見出し画像

オランダの出産事情 「家で産むわ、じゃあ。」

(※オランダと日本の出産事情の違いについては、文末にまとめています。)

何もしていないのに月日は巡り、前回のつわり地獄ポストからあっという間に2ヶ月が経ってしまった。

前回書いた新婚旅行に行く前、私は一人で助産院を探した。アムス市内に引っ越したおかげで家は狭くなっていたが、歩ける距離になんでもあるという都会の恩恵を存分に受け、助産院選びも選択肢が多すぎて逆に迷ったくらいだ。

そんな中、私の選んだ助産院は「Witsenkade Verloskundigen」

なんだろう、とにかく全然読めない。

「ウィットセンカーデ」はかろうじて読めても、その後の”助産院”を意味する "Verloskundigen"がとにかく難しく、無理にカタカナ読みしようとすれば"ファーロスクンディヘン"か?(最後の"ヘン=gen"は、喉に何かが詰まった時に空気だけ出す音で、オランダ 人でも出身地域によってはキチンと発音するのが難しいらしい)誰でも知ってるオランダ人画家ゴッホ(Gogh)も、オランダ語読みだとホッホだ。また話が逸れた。

そんなわけで家から歩いて10分、緑が多い運河沿いの静かな通りを歩くとウィットセンカーデ助産院に着く。普通の住宅と変わらない赤レンガの建物だ。

画像12

画像11

(*ウィットセンカーデ助産院。毎回通り過ぎてしまうほど普通の家。)

画像7

画像12

(*マスコットのコウノトリくんは結構目立つ。)

働いているのは5-6人のパワフルで愛に溢れた助産師たち。ナース服など着ておらず、Tシャツ+ジーパンでコーヒー片手に笑顔で対応してくれる。ちなみにこの国の出産の現場は医者も助産師も女性ばかりで、いまだに男性に会った事がない。

画像5

(*助産院の中。普通の家と同じく、中庭がある。)

画像13

妊娠8週後半でようやく助産院に行ったわけだが(というかそれより前は診てくれない)最初から弾ける笑顔で「ハーイ!サキエね?私はリッキー、よろしくね。」と言われエコー検査室に通された。ちなみにこの時期のエコーは保険がカバーする基本プランには入っていないので任意であり実費だ。そのお値段は€45(約5000円)安いのか高いのか分からないがそれでも希望したのは、正直その時点でまだお腹の中に赤ん坊がいるのか半信半疑だったからだ。

オランダでは妊婦検診にはカップルで出席するのを推奨しており、強制ではないにしろ二人で参加する場合が圧倒的に多い(ちなみにカップルと書いたのは、他のヨーロッパと同じくオランダは事実婚がとても多いため)そんなわけで平日の午前中だったが隣には夫もいた。天気も良く助産院までの景色がとても綺麗だったので、このまま会社休んでピクニックでも行こうよ!と言ったが拒否された。それはそうだ。

そんなわけでリッキーと一緒に四畳間くらいの小さなエコー検査室に入り、軽くお話をした後

「じゃあパンツと下着を脱いで、そこに寝てね。」

と言われた。え、ここで普通に脱ぐん?

しかも「脱いだ服はベッドに置いてね〜」って言われるし。そのベッドに私は寝るんだが。

というわけで仕切りも何もなく1.5m先に夫がいる中、なんとも言えない気持ちでズボンとパンツを脱ぐ。たまたま丈の長いキャミソールを着ていたおかげで、お尻丸見えの情けない姿にならなかったのが唯一の救いだ。妊娠初期の皆さん、膣エコーがある時はスカートがオススメです。(日本では基本的に膣エコーの際は夫同伴は無理らしいけど)

エコーをはじめたリッキーがいきなり叫ぶ

「Congratulation ! 」

驚いた。そこには虫のような2cmくらいの我が子がいて、点のような心臓を必死に動かし手をブンブン回していたのだ。落ち着きがなさすぎるだろう。てか本当にいたんだ。

画像9

(*命名「梅ちゃん」=つわりで梅干しを欲するようになったから)

パンツをはいて席に戻って、リッキーと向かい合う。「二人は結婚式はしたの?」と不意に聞かれ、とっさに「してないんだよ〜!9月にやるつもりだったのにまさかの妊娠しちゃって…しかも避妊してのに(笑)」と言うと、「ふふ、DNAの相性がよっぽど良かったのね^^」と言われた。いや、そんなんある?

