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飛翔 【小説】

この間から配布を始めました個人フリーペーパーに載せた小説です。
先日の記事で触れた通り、「マルケータ・ラザロヴァー」の予告編がインスピレーションの一つ。こういう書き方は久々かも。


 昼餉の時間が終わって、中庭が開放されたの。天井の高い聖堂のような食堂の、重い木の扉が十人がかりで押し開けられ、外には柔らかい光に映ゆる緑が見えたわ。
 私たち、歓声を上げて飛び出していった。数十の少女たちの、ワンピースの短い裾がひらめいて、紋白蝶の群みたいに。大人が走ってはいけませんと叫ぶのだけれど、そんな戒めを聞くわけないわよね。一ヶ月ぶりの外よ、私たちいつも湿っぽくて薄暗い寮に閉じ込められて、歌うことや踊ることもままならない。

 私たちが飛び跳ね回りながら出ていくと、庭では先客の鳩たちが散歩中だった。沢山の白い鳩はそれぞれ畳んだ羽を丸々と膨らませ、地面に何かを探しながら歩く。餌を啄ばむでも互いに挨拶を交わすでもなく、孤立した鳩の群れを前に、私たちは瞬時にどの子が自分の鳥か決めたわ。選んだ子は誰一人被らなかったわ。数もぴったりだった。

 小さな歩幅でぽてぽて歩いていく姿に背後から手を伸ばしたの。目一杯開いた両の手の平で胴体を覆って鷲掴みにする、抵抗はしなかったわ。手の中に、温かくて柔らかいかたまり。私の子は純白じゃなくて、少し亜麻色がかっていた。

 一人の少女に一羽の鳩が行き渡るまで、扉が開いてから一分もかからなかったと思うわ。誰かが言ったの。
「あの丘の上を目指すのよ」

 それまで全然気付かなかったのだけど、中庭は果てのないほど広大な野原で、少し行った所に小高い丘があった。私たちは一心に丘を目指した。後ろから大人たちが追ってきたわ。群生する草花を踏みしだいて小走りに逃げる、いきなり疾走できるほど私たちの足は強くなかったわ。同様に大人たちも。緩慢な追いかけっこの末に、麓に辿り着いた少女から順番に丘へ登り始めた。そこには道があったけれど、細かったから一列になって進んだの。

 私も高みへと近付こうとしたの。でも上るほどに、手の中で鳥が少しずつブロンズへ変わっていったの。変化は首筋から始まって、重みが三倍にも四倍にも増していくのよ。まず外皮が冷たく固まって、色も濃く濁って赤銅色になった。心臓の管の中の血液まですっかり冷えた金属に成り果ててしまった時、私はもう進めなかった。膝が折れてその場にへたり込んでしまったの。
 力を振り絞って振り仰ぐと、斜面を蠢く白い点々が遥かに見えたわ。先を行く少女たちはまだ確かに大地を踏みしめて高みへと登っていく。


 私は追ってきた大人たちに抱え込まれて、連れ戻されてしまった。たんとお小言を頂戴したけれど、ブロンズの鳥は取り上げられなかった。今でも月に一度中庭は明るく子供たちを呼ぶけれど、私はもう外には出ない。ここに友達がいるから良いわ。もうずっとここで良いわ。


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