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【ショートショート】秋太鼓


 リビングのテーブルの上。散らかった空き缶と空包装。手を抜きに抜いた夕酌が一段落してテレビのリモコンに手を伸ばす。定額見放題で見ていた映画を、「つまらん」と呟き電源を落とした。ぱっと手を離したと同時にかこんとテーブルに転がり落ちるリモコン。その耳障りな音に、奏でさせたのが自分な事を棚に上げて舌打ちをした。
 胡坐を掻いていた体をぐーっと後ろへ伸ばし、ラグも何も敷かれていない剥き出しの床に背を預ける。エアコンの風で冷やされたフローリングはアルコールを摂取しほんのりと熱を帯びた頬にじんわり心地良い。その丁度良い冷たさに目を閉じながら腕をテーブルへと伸ばす。ばたばたと右手のひらをテーブルに前後左右打ちつけ、ようやくお目当ての感触が手のひらに伝わった。

「はあー……やっぱ紙やわ……アイコスとかいらんねん」

 テーブルから床へと強制移動を食らった煙草の箱とライター。初めて煙草を買った日からずっとボックス&百円ライター派の私の唇が取り出した一本をくわえた。安いライターがぽっと火を点ければ、煙草の短い命がゆらゆらと燃え始める。すうーっと煙を吸い込むと肺に満ちては不健康に染めていくのが分かる気がした。健康に悪い。そんな謳い文句は耳が馬鹿になるかと思う程に散々聞いてきた。電子煙草が良い。そんな謳い文句は自然と舌打ちがこぼれる程に散々聞いてきた。だがこの紙煙草でしか味わえない旨味があるのだから私にご高説を垂れるのは止めれば良いのにと思う。頭に浮かんだご高尚な連中をそう嘲笑うようにふーっと煙を吐く。不健康を促すニコチンで幸せを感じながら再度煙を吸い込んだ頃、耳に届いたのは秋の訪れを知らせる音。「てんててん」と一聴きで覚える特徴的な太鼓の音。続いて旋律を奏でる笛の音と、それらの乗った山車を動かす人の声。携帯電話に手を伸ばしブルーライトを直に浴びながら日付を確認すれば、九月の中頃。「もうそんな季節か」と言う呟きと共に煙を吐いた。

 秋の大阪の恒例行事、だんじり祭り。そう言えば本家本元の岸和田はもう終わったとニュースで見たなと記憶を掘り起こし、体を起こす。また胡坐を掻いてはテーブルに肘をつく。窓の向こうから聞こえる本番に向けただんじりの音に自然と頬が緩んだ。
子供の頃から聞き慣れた音は毎年同じ時期に聞こえるのに、子供の頃と比べれば今は随分と気温が高い。最近ようやく街吹く風がサウナのような熱風から涼し気な秋風に変わったくらいで、未だ夏服は必須だしエアコンも冷風でフル稼働だ。今の私の服装だって半袖に短パンの夏仕様。だが外からは秋の音色が響いてくる。この夏と言うには涼しくて、秋と言うには暑い、新たな呼び名が欲しい時期に秋の音色は季節を違える事なく響き渡る。

「もう秋やなあ」

 だからどんなに暑くともやはり今は秋なのだろう。そう思いながら煙草を灰皿に押しつけた。窓の外にそっと耳を傾けた。


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