見出し画像

陣痛中でもフレンチは食べたい

前回の記事に話を戻して、12/23(月)に誘発分娩で入院する予定だった私。

だがまぁやっぱり予定通りに物事は進まない。

2日前の午後、トイレで私は “なんか血が混じったよく分からない液体のようなもの” が下着に付いているのを見た。これが事の始まりだ。

破水を最初に疑ったが、そんなに量は出ていないし多分違うだろうと思い(それに例え破水したとしても直ぐにお産が始まるわけではないので)私はとりあえず放置することにした。休日なので家に居た夫には『え、大丈夫なの?』と心配されたが、いやいや大丈夫だよ!とかなり軽いテンションで返していた。

あっという間に夜。私たちはアムスで一番うまいナポリピザ屋を予約し、そこに向かうべく駅でトラムを待っていた。そんな時だ、夫が言い出したのは。

『あれから特になにもない?』

「うん、何もないね。」

『梅ちゃん元気?』(*梅ちゃん=胎児のあだ名)

「...あれ、そういえばあんまり動いてないかも...」

少し不安になってきた。

トラムが来たので、とりあえずトラムに乗る。夫はスマホで「破水」「胎動ない」を調べて、さらに不安を煽ってくる。いや、うん、トラム降りたら病院に電話してみようか...。

降りて早速、救急の番号に電話をかけた(土日なので残念ながら救急しか開いてない。)ちなみに私たちの足は相変わらずピザ屋に向かっている。

夫が電話で状況を説明すると、電話口の男性医師から『破水ならもっと大量に羊水が出るからおそらく違うだろうけど...不安なら診るよ?今から来てもらってもいいし。』と言われた。

夫から『...らしいけどどうする?』と言われて、私は素直に思った。

(とりあえずピザは食べたい。)

その時すでに店の前。美味しそうなクラストの匂いと楽しそうな店内、そして空いた腹。お腹の子よりピザを優先したことで夫に引かれるのが怖くて「とにかくピザ食べよう!ね!」とストレートには言えずモゴモゴ言っていたが、予約しないと入れない超人気店&子供が生まれた後はしばらく行けないだろう店を前にして私はどうしても諦められなかった。

「えっと...今はちゃんと動いてるし(実際動いていた)大丈夫だよ!とりあえずサッと食べて、それから考えよう?」

そう言うなら...とそれに了承してくれた夫は電話口の医師に『ちょっと(ピザ食べるので)今すぐには行けなくて...あとで行きます(きっと。)』とだけ伝えた。ありがとう。そして梅ちゃんも動いてくれてありがとう。

こうして無事、ヨーロッパ全土で13位に輝いたナポリピザを食べたわけだが、本当に感動的に美味かった。ナポリの適当な店より全然うまい、食べてよかった。

美味しいマルゲリータをたらふく食べてテンションが上がった私たち、それからの行動が良くなかった。店を出て “結局、病院どうする?” となったが、なんとなく「まぁ行かなくてもいいんじゃない?」となったのだ。病院も別に私たちを待ってるわけじゃないだろうし、梅ちゃんも今は普通に動いているし...

うん、

帰ろう(寒いし。)

ついでに何度も救急に電話するのは気が引けるという理由で、病院に特に連絡もしなかった。

帰宅後は予定どおり2人でクリスマスプレゼント交換会を開催した。私がもらったのはクリーム色のサステイナブルなニットセーターにスティーブン・ショアの写真集。嬉しいな、ありがとう!ちなみに私が彼にあげたのは、セーターと穴の開いた靴下だった。(何故だか穴が開いていて、とっても申し訳なかった。)

画像3

(*靴下に穴が開いているのを発見する前)

クリスマスっぽく長いローソクに火を灯し、レコードをかけながら紅茶を飲んでまったり過ごす土曜の夜。あぁ、平和だなぁ...

そんな時だ。私の携帯が鳴ったのは。

!!!

あぁイヤな予感。

「....もしもし?」

『病院だけど。えっと、まだ着かないのかな...?』

....!!(空気を読んだ夫、すみやかにレコードのボリュームを下げる)

「え、えっと...ごめん。大丈夫だと思って、行かないことにしたんだ...」

『え、そうなの....。待ってたんだけどな。』

「ああああすみませんんnnn 連絡してなくてすみません〜〜!!」

『大丈夫だよ...。ただカルテを見ると君は羊水が少ないみたいでそれは気になるな...。安心する為にも、今からでも病院に来て一度診ることをおすすめするよ僕は。』

「!!はい、すぐ行きます! 直ちに!!」

というわけでマッタリモードさようなら、5秒でUberを呼んで用意していた入院セットを(一応)持って病院へ急いだ。申し訳なさで2人ともテンションダダ下がりだ。

シーンと静まり返った病院のホールを一直線に歩き産科へ向かい、しばらく待ってから現れたのはこれぞオランダ人というようなスーパー背の高いイケメン男性だった。さんざん迷惑をかけた電話口の彼だ。心の中でジャンピング土下座をしながら「(いやしかし産科で男性医師は珍しいなぁ...)」と思っていたらやっぱりゲイだった。そうだよね。とても穏やかな語り口で『じゃあさっそく羊水かどうかチェックするね。』と下を思いっきりグリグリする彼...腕に入ったタトゥーがキラリと映える。いたい。

