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185. オオカミの家 【映画】

いよいよ2023年も最後の日となってしまいました。
今日ご紹介する「オオカミの家」は、書こう書こうと思いつつずっと書けずにいたのですが、今年観た中で最も感銘を受け印象に残った映画だったので、どうにか今年中に書き終わらねば……! と急ぎ執筆しています。

(頑張って書いたのですが年内には間に合いませんでした……あけましておめでとうございます)

公開直後からかなり評判になっていたこちらの作品。
SNSでけっこう騒がれてるな〜と思いつつ、公開前にちらっと予告編を見て絶対観ようと決めていたので、事前情報のほとんどない状態で鑑賞しました。

そうしてまず圧倒されたのが、家全体が壊され再構築されていくスケールの大きなアニメーションです。最初はミニチュアだと思っていたのですが、いや何だか変だ、これは、ああ、実物を使っているんだ……! と気付いた時の驚嘆と畏怖。
家は容赦なく破壊され、その中で主人公のマリアや豚たちが立ち上がり、移動し、形を変えていく。絵は壁や家具の表面を這って移動し、二次元と三次元を自在に行き来する。

空間全体がまるで生きているかのように絶え間なく変化し、こちらを呑み込まんとするようでした。
リアルタイムで描かれていく絵からは常に絵の具が垂れていくので、絵が揺れ動いて定まらないのも恐怖だったし、マリアたちを形作っているテープのような半透明の素材も違和を感じさせました。
こんなアニメーション体験は初めてで、ひたすら驚嘆していました。
ちなみにこれは”チリで初めて作られたストップモーションアニメの長編映画”だそうで、その点でも高い評価を受けているそうです。

それから内容も、”恐怖によって育てられた子供は、他者に対しても同じようにしか接することができない”という支配は伝染し広まっていく事実を突きつけてきて寒気がしました。

映画とは儀式やまじないや呪いのようなものだ。
私たちはこの映画を、ある意識が他の意識を制圧するまじないと考えた

監督のコメント通り、マリアが育っていく中で受けたであろう抑圧が呪いのように意識を支配していく工程が描かれています。オオカミから逃げた子供もオオカミとなって次の世代の子供たちを抑圧することしかできない……。

この映画はチリに実在したカルト団体”コロニア・ディグニダ”のPR映画という設定で、ユートピアとしてのコロニアを発信したいシェーファー自身が製作した体裁のフェイク・プロパガンダとなっています。(逃げ出そうとしたけれど結局逃げられなかったという内容なので、プロパガンダにはならないと思うのだけれど、観た人も立ち所に洗脳されてしまうという意味なのかもしれない?)
実際のコロニア・ディグニダでは性的虐待や拷問などが大々的に行われていたり、ナチス関係者を匿っていたこともあったりとかなりの問題組織なのですが、その事実を知らなくても救いのないラストに胸がぎゅっとします。
特に映像内で繰り返される、コロニア・ディグニダから逃げ出したマリアを追う”オオカミ”が彼女を呼ぶ声「マリ〜ア……」が耳を離れず、見終わってからもしばらくぞわぞわ恐怖を感じていました。
ところでかつてコロニア・ディグニダがあった場所は現在観光地になっており、団体自体も名前を変えて存続しているらしく、そのことも恐ろしいですよね。

そんな感じでどこをとっても恐ろしい「オオカミの家」。
解説を読むと「さまざまな暗喩や隠喩、記号やシンボルをちりばめながら進行する」とあります。
例えば「少女は大部分をスペイン語で話したり独り言を言っていたのだが、時々ドイツ語が混じる。特に精神的に追い詰められたラスト、まるで洗脳者にすがるようにドイツ語で弱々しく助けを求めた」とあり、1度観ただけではとても言葉までは気付けなかったのでこれはまた観なくては、と思っています。

ヤン・シュヴァンクマイエルなどに多大な影響を受けたという監督たち(レオン&コシーニャ)。新感覚のアニメーションと心理的恐怖をぜひ体感してほしいです。

同時上映の「骨」もチリの歴史に基づいて作られた作品でしたが、こちらはバックボーンを知らないと理解するのが難しいように感じました。
”1901年に制作された世界初のストップモーションアニメ”という設定なのですが、種明かしがどこにもないので、ともすると本当なのかと思ってしまいます。
また、「骨に術をかけて二人の男を生き返らせ、ピクニックやダンスをした後婚姻証明書の署名を消す」内容なのですが、ここから読み取れるのは愛する人を生き返らせたかったのではなくしがらみから解放されたかったんだなということだけ。

主人公のコンスタンサ・ノルデンフリーツは、チリの寡頭制の伝統を作った大臣ディエゴ・ポルタレスの恋人で、子供もいたのに結婚してもらえなかった挙句、ポルタレスの死後国家によって子供が認知された。
なんてことも、生き返った男たちはポルタレスと、もう一人はピノチェト独裁政権の大臣ハイメ・グスマンだとも、予備知識なしには理解できません。

アニメーションのみを楽しむこともできはしますが、しっかり歴史的な背景を分かった上で観るのが望ましいと思います。
この作品は新憲法成立を目指す「社会の爆発」という社会運動の文脈で製作されたものの、今なおチリは独裁時代の憲法によって支配されているとのことで、当時のチリ・現在のチリに思いを馳せながら観られたらよかったなとパンフレットを読みながら思いました。

ところでこの「骨」は数年前に話題を呼んだ「ミッドサマー」監督のアリ・アスターが制作総指揮を取っており、彼は最新作のアニメパートもレオン&コシーニャに依頼したのだとか。まだその作品は公開されていない模様ですが、こちらも要チェックですね。


書いている間に年を越してしまって、これが2024年最初の記事になりました。
あけおめ記事はまた改めて書くとして、昨年は更新が滞りがちだったにも関わらず多くの方にわたしの記事を読んでいただき、本当にありがとうございました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします!

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