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穏やかな非日常の中で──ロックダウンするアメリカ、SAKEのこれから

Saki Kimura / Sake Journalist

日常が裏返る経験を、人生で何度かしている。
すさまじい揺れと、母親の叫び声とともに目を覚ました小学校進学手前、1995年の冬。黒い波が逃げ惑う車を飲み込んでゆくのを茫然と見つめていた大学卒業目前、2011年の春、etc。
大きな地響きとともに裏返されたそれらに比べれば、今回はずいぶんぬるぬると色を変えていった。ぱたぱたと倒れてゆくドミノが、上から見おろすと何かの絵を浮かび上がらせるみたいに。

いま、わたしたちは静かな非日常の中にいる。


新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大の影響を受けて、わたしの住んでいるアメリカ・サンフランシスコの街で外出禁止令(Stay-At-Home Order)が施行されたのは今週火曜日、2020年3月17日のこと。
いろいろと細かい決まりごとはあるが、要は感染を防ぐために「人と会ってはいけない」というもので、
・生活必需品(essential goods)以外の買い物に出かけてはいけない
・レストランやバーは営業してはならない
といった制約がある。

当初はサンフランシスコ含む6つのカウンティ(複数の市から成る行政区分)が4月7日までいわゆる「ロックダウン(封鎖)」を行う、といったアナウンスだったが、この動きは二日前(3月19日)、カリフォルニア州全土へ拡大。期間は4月19日またはそれ以降までになるだろう、と言われている。
さらに昨日(3月20日)、ニューヨークも類似のロックダウンを敢行。今後、多くの州が追随することが予想されている。

わたし個人は、トイレットペーパーが残り1ロール半しかないということを除いて、特にどうということもない。
・Social Distancing(社会から距離を取ってひとりになる)
・WFH(WFH=Work From Home、いわゆるリモートワーク)
などと行った単語が飛び交っているが、いずれもフリーランス文筆家として活動する自分にとってはずいぶん昔からやってきたことだ。

しかし、わたしがここにいる理由である日本酒は──SAKEは、どうであろうか。


何度か書いているが、アメリカは、日本にとって最大の日本酒輸出相手国だ。さらに、今回ロックダウンの起こっているカリフォルニア州(ロサンゼルスやサンフランシスコを擁する)とニューヨーク州は、その二大巨頭といってよい。

そこでいま、
①レストランでの食事
②non-essential goods(生活に必要でないもの)を買いにゆくこと
が制限されている。つまり、嗜好(贅沢)品の消費が急激に減速している、ということだ。

アメリカではまだ「家でSAKEを飲む」という文化がほとんど定着していないので、より深刻なのは①の影響だ。これまでにも何度か言及しているが、日本から輸出された日本酒のほとんどは、レストランで消費されている

今回の事例は、たとえば来る4月19日にこの外出禁止令が解除されれば(これも延長されるだろうとの声が大きいが)すべて元に戻るというものでもない。ほとんどの店舗が強制的にイートイン営業を停止させられる今回の措置が引き起こすビジネスへのダメージは大きく、その失業状況はすでに2008年のリーマンショック以上だと報じられている。実際、わたしの周りでも、飲食店などにおける解雇が多発している。
ロックダウン期間中の日本酒消費量が減るのはもちろんのこと、経営難により閉店に追い込まれるレストランが相次いでしまえば、海外における日本酒マーケットそのものが縮小することが予想される。


この状況を受け、困窮するレストランをサポートするため、カリフォルニア州のアルコール飲料規制局ABC(Alcoholic Beverage Control)は、アルコールにまつわるいくつかの規制を緩和した。

たとえば、現在イートインが許されず、To Go(持ち帰り/デリバリー)営業のみを行っているレストランに対し、アルコールメニューのTo Go販売を許可。──日本で暮らす人々にはピンと来ない話かもしれないが、禁酒法(1920〜1933年)の名残が色濃く、いまだにアルコール管理に厳しい制限が設けられているアメリカでは、アルコール商品の「持ち帰り」は許されていないのだ。
(酔っぱらった顧客が飲みかけのビール瓶を握ったまま店を出ていこうとするのを、バーテンダーやドアマンがとっ捕まえるという光景はバーでしばしば目撃される。警察に見つかればそのバーが営業を停止させられてしまうからだ)

わたしの知人の流通業者や現地インフルエンサーも、現在、飲食店でSAKEをTo Goしてもらうために日々奔走していると聞く。
SAKEのようにまだ「お店でしか飲まないもの」をTo Goするお客さんがどれくらいいるのかは、正直未知数だ。しかし、こうした動きが一定の結果を出せば、ロックダウン収束後、アメリカが抱える不自由なアルコール規制に大きな変革をもたらす可能性はある。


一方で、②non-essential goods(生活に必要でないもの)を買いにゆくことの制限は、どうだろう。
「家でSAKEを飲む」コアなファン層にSAKEを届けているTrue Sake(どんなお店かは、先日SAKETIMESに寄稿した記事をご参照いただけるとうれしい)は、現在営業をストップしている。サンフランシスコ市の要請によれば、「酒販店のうち、食品を扱っていないお店」は基本的に営業してはいけないからだ。
店舗販売のほか、全米42州からのオンラインオーダーも受け付けているTrue Sake。全国にいる2万人のニュースレター会員にロックダウン中の営業停止を告げるメールを送ったマネージャーのMei Hoは、多数のお客さんから温かい励ましのメールをもらったと話す。
「Beau Timken社長と、せめてオンラインオーダーだけでも再開できないかと話し合っている。彼は営業停止期間の給与を払うと言ってくれているし、経済面での問題はないけれど、外に出ることができず、家でSAKEを飲みたいと思っているお客さんに商品を届けられないのは心苦しいから」