そして、ついでだからとノンストレステスト(赤ちゃんの心拍を見るテスト)をしながら検査が終わるのを待つこと1時間弱...結果的にはやっぱり羊水じゃなかった。何だったのか分からないけど、まぁよかった。

『何事もなくて何より。妊娠中は慎重になりすぎるくらいが丁度いいから、また心配事があったらいつでも連絡してね。』という彼の優しい言葉を胸に私たちはあっさり家路についた。帰りは節約してトラムだ。

そうこうしてたら夜中の0時。もう日曜日になっちゃったね、早くお風呂入って寝なきゃ〜と話し家までの道を歩いていたら

いきなり腹痛が起こった。

たまらず立ち止まる。なんだこれ。鈍痛。下腹部。

....

まさか....

陣痛?

......(グリグリが効いたんだ絶対。)

とりあえず家に帰る。そのまま風呂に入るがやはり痛い。ベッドに入るがやはり痛い。ただ、いわゆる前駆陣痛かもしれないし(区別がつかない)間隔もまだ10分くらいだしほっとこう...と思い寝ることにした。たまに痛みで起きても夢とごっちゃになってまた寝る、ということを繰り返しようやく朝の5時。この時はもう痛みもハッキリしており、継続時間は30秒~1分くらい...かつ襲ってくる間隔も5分くらいだったのでとても寝ていられる状態ではなく、ベッドの中で陣痛アプリを使って細々と記録をしたりしていた。

6時になり、いい加減お腹も減ったので寝室をコッソリ抜け出そうとするが、うっかり夫に気づかれ『....どうしたの...?』と聞かれる。しかしここで「いや陣痛がけっこう痛くてさ、なんか5分間隔だし、まぁでも心配しないで!」とか言っても大分ややこしいので、一言「バナナ食べたい。」とだけ言って寝室を後にした。嘘ではない、スムースな回答だ。

そんなわけでバナナを食べながら昨夜もらった写真集を眺めて2時間くらい過ごす。ショア、いいなぁ。

画像2

(*Uncommon Places -Stephen Shore 全編8x10で撮影された見応えある一冊)

そうこうしてたら8:30くらいに夫が起きてきて、なにしてるの...?と不安そうに聞くのでようやく説明する。え、それ病院に連絡しなくて大丈夫?と聞かれるが、まぁ大丈夫だから先に朝ごはん食べようよ(腹減ったよ)となり、とりあえずパンケーキを焼いて食べることにする。毎週末やってるせいで、我が家のメープルシロップの消費量はとにかく半端ない。

画像4

(*ヨーロッパの冬ど真ん中なので、8:30でも外は真っ暗だ。)

食べてホッと一息ついてから、さぁ電話するかなとようやく救急に電話する。

“あどうも、昨日病院へ行ったやつだけど...“

結論、陣痛が3分間隔になるまでほっとけと言われたので、とりあえずそのまま一日過ごすことにした。進むなら早く進んでくれ、と思っていたが期待に反して陣痛はどんどん遠のいていく....昼過ぎには間隔が15分にまで伸びてしまったが何もできないので、とりあえずソファーでJUNOを観ることにした。迫りゆく出産にテンションが2人とも妙に上がっていた。

画像5

(*観るの4回目だけど)

陣痛中に観るJUNOは格別で、赤ちゃんの誕生シーンでは涙がボロボロ溢れて画面が見えなかった。感動の予習もできるし、痛みも紛れるのでオススメだ。

そんなわけで昼寝したりクリスマスケーキを焼いたりしていたら、いつの間にか17時を過ぎていた。と、ここで悩みごとが一つ浮上する。

18時からフランチレンストランを予約していたのである。

朝に陣痛が来た時点で「今日はもう行けないかもね...」と言っていたが、予想外に陣痛は未だ8-9分間隔。そしてまだキャンセルもしていない。さすがにやめない?と夫は止めたが、せっかく夫婦最後のお洒落ディナーで、かつ子どもが出来たらもう行けないかもしれない...(決まり文句)ということで強行突破でフレンチを食べに行くことにした。妊娠中で食欲がない時期だったにも関わらず、自分でも驚くほど食に関する執着が強い。

体勢が変わると陣痛が進むというのは本当らしく、レストランまでの道のりを歩いていたらいきなり間隔が3分になった。多少焦ったが、もう後には引けないのでそのままレストランへ。いや引けるんだけど、引けないんだ。

画像8

(* Café CARON ミシュランの“リーズナブルで美味しいレストラン“にランクイン)

