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ep.16 揺らぐ

『彼は捕まりたかったように思えてならない』
エレンのその言葉が、あの日から耳に残り続けていた。

確かに、ユクの能力を鑑みれば、幾らでも逃げようはあっただろうし、そこに何らかの違和感が生じてもおかしくない。

ノエマを破壊すると笑う彼の言葉を、一体どこまで信じて良いのだろうか。それすらも、今の私には判断出来なかった。

色々と、思うところがありすぎて、頭が痛くなってきた。
する事がないから結局一人で考え込んでしまうのだ。外に出て、気分転換でもしてくるとする。

エリア担当個体は、それぞれ塔でまとめて管理されている。管理者もまた管理下に置かれているだなんて、あまり笑えないけれど、まあそう言ったわけで外出届けを出してから外へ向かった。
なんとなく、あてもなく歩いていると、とある建物の前に辿り着いた。
担当エリアを持たない個体は、こういった施設内で事務作業やら物の組み立てやらを行っている事が多い。
私も最初はここと同じような場所にいたのだ。
懐かしく思い中に入ると、記憶の通り、無機質な壁に無機質な床、寒気がするほどの殺風景が広がっていた。
行き交うノエマたちは私のことなんて眼中にも入らないようで、あくせく働いていた。

すると、目の前で一体のノエマが急に倒れた。

それは、まるで糸がプツンと切れるが如く、いきなり電源がオフになったようにバタン。と、倒れたのだ。
書類を運んでいる最中だったのだろう、周りに散らばる紙の束。
私は、
「大丈夫ですか!」
と、大きな声を出して駆け寄った。しかし、反応は何も返ってこなかった。

どうやらこの個体もバグにやられたらしい。
実際に稼働停止になったノエマを見たわけでは無かったから正直、結構驚いた。
私は恐ろしくなり、周りに助けを求めようと辺りを見回し、愕然とした。
倒れたノエマに反応していたのは、私一人だったのだ。
この場に私が一人しか居ないわけではない。他にも数十人程のノエマたちがいたが、誰もこちらを見向きもせずにいるのだ。
「あの!」
私は思わず近くを通りかかったノエマを呼び止めようとした。
けれど返ってきたのは、
「ただいま、対応時間外です。御用のお方はカスタマーサービスセンターまでご連絡ください。」という提携文のみだった。

倒れたノエマはそのうち、清掃担当ノエマによって何処かへと片付けられていた。
散らばった紙片ととともに、“回収”されていったのだ、私は。
私はただ、それをぼーぅっと見つめるくらいしかできなかった。そして。

“薬で、環境で、力尽くに感情を奪ってそれで、なんの問題もないと思っているの?”

そんなユクの言葉が脳内に響き続けたのであった。

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