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花人 【短編小説】

嬉しいお知らせ。
現代詩手帖の10月号に、選外佳作で名前とタイトルが載ってました。
多分文芸誌に名前が載るなんて初めてじゃないかしらん……!?

自分の名前が一般流通している本に活字として印刷されているのは、思っていたよりずっと嬉しいものでした。ちゃんと作品も載せてもらえるように、もっとコンスタントに作品投稿しよう。
選者の小笠原鳥類さんありがとうございました。


そんなわけで以下の作品は、その選外佳作の作品を元に作ったもの。
前半は元の文を簡潔にしつつ、後半は新しく書き足してみました。


 十間もあるかと思われる畳敷きの大広間に、盆が敷き詰められている。漆塗りの丸盆は互いに触れ合わず、しかし間に指の一本も差し入れられない距離で整然と並んでいる。よく拭かれ鏡のように澄み切った盆の面は黒漆だが、場所によっては、障子を通して入る日で白く光って見える。四つの盆に囲まれてできた菱形からは畳の緑が香り立つ。

 明るいが静寂に満たされたこの空間に、たまに右腕が現れる。白く細い、肘から先だけの腕。それはふと宙にあるのだ。それは斜めに伸びて、盆の上に一輪の花を置く。
 すると部屋の隅に控えていた赤い水干の禿が走り出る。白い足袋は音を立てずに、素早く畳だけを踏んで駆ける。だがどれだけ急ごうと、禿が辿り着く前に、腕は透けて消えている。蕚から手折られた花が腕の来訪を示すのみ。

 元の場所に戻った禿が振り向くと、今盆を取ったところにいつの間にか新しい盆が浮き上がっている。不可解なことだが、禿は気にしないことにしている。

 今を盛りと咲く花を載せた盆を後生大事に抱え、次の間に続く襖を開ける。と、すぐ裏に控えていた女官が嬌声を上げる。
「待ち兼ねましてよ」
 しなを作って仰々しく両の腕を差し出す彼女たちは、からかっているだけと禿も分かっているがどうにも慣れない。盆を押し付けすぐさま襖を閉めてしまう。

 次の間では女官たちが盆を巡って暫し取り合いになる。この時誰かしらが、あら今回は杜若、とか金盞花、とか口にするので、植物に明るくない禿は襖越しに花の名を知る。

 栄誉を勝ち取った女官はうやうやしく花を手に受ける。女は襟元を緩めて、花に乳を含ませてやる。総勢二十名の女官たちがぐるりを囲んでかしましく覗き込む中、花は見る間にたおやかな女になり、仮の母の手からこぼれる。

 ある女官が桐箱に仕舞ってあった服を出して、華奢な肩に掛けてやる。天女の羽衣に似せて皇帝が作らせた、大層薄く、羽織ると肌の透ける白い衣だ。
 別な女官は庭に面した障子を開ける。芝と岩と低木が景観を作る。向こうに低い垣根が見えているが、庭全体になだらかな起伏があり狭さは感じさせない。女官の指し示す先には東屋があって、箏が置かれている。

「どうぞあちらへ」

 花人は裸足のまま縁側を下り、飛び石を渡っていく。やや引きずる長さの衣が足元で擦れてさらさら音を立てる。

 屋根の下へ入ると、花人は箏を弾き始める。それは誠に典雅で美しく澄んだ音色である。女官たちは縁側に寄り集まって聞き入る。それだけではない。花人の指先から溢れるような音楽は、広く辺境まで流れていって、人心や自然を癒す。何重もの壁も透過して、鶴の柄を織り込み金糸で飾った着物に覆われた皇帝の心にも染みる。

 皇帝はふと、激務に追われる手を止め嘆息する。毎度同じに、しかし毎回感慨深く。
「花人が来ているのか」

 あまねく全てのものものに音を運んだ曲が終わると、花人は花の姿に戻って散る。

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