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かわいそうなお姫様

昔々、あるところにかわそうなお姫様がいました。

それはそれは美しい姫だったのですが、実の母親であるお妃様から嫌われ、嫌味を言われ続ける毎日を送り、父である王様はそんな状況に見て見ぬふりをしていました。
ある満月の晩、お姫様は大好きな月に祈りました。
『お母様に愛していただけますように、お父様がわたしを見てくれますように』と。涙をこぼしながらそう祈りました。

あくる日の朝、いつものように目を覚まし、朝の支度をするお姫様の眼のなかにまつ毛が入ってしまいました。違和感にパチパチとまばたきをし、お姫様の瞳から涙がこぼれ落ちた時、その涙がキラキラと輝く宝石となったのです。
何かの間違いだと思ったお姫様は、自分の涙が宝石になったことは隠しておくことにしました。しかし、数日後、家族でお芝居を観た際に、お姫様が感激のあまり涙をながすと、流れ落ちた先からポロポロと色々な宝石が零れるのでした。
それを見た王様は大変驚き、訳を聞きました。そして、いままできちんと娘と向き合わなかったことに対してお姫様に謝ったのです。お妃様も涙が宝石になるなんて娘は神々しい人だったのかもしれないと考えを改め嫌味を言わなくなりました。
お月様に祈ったお姫様は、家族が本当に自分を愛してくれているのだと思い心から嬉しく思い、感謝の涙をこぼしました。お姫様はとても幸せな思いでした。感謝の涙は、ダイアモンドでした。

しかし、お姫様の幸せは長くは続きませんでした。二人とも、最初のうちはお姫様を優しく大切に扱ってくれていましたが、次第にその優しさはお姫様に向けられたものではなく、涙でできた宝石に向かっていることに気づいてしまったのです。
お姫様が嬉しいことで涙を流すと宝石が溢れます。
王様はならばもっと、とたくさんプレゼントをあげました。
お姫様が悲しいことで涙を流すと宝石が溢れます。
お妃様は世界はもっと悲しさで溢れてると恐ろしい話を教えてくれました。

泣くと喜ぶのに、泣かないと話も聞いてくれなくなって、お姫様は前よりももっと辛くなってしまいました。
辛ければ辛いほど涙が出ますし、その涙は全て宝石になりました。

やがて宝石が部屋から溢れ出した頃ようやく二人がお姫様の元にやってきましたが、部屋から溢れ出した大量の涙の宝石を前に王様もお妃様も嬉しそうに群がり、お姫様のことなどすっかり忘れてしまいました。
お姫様は心が凍ってしまいました。
誰も自分を愛してなどくれないと思いました。
『こんなことになってしまうのならば、お祈りなんてするんじゃなかった。』
きらきら輝く夜の月が、お姫様の体をふわっと包み込むように照らしました。

“プレゼントは気に入らなかったかい?”

『残酷な贈り物でした。だって私が欲しいのは輝く宝石なんかじゃないんですもの。』

“おや、気に入ってくれると思ったのに。”

『私が本当に欲しいものは手に入らないことを実感してしまいました。』

“本当の願いを言ってごらん?君を喜ばせるつもりが、苦しめてしまったお詫びにもう一つだけ、願いを叶えてあげようじゃないか。”

月の提案をお姫様は首を振って断りました。
そうして小さく、本当に小さい声でぽつりと何かを言いました。
その声はあまりにも小さかったもので、誰にも聞き取れないくらいでした。


次の満月の晩、お姫様はいつの間にやら姿を消して、そしてどこを探してもどこにもいなくなりました。
王様もお妃様も、そして国中の人がお姫様を探しましたが、遂にお姫様を見つけることは叶いませんでした。

お姫様がいなくなってから一年後のある晩、月から美しい、みたこともない宝石が溢れてくるようになりました。その宝石は、本当に美しいのですが、誰一人として手に入れることは叶いませんでした。
触れることも、手に入れることもできない宝石は月の光を閉じ込めた、そんな美しさでありました。
足元に転がる宝石を見た時、みんなは居なくなってしまったお姫様のことを思い出しました。月を見上げて、お姫様は月に攫われたのだと思いました。

年に一度、月からたくさんの宝石が溢れてきます。
けれどその宝石は手に入れることも、触れることすらできません。
人々は口々に言いました。
涙が宝石になるお姫様、いなくなってしまったお姫様、月に攫われたお姫様、お姫様の宝石である。

と。

かわいそうなお姫様が流した涙の原因が、悲しいことでないことを人々は願うのでした。

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