そのあと隣の部屋に移動して、別のベテラン助産師っぽいおばちゃんに色々質問する時間を設けられる。一番気になるのは、やはり自宅出産のホントのところについて。

「実際この助産院ではどれくらいの人が自宅出産を選んでるの?」

『ん〜数えてないから正確にはわかんないけど、4-6割かな?まぁ希望してても、途中で病院にいくケースも多いからなんとも言えない。自宅出産希望なの?』

「(多い!)うん、できたら良いなと思ってるけど。」

そう、私はせっかくオランダにいるんだから!と圧倒的に自宅出産希望だった。日本ではまずできない、何ならこの先自宅出産をする機会なんて一生ないのにもったいないだろうと思っていた。何がもったいないのか分かんないが、とにかくできるだけ経験を積みたい年頃(三十路)の私は病院と比べた時のリスクなんてそっちのけだった。隣で夫の顔が「いやいやちょっと待って...」と曇る。

『家は何階?エレベータある?』

「市内だからエレベーターはないよ。家は一階(*日本で言えば二階)」

『そう。窓は大きく開く?』

「(え、窓?)うん、1m以上は開くかな。」

『じゃあ大丈夫ね。緊急事態だと階段降りれなくて、貴方を窓からリフトで出さなきゃいけないから(笑)』

「窓から....(ゴクリ)」

その画を想像して、正直めちゃくちゃテンションがあがる。と同時にそんな自分に嫌気がさす。どこまでエンターテイメント気質なんだ、毎度ネタを優先するのをやめろ。

画像10

(*出るとしたらこの窓から)

『まぁでも安全第一だから!少しでも懸念事項があれば妊娠期間中でも陣痛中でも、いつでも病院に変更になるからね。』

と言われ、その他もろもろ聞かれて面談終了。

次は2週間後ね〜と言われ、二人でポケーと外にでる。

画像10

......

「いや〜 いたねぇ(赤ちゃん)...」

『いたね。めっちゃ動いてたね。』

「ビビったね。笑うね。」

『うん...でもなんか感動した。』

「...わかる。感動した。」

その時のフワフワした気持ちは忘れない。まだちょっと現実味なくて、でもなんかドキドキして。相変わらず毎日つわりで気持ち悪いんだけど、どこかすっきりして。

『咲ちゃん、自宅出産がいいの?』

「うん...ダメかな?笑」

『......正直、不安。何かあったときが怖い。仮に二人がそれで死んじゃったりしたら、止めなかった自分を一生責めるし...。』

「(そ、そんなこと言われたら何も言えん....)そうか...。」

結婚したからには、今までみたいにハイリスクな生き方はできないし責任を持って生きねばならないと分かっちゃいた。いたが。

『うーん。』

「うーん。」

まぁ、とにかくまだ時間はあるしゆっくり考えよう、と言うことで落ち着く。

出産予定日は12/24...クリスマスの奇跡よろしく、果たして私は無事?自宅出産ができるのか。

画像13


 つづき

====

*以下、興味のある人のみ

【オランダでの出産妊娠事情】

まず、ざっと日本とオランダの出産における違いをまとめてみた。

①保険で全費用カバーされる
②助産院にかかる
③産む場所を選べる
④クラームゾルフ
⑤基本放置プレー

まず①について、オランダでは必要最低限の妊娠/出産ケアは保険で全額カバーされる。日本では出産後に病院で出産一時金(42万円)を申請し、かかった費用がそれ以上ならその分を自己負担、それ以下なら差額が現金支給されるシステムのため「最低限のケアにすれば現金がもらえる!」という節約モチベーションが無駄に働きそうにもなるが(私はなる)オランダではそうならない。ただ妊娠期間中のケアは非常にあっさりしており、分かりやすい例で言えばまず圧倒的にエコー検査の回数が少ない。そこは他のヨーロッパ諸国でも同じだが、妊娠期間を通して実施される必須エコーはたったの3回だ(10週前後・20週前後・36週前後)検診の度にエコー検査をやる日本の病院は世界的にみてもかなり珍しく、さすがおもてなしの国?と言ったところ。まぁでも流石に3回のエコーだけでは寂しいので、結局実費でプラス1回...2回...とオプションでエコーを付けてしまうのだ。だめやん!ええか。

