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君の星、僕の星座5

5.ざわめきの予感 

ノスリは、星も見えない真っ暗な夜空のような場所で目を覚ましました。
ノスリには、よだかの姿を見つけることはできませんでした。

『怖くて、かなしくて、ぼくは随分とひどいことを彼に言ってしまった。謝りたいのに、どこにもいない。ぼくにはこの真っ暗闇の中、あなたを探す術もないんだ!』

真っ暗闇の、そのなかで、しくしく、しくしく、ちいさなちいさなすすり泣きが、そっと響くのでありました。

次の日、目が覚めたノスリは森がざわついていることに気づきました。
みんなが、みんな口を揃えていうのです。

タカがやられた!
タカが死んだ?
いったい誰にやられたんだ?
あの業突く張りの嫌なタカは、
みんなを突く嫌なタカは
ついに目玉をくり抜かれ、
羽をむしられ死んだのか?
いったい誰にやられたんだ?
タカがやられた!
タカは生きてる?


ノスリは胸がざわめきました、なんだか言葉にできない感覚に襲われるのです。嫌な予感、これが正しい表現だと気付くまえに飛び出して、ノスリはあの二人が出会った泉の近くの草むらに向かって行ったのでした。空模様はまるで、ノスリの胸中を映し出したかのようにうす暗くどんよりとしていました。

遠くの空から、雷鳴の音が微かに響いてきました。
もやもやとしたグレーの雨雲が、太陽を隠してしまいました。



『いててて、やられちまったよ。ったくちくしょう。容赦ないったらありゃしない。あー、傷口が開いてる。これは、ちとまずいなあ』

よだかは、傷だらけの身体で、草むらの上に寝ころんでいました。
       
『タカにやられた傷が痛む。昨日出来たのも、前にできたのも、みんながみんな、おれに痛みを思い出させる。だけど、一番痛いのは身体じゃなくて、こころが痛い。ノスリに怖い思いをさせちまった、傷つけてしまった。それが一番に、こたえるなあ。
きっとあいつは怒るんだろうな。おれが勝手にしたことを。おれのために傷ついて、おれのために涙を流す。それを分かっていながらも、ああすることしかできなかった。おれはきっと愚かだろうな。』

重たい身体を引きずって、よだかは泉の近くまで来ましたが、あともう少しの所でたどり着けずにでいるのでした。すると、草むらの向こう側からこちらに近づく影がみえました。よだかは慌てて身を隠し、息を潜めました

『おおーい!おおーーい!!』

草むらの奥にいたのは、ノスリでした。
       
『よだかさん?いるんでしょう?返事をしてください!ぼく、あなたに謝らなくちゃ!一時の感情で、あなたに酷いことを言ってしまった。あなたと一緒にいれて、救われたのはぼくの方です!嘘でも幻でも、あの時間は確かにぼくにとってかけがえのない時間だった。なのに、たった一瞬で何もかも無かったことにはしたくないんです!!いるんでしょう?返事をしてくださいよ!!よだかさん!!!』

小さな体をいっぱいに震わせて、大きな声でよだかを呼ぶノスリがそこにいたのです。

『聞こえているよ』

よだかは草むらの奥へ向かって、ノスリの前に出てきてそう言いました。

『よだかさん!よかった、無事なんですね!』

『まあ、この通りボロボロだけどな』

『ねえ、どうしてそんなにけがをしてるんです?僕が昨日あんなことを言ったから?
あなたのせいで傷ついたと、泣きわめいたからこの傷ができてしまったの?』

『違うぞ、ノスリ。それは断じて違う。このケガは自業自得さ、ヘマをしただけさ。』

『ヘマって何を?』

首を傾げるノスリに、よだかは気まずそうに答える。

『……すまない、ノスリ。おれはタカの野郎をしとめ損ねた』

『タカって、まさかあのタカと戦ったとでも?』

『そうだ、あの業突く張りの意地悪なタカとだ。ほんとはもっとうまくやって驚かせたかったが、そう簡単には行かなかったな。』

なんでもないようにそう言って笑うよだかを、ノスリはぽかりと弱々しく叩くのでした。

『何をしているんだ?』

『心配したんです。心配したんですよ、とっても。目が覚めたらいないから、不安でどうしようもなくなりました。あなたがいなくなったら、今度こそぼくはひとりぼっちだ。』

『それはすまなかった。おれもお前に言いたいことがあるんだ。でも今はちょっと疲れていてうまく話せない。悪いが、おれを助けてはくれまいか?』

よだかの頼みに、ノスリは大きく頭を縦に振る。

『もちろんですとも。いくらでも、またいくらだって傷口を洗います。何度文句を言われても、あなたのためにぼくの好物を持っていきます。だから、だからお願い。ぼくの前からいなくならないでください。
お願いだよ!あなたはぼくのことを命の恩人と言った。でもぼくはそうは思わない。
ぼくは、ずっと、ずっと前から友達が欲しかった。
あのね、ぼくは、友達のためならいくらだってなんだってやってあげれると思ってるんだ。でもね、ぼくはぼくのためにその大切な友達が傷つくのはいやなんです!』

『おまえはおれの友達じゃない。
おまえはおれの恩人だ。大切な命の恩人のお前を助けられるのであれば、なんだってするさ。
けどな、いまここでおれが以前のようにまたぼろぼろになっているのは決してお前のためじゃあねえんだ。
これは自分のためさ。自分のためだけにこんなにぼろぼろになってるのさ』

『それこそバカじゃないか!なんでわざわざ自分から傷つきに行くんだよ!あんたが傷つくことをぼくがよしとしないと分かっていてそれでも戦う理由って何だよ!』

『バカなんだよ。そもそも。こころってのは酷く身勝手でいつだって自己中心的さ。それでもおれは自分のこころのために、あいつと戦いたかったのさ。おまえがおれの身を案じることだっておまえの勝手だ』

『わかってるよ、身勝手なことだってわかってる。勝手に君のこと心配して、勝手に傷ついた君を見てこころ傷めてる。ぼくら皆バカだ。こころなんて煩わしい。でも、こころがあったからぼくは君と仲良くなれたと思ってるんだ。』

『わかってるさ、だからおれはおまえがおれを気にかけてくれたことを、煩わしいとは思わない。ありがとうな。それと、心配かけてすまない。』

『いいんです、わかってくれれば。』

『よかった、実はケガの具合が良くなくてな、水を持ってきてくれ。喉が渇いて仕方ないんだ。』
       
『わかったよ、持ってくるから、いま、お水を持ってくるから、そこから動かないでくださいね!そこで待ってて!』

『だから、動けないんだって。』

よだかは笑いながら、ノスリの背中を見送るのでした。


『うわああ!!!』

ノスリの帰りを待っていると、泉の方から叫び声が聞こえてきました。

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