見出し画像

「意訳≠原作クラッシュ」リスペクトあってこその翻訳物

先日の悲しい知らせに、漫画界だけでなく創作を支える多くの業界で、いま一度「原作へのリスペクト」について考えるきっかけになったのではないでしょうか。

私も仕事柄、日本の大きな漫画家協会に属しているため多くの漫画家さんにお会いする機会があるのですが、どのお方も情熱と愛情を持って描いていらっしゃいます。作品がドラマ化した方にお会いしたこともあります。

一つ一つの作品が一人一人(制作に携わる人も含め)の努力の結晶だということを、実際にお会いしてお話を聞くことで再確認できた経験は、今の私の漫画翻訳にも反映されていると思います。

それを踏まえた上で今日は、私の思う韓日ウェブ漫画翻訳における「意訳」についてお話ししようと思います。

今回の件を受け、SNSで「意訳」に関する意見が飛び交っているのをいくつも見たんです。

意訳は原作クラッシュなのか?

これまでの私の記事をしっかり読んでいただいている方には誤解なく届いていることかと思いますが、ここで一度「意訳=改悪/原作クラッシュではない」ということを、はっきりさせておこうと思います。

い‐やく【意訳】

[名](スル原文一語一語とらわれず全体の意味ニュアンスをくみとって翻訳すること。

出典:weblio.jp

まず、原点に戻り「意訳」の意味を調べてみました。

要するに、意訳というものは全体の意味やニュアンスを汲み取った翻訳であって、改編ではありません。原作のストーリーや主旨を変えるものではないということです。

韓日ウェブ漫画においては、「原作(韓国語)が伝えたいことを汲み取って翻訳することで、読者(日本語話者)に正確にストーリーを伝える」ための必要不可欠な要素になっています。

私の記事「韓日ウェブ漫画翻訳のトライアル必勝法―受かるコツ7つ教えます」でも次のようにお伝えしています。

原作の面白さを潰すような翻訳家は求められていないため、面白い作品をより面白く。

これが、私の思う韓日ウェブ漫画翻訳における「意訳」の目的です。

もし私が漫画家なら、直訳でニュアンスや意味、臨場感が伝わってこない翻訳物に仕上がっていたらすごく悲しいと思うのです。

漫画を読んでいる時の、あの引き込まれるような臨場感、詰まることなく流れるように読める文章力、登場人物それぞれの個性、伏線などの意図的な設定…そういった、作者が練り上げた構成と読ませるための工夫を伝えられない翻訳者こそが、原作クラッシャーだと考えています。

直訳気味では、そういった「面白さ」をうまく伝えることができないんです。少なくとも私がこれまで見かけた「直訳作品」から臨場感を楽しめたことはなかったです。

韓日ウェブ漫画翻訳界隈のTwitterでも少し前に、「翻訳機回しただけなんじゃ?」という翻訳作品が話題になっていましたよね。

そういうことです。翻訳機が得意とする直訳では漫画として成立しないのです。

特に、韓日ウェブ漫画翻訳にはローカライズが必要なことも多く、「意訳」なしには成り立たないと言えます。

▼ローカライズについてはこちらの記事をご覧ください。

韓国が舞台の作品を日本が舞台の作品に、韓国人の登場人物を日本人に変えてしまうので、「意訳」がもはや「創作」になることも日常茶飯事。

例えば、作中に韓国語のギャグが3つ登場し、面白さレベルが80だったとします。

何としてでも日本語のギャグを作中のどこかに3つぶち込み、面白さレベルを80以上にしてください。

そのためには果敢な創作が必要になります。翻訳者の個性(ギャグセンス)が出ることでしょう。

それでも、

い‐やく【意訳】

[名](スル原文一語一語とらわれず全体の意味ニュアンスをくみとって翻訳すること。

「原作のギャグレベルを汲み取った翻訳=意訳」の範疇です。

ギャグをスルーしてしまう、ギャグを直訳してしまう、こん身の創作ギャグが滑ると、もう改悪でしかありませんね。

もはや私が作者だ!という勢いで作者を代弁する。原作の面白さをそのまま、あるいはそれ以上にして届けるための意訳、創作、原作の再現。

これは、作者と原作への理解、リスペクトがあってこそ可能なことです。

それに気づいた時のことを、「ぽにょかぺ運営者自己紹介」にも綴っています。

どんなに苦手なジャンルでも、どんなに好みでなくても、翻訳を引き受けた以上はその作品の面白さを知る努力、歩み寄る姿勢、原作者と原作へのリスペクトが必要不可欠です。

それができないなら引き受けてはいけません。

私は、韓日ウェブ漫画翻訳初心者の頃にこの事実に気づけたから、そして、意訳の重要さに気づきそれをモノにすることができたから、仕事に困らない今の自分がいると、断言できます。