次に「②助産院にかかる」について、これがオランダと他の先進国との大きな違いの一つ。オランダでは妊娠したら病院には行かず、自分で探した助産院に行く。というのもこの国ではそもそも妊娠/出産が日常の一部という意識が非常に高く、問題がない限り医療機関による介入が一切ないのだ。最初から最後まで、白衣を着た産科医ではなくジーパン姿の助産師のおばちゃんたちにケアされる運命...まさにアットホームと不安のサラダボウル。助産院の雰囲気はというと、いつも静かでのんびりしていて待たされることは先ずないし、そもそも待合室すら存在しないので他の妊婦にも会わない状況だ。(たまたま私の選んだところがそうなのかもしれないが)昔ながらの助産院からラグジュアリーなところまであるので、探すのもちょっと楽しい。

スクリーンショット 2019-10-25 11.16.30

(*家の近くの洒落た助産院のウェブサイト。電話したらラグジュアリー助産院だったのでビビってやめた。)

ちなみに日本では「安定期に入るまで妊娠のことは告げない」というのは一種の暗黙の了解、というかマナー?だが、こちらではそんなことは一切気にせず発覚した時点で「妊娠したよ!」と周囲に伝え、同じく「流れちゃった、残念...」と気兼ねなく伝えられる雰囲気がある。個人的にはこの感じが好きだ。大切なひとの妊娠なら一緒に喜びたいし、一緒に悲しみたい。

そして「③産む場所を選べる」について、オランダでは出産場所を大きく分けて【病院】【自宅】【出産センター】の3つから好きに選ぶことができる。どれを選んでも安心してお産できる、という前提でそれぞれのメリット・デメリットを書くとこうだ。

【病院】
○ 無痛分娩などが選べ、かつ致死的なイレギュラーにも瞬時に対応できる
× 出産後数時間で自力で赤子と一緒に自宅まで帰らなければならない

【自宅】
○ リラックスして出産でき、出産後も自分のベッドでのんびりできる
× 医療介入が直ぐできない、問題が起きたら陣痛中でも病院に運ばれる

【出産センター】*病院と自宅の中間
○ 自宅のようなリラックスできる部屋で、かつ病院に併設されていて安心
× 病院と同じく、出産後数時間で自宅に帰らされる→夫パニック

まず先進国なのに普通に「自宅出産」があるのに驚くが、日常の延長精神なのかオランダでは古くから自宅出産が主流だ。他のヨーロッパ各国の自宅出産率が2%くらいなのに対しオランダはその10倍の20-30%ほど。近年病院で産む人が多くなってきたものの、未だに約四人に一人が自宅で産んでいる。この国では自宅出産は決して昔の話じゃないのだ(ちなみに日本ではGHQ介入まで自宅出産が95%だったが、1970年の段階で5%になっており、今ではたったの0.1%だ)

そもそも自宅出産って危険じゃないの?と思うかもしれないが、この国では自宅出産=あからさまに危険ということはない。そりゃ病院に比べたらリスクは多少高まるが、助産師が必要最低限の医療道具を持って自宅に駆けつけてくれるし、少しでも母体や妊娠状況に問題があると判断されれば光のスピードで提携病院へ搬送される。自宅出産を安全なものにするための病院との連携インフラが半端じゃないのだ。その結果か自宅出産率が高いオランダだが乳児死亡率はアメリカやイギリスよりも低い。

それでも安全第一で慎重派な妊婦さんは病院を選ぶし、いつも自分が寝てるベッドで好きな音楽かけて好きなアロマ焚いてリラックスして産みたいって人は自宅を選ぶ。どっちのメリットも欲しい!という人は出産センターを選ぶ。実際話を聞いていてもそんな感じだ。