ところで、アメリカで新型コロナウイルスブームが深刻化する前の3月5日、わたしはTwitterにて、こんなツイートをしていた。

行政に後押しされ、「日本酒の未来の活路は海外にあり」と輸出を促進する風潮を受けて、ぽろりとこぼれた言葉だった。

わたしは確かにアメリカに住んでおり、日本酒/SAKEの海外市場に大きな希望を見出している。しかし、海外市場に興味を持つ人へ有益な情報を提供したいと思う一方で、みんなが海外市場に来る必要はない、とも考えている。
これは、以前「誰か、早くここへ来てくれないか━━日本酒づくり新規参入への提言」でも少し書いたように、海外のSAKE事情を見つめながら、わたしの中で“ローカル”の強さをまざまざと実感する経験を重ねているゆえの発言だ。

日本酒業界は小さく、かつ、国民性も合わせてか、「みんなが足並みをそろえなければならないのではないか」という空気が醸成されやすい。しかし事実、それはただの空気であり、以前「カネとナカタと日本酒と 〜その愛が、酒を殺してしまわぬように〜」で述べたように、実際はさまざまなプレイヤーが各々の持ち場で活躍することが必要だ。
海外への進出を歓迎する動きがあるのなら、それと同じくらい、地域に回帰し、ローカル性を高めてゆくプレイヤーの尽力もまた、歓迎されなければならない。海外推奨の動きの中で、海外を見つめている人間こそがそれを言わなければならない、と感じ、思わずこぼした言葉だった。


今回の記事は、この連続ツイートで書いたことをやや詳しくまとめ直したものだ。
このツイートを投稿しようと思ったとき、はじめは、「いま海外市場は大変だから、日本の人にこそが日本酒を飲み、業界を支えてほしい」と書こうかな、と考えていた。しかし、なんだか虫のよい話のように聞こえる気がして、手を止めてしまった。
わたしがこの地でSAKEジャーナリストとして活動を始めたのは、もともとマニアックな気質で、「アメリカで造られたSAKE!? 超おもしろい!」と思いながら突き詰めてゆくうちに、自分の役割を見つけただけの話ではある。しかし、どんな想いを抱えていようと、ハタから見れば、「散々『時代は海外!』と煽っておきながら、海外市場が低迷したときに日本国内へその責任を押しつけるなんて」と、いやらしさを感じる人もいるかもしれないし、そもそも、あまり誠実な発言ではないのかもしれない、と感じた。


そしてそれは、先のABCのアルコール規制緩和のように、この混迷こそが新しいSAKEの未来を作り出すだろう、と信じているゆえでもある。

「にいがた酒の陣」の中止を受けて行われたオンラインイベント、「にいがた酒一揆」。そのnoteには、自身もまた蔵人として酒造りをする発起人のまっすぐなメッセージが綴られている。

(余談だが、開催数日前の3月11日に公式アカウントが「今日は東北のお酒を飲んでほしい」とツイートしていたのにも、心が震えた)

カリフォルニア州フォルサムにてSAKEを醸す米国月桂冠杜氏・河瀬陽亮さん、そして同じくフランスの地でロックダウンに立ち向かうWAKAZE杜氏・今井翔也さん、それぞれの言葉もまた、力強い。


(余談だが、お二人もわたしも、同じ1988年生まれである。その成長過程と社会情勢がややこしく絡み合うこの世代は、「世界にいいようになんてされてたまるか」と逆境に立ち向かう精神があると、勝手に思っている)

ロックダウン二日目の3月18日、キッチンで食事の準備をしていたら、大家であるサンフランシスコのローカル酒造Sequoia Sake Compnayの夫婦が、うれしい報告をしてくれた。彼らがUC Davisと共同研究を行って復活させ、昨年、商用認可を得たお米Caloroこの記事に詳しいが、山田錦の祖先である酒造好的米「渡舟」と同じDNAを持つ)で初となる添え仕込みを行ったが、かなりの手応えがあるというのだ。
「いまの僕たちにはいいニュースが必要だろう? これは、未来のアメリカSAKEのマイルストーンだよ」と、Jake Myrickは笑う。

造り手は強い。それは生きものと向き合っている人の強さかもしれない、と感じる。その強さこそが、日本酒/SAKEの歴史を醸し続けてきた。


今回は、ロックダウンの渦中にいて、客観的な事実よりも、パーソナルな感覚にフォーカスしてしまった。事態は日々、流転している。今日書いたこともまた、明日には変わっているかもしれない。普遍性のある言葉よりも、いま・ここ、を記す必要があると感じた。より掘り下げた情報は、後日書いてゆくことにする。

部屋でひとり、剣菱を啜りながら書き仕事をしていると、スマートフォンのディスプレイが明滅した。某テック企業オフィスへの通勤を制限され、家で仕事をする友人からのテキストメッセージ。I feel lonely.(孤独を覚えるよ)わたしは返す。Everyone is lonely. (みんな、ひとりぼっちなのよ)
わたしたちがつくるのは、ブームではなく文化だ。一過性の流行ではなく、それは、もっと命のそばにある。
どんな状況だからといって、誰かになにかを強要するようなこともない。ひとりぼっちへと隔離されてゆく世界の中で、みんなが、それぞれの必死さとともに、愛するお酒を飲んでくれればよいのだ。

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Saki Kimura / Sake Journalist

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