原作の世界観を守るためなら、掲載前の校正をしてくださる監修者様にもはっきりと意見します。

例えば最近では、次のような修正を取り下げてもらいました。

監修者様:異世界転生系で今まさに職業(呪術師、戦士など)が決定しようとしているOLが「強い職業でお願いします!」と言っている原文を、「強くてかわいい職業でお願いします!」と手直し。

私:「強くてかわいい」はOLっぽく良いアドリブではあるが、このOLには「非常に現実的で利益を最優先に考えている」という設定があったため「かわいさ」を求めるのは設定にそぐわないとし取り下げてもらった。

監修者様:引きニートに母親が「あんたいい加減にせえよムキーッ!!!!」とブチ切れる様子がコミカルに描かれたシーンで、母親のブチ切れ具合を表現するために「死んどけ」といった原文にないアドリブを足し手直し。

私:ネタとしても成り立つようなセリフではあるが、この母親は愛ゆえ息子を立ち直らせようとブチ切れたため、絶対に「死ぬ」という単語は使わないと判断し取り下げてもらった。

どちらも、本当に敏腕かつ情熱溢れた監修者様で、すごく尊敬している方です。

それでも、その作品への理解度は一言一句逃さず読み込み翻訳している翻訳者のほうが深いことがありますので、このようにして作品の世界観や設定を守るために動くのも、私たち翻訳者の役目であると考えています。

とはいえ例外もあり。


ここまで、「意訳」についての私の考えをお話ししましたが、原作者様のご希望により「ほぼ直訳」での翻訳をさせていただいたこともあります。

作者様がその作品の今後の展開やスタイル等を踏まえ「直訳のほうが面白い作品になる」とお考えだったので、全力でそれをリスペクトし、満足いただける結果物にして納品させていただきました。

作者様の希望を形にすること、それが一番。

それを、絶対に忘れてはいけません。

参考までに、これまで十年以上に渡り140タイトルほど訳してきましたが、完全なる直訳を希望されたのは1件でした。

リスペクト、してますか?


していれば、誠意のない直訳や、改悪、いわゆる原作クラッシュは起きないと信じています。

技量不足で原作の面白さを表現しきれていない…とお悩みなら、ぽにょかぺで一緒に磨いていけると嬉しいです。


「韓日ウェブ漫画翻訳物ってどれも高クオリティで面白いよね!」

少しでも多くの読者様にそういう印象を持ってもらいたいという思いでぽにょかぺの執筆に加わったので、今回のことで保守的な翻訳に逆戻りすることがないといいな…と「意訳」への考えを書かせていただきました。

いろんな考え方や方針はあると思いますが、少なくとも私はこの考え方で韓日ウェブ漫画翻訳者としてここまで来ることができたので、是非参考にされてください。


このマガジンでは今後、

・「完成度の高い韓日ウェブ漫画翻訳」を創りあげるために必要なノウハウ・知識
・韓日ウェブ漫画翻訳家になるには
・韓日ウェブ漫画翻訳トライアルに受かるには
・韓国語力はどのくらい必要?
・クライアントへの請求方法は?
・源泉徴収って何?
・海外のクライアントから報酬を受け取るには?
・必要なパソコンのスペックは?

などなど、韓日ウェブ漫画のあれこれを惜しみなく伝授していきますのでどうぞお楽しみに!

💓このマガジンをフォローするには💓
💓ここをクリック!💓

このマガジンは、韓日翻訳家のかぶりSakeが共同で執筆・運営しています。

かぶり@Hidemi_K
1997年より韓日翻訳に携わり、字幕やウェブ漫画翻訳など多方面で活動中。著書に「韓国語ネイティブ単語集」(扶桑社)「ためぐち韓国語」(四方田犬彦共著、平凡社)、翻訳書に「グッドライフ」「クミョンに灯る愛」(ともに小学館)「ヒトは誰も真実恐怖症」「オトコとオンナのもやもやモード」(ともに講談社)などがある。

Sake@koalaeatsmaccas
2013年より韓日ウェブ漫画翻訳を始め、人気作の翻訳やウェブ漫画翻訳者の新人養成、監修、出版用ウェブ漫画の翻訳も手がける。これまでに訳した話数は1万話ほど。ほぼ全ジャンルを網羅。南半球で隠居中。

▼かぶりの著書、韓国語学習におすすめです![PR]

※当マガジン内のすべてのコンテンツの無断転載及び複製等の行為を禁止いたします。

この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?