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175. 吉田篤弘「京都で考えた」 【エッセイ】

高校時代に出会って、それからずっと好きな作家、吉田篤弘。

存在を知った頃は限られた書店でしか扱われていない、マイナー作家のイメージでしたが、今や大抵の書店で著作を見かけるようになりました。
それに伴い作品の数も増えて、まだ読めていない作品が沢山あるのですが、ひとまず去年読んだ2冊の感想を書いておこうと思います。
(本の感想って書くのに時間がかかるからどうしても後回しにしてしまう……ご紹介したい読了本がまだ何冊かあります。年内には消化したい)

吉田さんの魅力は、新たな気づきをもたらしてくれる、ユーモアに溢れた言葉遊びや作品世界の構築。
それに、ゆるゆると流れていく自然な言葉の連なりは、肩の力を抜いていいんだと思わせてくれる不思議な心地よさがあります。
今回取り上げるのはエッセイと小説という、それぞれ違った書き方の作品ですが、どちらも吉田さんらしいセンスで言葉が紡がれていて、気負わず楽しめると思います。
ちょっと不思議な世界観や言葉遊びの好きな方に特におすすめしたいです。

○京都で考えた
吉田さんが京都で考えたことをゆらゆら書き連ねているエッセイ本。
エッセイと言いつつ、どこまで本当でどこから空想の世界なのか……巻末には掌編小説もついていてますます幻惑されます。

あくまで「京都で考えた」ことであって、「京都のこと」を書いているとは限らないので、多分、一般に「京都で考えた」というタイトルから想像されるような中身の本ではないです。
発端は京都のことでも、どんどんずれていく。連なって展開していく思考がとりとめなく書かれ、京都の案内にはならない。
小説作品と同じようなテンポで、同じような語り口で、筆者が普段どんなことを考えているのか、どういう考えから作品が作られていくのかを垣間見させてくれる内容になっています。
と言っても、物事を見つめる視点自体が面白く、制作裏話というわけでもないので、吉田作品を読んだことがなくいきなり手を出しても問題ありません。

わたしが特に視点の面白さを感じたのは、たとえばこれらの文章。

イノダコーヒー三条支店には円卓があるそうで、そこから吉田さんは「アーサー王と円卓の騎士」を想起します。

ここのコーヒーはあらかじめ砂糖とミルクを入れたものが定番で、円卓には渋い様相の年配の男たちが何人も見受けられるが、およそ誰もがブラックではなく、砂糖ミルク入りを飲んでいるのが面白い。

甘いコーヒーを飲む騎士たち。もうここから物語が始まっていそうな雰囲気です。

それから京都の新刊書店では、カフカの「城」がどこでも扱われていることに気付きます。分厚く、変わった内容で、しかも未完なのになぜ……? と首を傾げる吉田さん。

このように奇妙な本が、ひとつの街の中のあちらこちらに点在しているのはどういうことなのか。
もし、京都市内に点在するすべての『城』を調べ上げて地図上に赤い印を打っていったらどうなるだろう。もし、市内にあるすべての『城』が蛍のように発光したらどうなるだろうーー。

わたしはこの作品を、ちょうど京都にいるときに読みました。
だから肌感覚として分かるところも多少はあって、特に北から南へ川が流れ、つまりは土地もなだらかに傾斜しているということ。

なんだか北上する時はやたら時間がかかるけれど、南下する時はすいすい歩けるんだよなあと思っていたら、吉田さんも同じことを経験されているそうで、その理由は土地の傾斜だ、と筆者が気付きを得たところでわたしもはっとしました。
それ以降、京都を縦方向に移動する時、いつもこの本のことを思い出し、水の流れに想いを馳せるようになりました。

それから「考える」ということについて。

いまいるところから外に出ていくことーーそれがつまり考えるということで、外に出ていくのは、これまでの自分の認識に「本当にそうか」と疑念を抱くからである。もし、いまいるところに何の疑問も感じないのなら、そもそも考える必要もないし出ていく必要もない。

これは旅の理由であり、表現の理由であると思います。
バカンス的な”旅行”は日常の中で行われる”内側の出来事”かもしれないけれど。
何かを考える時は、必ず「外側」から見ている。自分の内面へ潜っていく思考であっても、それを眺める自己は外側にいなければ疑問を持つことはできないでしょう。
そして疑問を持たずにいることはある意味で幸せかもしれないけれど、頭を使って考えることは楽しくもあります。


……何だか思っていたより「京都で考えた」の分量が多くなってしまったので、もう1冊ずつ記事を分けることにしました。すみません。

続き書けました↓


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