画像12

次にオランダならではの神システム「④クラームゾルフ」について。Kraamzorg(クラームゾルフ)とは産後ケア専門の訪問看護師(産褥看護師)さんのことで、出産した当日を含め1週間ちょっと毎日家に通ってくれて何でもやってくれるありがた〜いスーパーマンだ(*ほぼ女性)一日6時間/8日間訪問などが普通で、訪問中は赤ちゃんの授乳の仕方からマッサージのやり方、沐浴のやり方から寝かしつけの方法まで基本的なハウツーレクチャーはもちろん、とにかくボロボロで動けない産後の母親や赤ちゃんの世話で忙しい父親の代わりに掃除洗濯、買い出しに食事の用意までしてくれる。母体の回復状況や産後うつの兆候チェックまで抜かりない。上の子供がいたらその子の面倒まで見てくれるのでベビーシッターを雇う必要もなく、産後で家族が一番大変な時に大助かりなのだ。しかもこのクラームゾルフの費用、全て基本の保険に含まれているというから驚きだ..何なの、神なの?

最後「⑤基本放置プレー」について。オランダでの妊婦生活の中で学んだのは、とにかく"受け身でいると放置される"ということ。例えば検診、何も言わなければ5分で終わってしまう。

「質問ある?」

『え、特に。』

「じゃあ心拍計ろうか」

『うん』

「....オッケー問題なし!じゃあ赤ちゃんの心音聞こうか。」

(トクトクトクトクトクトクッ)

「力強くて素晴らしい!今日は以上ね、バイバイ!」

『ばーい』

3週間から1ヶ月に一度の検診だが、まじで一瞬で終わる。向こうからいろいろ細かく「これ大丈夫?」「あれの心配ないですか?」などと質問をしてこない上に体重すら測ってくれない。よく日本で妊婦さんが産科医に「ちょっと太り過ぎなので気をつけて下さい。」「もう少し体重増やしましょう。」とか口うるさく言われてるというのを聞くが、こちらではあまりにも放置なので逆に不安になる。配られた出産パンフレットのどこかに「10-15kgの体重増加が理想」とさらっと書いてあるだけで、体重管理はとにかく自己責任だ。お腹が小さかろうと大きかろうと気にされず、自分の生活スタイルが良いのか良くないのか謎なまま妊娠期間が進む。診察以外のことで言うと、どこで産むにせよ自分でマタニティキット(ガーゼや消毒アルコール、ベッドに引くパッドなどのセット)を保険会社などを通して用意しなければいけないし、自宅出産の場合はそれにプラスして自室のベッドの高さを上げるブロックなども用意しなければいけない(ちなみにコレは背の高いオランダ人助産師たちの腰を守るためだ)上記に書いたクラームゾルフの手配も自分で探してミーティーング予約を取らなければならないし、まぁとにかくそういう情報の全ては最初に助産院でもらう母子手帳のような「Growth Guide(英語版)」に書いているからちゃんと読んで行動しといてね、ということだ。

スクリーンショット 2019-10-23 16.32.23

(*でも可愛いぞ、母子手帳。なんと全7冊。)

最後に一つ、案外重要なので言っておきたいことがある。オランダに移住してたから何度か「オランダって住みやすい?」と聞かれるが、答えは「最高に住みやすい」だ。のらりくらりと普通に住む分には圧倒的に住みやすい。理由として、キャッシュレス社会で買い物が超スムーズ、街が綺麗(=パリのように犬のフンが落ちまくっていない)交通インフラしっかりしてるなど色々あるが、とにかく一番は「英語が通じるから」だ。カフェで簡単な英語を喋ってくれる、とかそういうレベルではない。医者に行けば簡単な挨拶の後「えっとオランダ語?英語?」と聞かれ、申し訳ないねぇ〜と思いつつも「英語で^^;」と答えると、グーグル翻訳もびっくりな流暢な英語を喋ってくれるし、毎週行ってるヨガ教室もオランダ人ばかりなのにクラスは英語でやってくれる。驚くことに国民の95%が英語を流暢に喋れるのだこの国は。オランダ、恐るべし。(いくら言語的に似ていると言っても、すごい!)

そんなわけで周りのヨーロッパ諸国と違い、あえて”インターナショナル〇〇” ”英語可な○○"を探して他の移民たちと席の奪い合いをしなくとも大丈夫なのだ。素晴らしすぎて泣けてくる。


日々の暮らしで気になったことやグッときたこと、誰かの役に立つんじゃないかと思ったことを書いています。いいね!はもちろん、コメントを頂けるととても嬉しいです!サポートは、娘の大好きなブルーベリー代になります(ブルーベリー基金)^^