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深海にさす光

海のテラスで星を見上げる。海の底で見る星空ってのも案外乙なもんだ。
星々の輝きを受けてプランクトンだとかがキラキラ眩しい。

世界が海に沈んで数世紀が経った。人類が地上にいた頃はもう資料なんかでしか知らない人たちばかりだけど、やっぱり時々太陽の光が恋しくなる。
人口が減少して、地上に住めなくなって、宇宙移住計画は火星とのトラブルで難航したあの頃、私たちは海へ向かった。元いたところへ戻る選択をしたのだ。もちろん、半分ほどの人たちはやっぱり宇宙を望んだけれど。

知らない世界に飛び出すよりも、閉じこもった方が何倍もマシなように思えたのだ。実際、宇宙にも行ったことがあるけれど、私は海の方が好きだったので海へ行くことにしたわけだし。同じ空気のない世界で生きるのであれば、故郷に沈んで還りたいと、そう思ったわけで。

細々と終わりゆく世界を見るのは、なんとも言えないものがある。
世界は海中移住時代前と当たり前だけど様変わりしてしまったから。
無駄に伸びた寿命も今はただ時が流れていくのをじっと波に抗いながら生きているだけだ。
何人かの友人は耐え切れすそのまま波に流されていいてしまった。どこかで元気にしてるといいのだけれど。

酸素ボンベを満タンにして深海を彷徨う。減圧スーツはだいぶスリムになった。魚たちが意外と人懐こいのを海に来てから知った。
今朝飲んだオレンジジュースは、地上で飲んでいたやつの方が何倍も美味しかったのを、今の子どもたちは知らないのかと思ってそれだけが少し残念だった。

このまま、私も波に流されてみようと思う。ゆったりと、悠然と、穏やかに、たおやかに、母なる海に抗うのはもう、やめにする。
もう十分、見届けられたのだと思う。

いつか、その光の眩しさに焦がれた子どもたちが地上を目指すその日のことを想像しながら。

深海にまで降り注ぐ月の光。昔より随分と大きくなったもんだ。おかげでここも少しは明るい。
ぼんやりと水に漂う。減圧スーツの感覚はなくて、だんだんと自分の輪郭が溶けていくのを感じた。

遥か昔、こんなようなところにいた気がする。もう思い出せはしないのだけれど。ああ、かえろう。どこでもない場所へ、私の行きたいだろう場所へ。
穏やかに流れる海流が、私の体ごと攫って行った。

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