席についた時、痛みはすでに ”喋れるけど、けっこう頑張らないと喋れない” くらいになっていたが、間隔はまた8-9分に戻っていたので問題なくご飯を楽しむことができた。普通に会話しながら途中で陣痛が来たら「あっちょっとタンマ...」と30秒くらい黙って、ひとたび痛みが去れば「....うん、それで?」と言う調子だ。途中から“次は何分で陣痛が来るか”予想ゲームをしたり私たちなりに陣痛フレンチを楽しんでいたが、フードの説明中に急に顔が引きつる私をウエイターの人たちは軽く不気味に思っていたかもしれない。

画像8

(*笑っているが、泣きそうにも見える)

しかし相変わらずお通しの冷製マッシュルームスープ(+泡立てたパルメジャンチーズにバジルオイル)は美味しいし、メインに頼んだ白身魚はソースとザワークラフトとマッシュドポテトの組み合わせが絶品だった。夫が頼んだThousands Layers of Cabbage(”数千にも重なったキャベツ”)という名のちりめんキャベツのミルフィーユローストはとにかく美しくて、野菜の美味しさをぶちまかされた気分だった。いや大満足、ありがとうございました。

そんなわけでホクホクでレストランを出るが、やはり歩き出すと陣痛の間隔は3分に縮まる。痛みも強くなってきているし、もう思い残すこともない。とりあえずゆっくりお風呂に浸かりパジャマに着替えてからついに病院に電話した。早速診てみようということになったので、前日と同じようにUberを呼び病院へ向かう。また帰らされるかもしれないが、とりあえずカメラ機材も含め入院グッツも持って行こう。

23時、病院に着き早速子宮口の開きを確認することになった。この夜の当直医は検診で何度もお世話になっていたレベッカ。綺麗でチャーミングで大好きな先生だ。そんな彼女に子宮口をチェックされながら「(どうか、どうか大きく開いてますように...)」と願ったが結果たったの2cm。チーン。もしかしたら4cmくらいは開いてるかも...と期待してた分結構ガッカリした。あと何時間(何十時間)かかるんだ。

その時には、これ以上長引かせたくない&早く終わらせたいという思いが強くなっており、先生に何とかこのまま入院してお産を進めさせてもらえないかお願いした。どっちにしろ明日の朝入院する予定だったんだし。

分かった、ちょっと部屋が空いてるか確認してみるね、と言われ、祈るような気持ちで待つと、なんと奇跡的に一番大きな部屋が空いていた。か、かみさま...!

画像7

(*間接照明だけの、ホテルのような洒落た出産ルーム)

この部屋には分娩台はもちろん、パートナーが休めるようのソファーベッド、シャワー室にトイレにバランスボールなんかも置いてあった。ついでに何持ってきて良い(ろうそく以外)と言われていたので、大事なパンダのぬいぐるみ(パン吉)も持って来た。スーパーアットホームだ。

荷物を運び入れて落ち着いてから、レベッカに共に出産を支えてくれる助産師のエリスを紹介された。『よろしくね、どんなことでも私を頼ってね。』という彼女の力強くも優しい目...ベテラン感が半端ない。この2人が私のお産を担当してくれたことはひとつの奇跡だった。

『もう破水させる?もう少し待っても良いけど...』

「やって!もう今すぐやろう!!」

『(笑)分かった、ちょっと待っててね。』

少しして細長いプラスチックの器具を持って戻ってきたレベッカ。メタリックで硬くて冷たいひっかき棒みたいのを想像してた私はそれを見て何故か和んだ。分娩台に寝そべって足を広げて『じゃあやるね。』と言われて数秒後、音もなく股から生温かい水が大量に流れ出た。こう言っちゃなんだが、ちょっとした快感だ。

「お、おお。なんか面白いねこれ(笑)」

『はは、そう?もうこれで終わりよ。』

「これから(生まれるまで)どれくらいかかるの?」

『うーん、初めてだったら11時間くらいかしら?どっちにしろ明日のお昼までには赤ちゃんに会えるわよ^^』

驚いた。てっきりまだ丸一日かかったりするものだと思っていたからだ。明日(というより既に0時を回っていたので今日)の昼には我が子が誕生しているなんて...あまりにも非現実的で少し信じられなかった。まぁでもやっぱり10時間超痛みと戦うのはしんどそうだ。

「うーん、早く進むことを願おう。」

『そうね。私のシフトの交代は朝6時だから、私に取り上げてもらいたかったらそれがタイムリミットね!』

ははは、なんて冗談よ!というレベッカの軽やかな笑いで、私の一世一代の戦いの幕は切って落とされた。ちなみこの時、隣に立つ夫が真剣に考えていたのは『(あと11時間...僕は起きてられるだろうか...)』ということだったらしい。おい。

この時はまだ余裕しゃくしゃくだった私。この後、とんでもない地獄を知る由もなかった。

つづき




日々の暮らしで気になったことやグッときたこと、誰かの役に立つんじゃないかと思ったことを書いています。いいね!はもちろん、コメントを頂けるととても嬉しいです!サポートは、娘の大好きなブルーベリー代になります(ブルーベリー基金)^^