」
 表口から覗き込んで尋ねてきたのは、同じ村に住む金蔵だった。千代は思わず姉の陰に身を隠した。村の中で三度目の離婚と噂されるのは目に見えている。
「千代か、隠れるな隠れるな。今ちょうど茶屋でお前の噂を聞いたところや。千代を乗せたという駕籠かきの男がいてな、なんやまた離婚か」
金蔵はずかずかと屋内に踏み込んでくると、全く気をつかうような様子もなく、面白げに

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心中宵庚申[現代語版]1・近松門左衛門原作

心中宵庚申[現代語版]1・近松門左衛門原作

1.

 田を干すために水を引く。落し水の時期である。山城の上田村に暮らす大百姓、島田平右衛門は去年の秋に妻を亡くし、今は病に伏せっていた。上の娘のかるは婿をとって家にいる。下の娘の千代は大坂へ嫁にいった。
「今朝から仕事がよく捗った。お竹、お鍋、ちょっと休もう」
 台所で働いていた下女たちはひと休みに思い思いに立っていった。
「台所に人がいないやないの」
 かるの夫平六は新田開きの訴訟のため京へ

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