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枯れないアザレア

『なにしけたツラしてんの?さては、僕がいなくなって寂しくなっちゃった?』

滑り台から降りた俺は、そう言って人のことを茶化す天使の頭を軽くはたく。
うるさい。
折角ひとが感傷に浸っていたというのに邪魔にも程がある。というか、帰れたんじゃないのか?なんでここにいるのか、言いたいことは山ほどあったが、ドヤ顔でこちらを見下ろす天使の顔を見ていると、なんだかもうどうでも良くなってしまった。

『運命的な出会いののち、感動的な別れ。我ながら僕とお前の始まりと終わりは、僕個人的にはこれで十分だったのだけれど、敬愛してやまない神様がそれでは足りないというから、わざわざ来てやったんだ。』

本当に、こいつは天使か?

『お前もなんか言ってただろう?“いしゅくぱんぱんのおにぎり”とかなんとか』

一宿一飯の恩義だ!それに一宿一飯どころじゃない、全く、どこまでいっても図々しいったらありゃしない。

そう呆れながらも、俺はいつのまにか笑っていた。

『僕たちは、人間たちに何かを与えることは許されない。けれどひとつだけ僕たち天使にでも与えられるものがある。』

天使は人目も憚らずにその場で純白の羽を目一杯に広げた。
そうして、その羽で自分と、それから俺を包み込む。
細く、陶器のような白い指で俺の頬を持ち上げた天使は、羽の中でそっと俺の額にキスをした。


『これは、天使が人間に与えられる唯一。』

額から唇を離して、固まる俺を優しげに見下ろしながら少し待ったあと、天使は静かに言った。

『祝福だ。』



そのあとちょっと話して、それで本当に最後のお別れをした。
もう二度と会えないと面と向かって言われると複雑な心境だ。
いや、正確には、俺が死ぬ時にあんまり悪いことしてなきゃ迎えにいってやる、みたいな事は言われた。

あんまりしみったれていても天使に馬鹿にされるだけなので、お別れはカラッといこう。

じゃあな。

うん。

元気で。

そっちこそ。

こんな感じだ。


ばさり。

天使が広げた羽を一度またたかせた。
その風で先程ばら撒いたアザレアが集まる。

『これは神様からお前へのちょっとしたプレゼントだそうだ。いいか、失くすなよ?』

キツく言いつけられて渡されたアザレアを受け取る。ピンクのアザレアは、やっぱり今さっき摘まれたばかりというよな姿で、俺の腕の中にいる。

“ばいばい”

アザレアを見ていた俺はそんな声が聞こえた気がして、慌てて顔をあげる。
天使はもう、どこにもいなかった。





おじいちゃんは変な人だった。
天使に会った事がある、というのが口癖なのだ。
お母さんはそんなおじいちゃんをちょっと可哀想な目で見る。
もうすぐ死んじゃうから好きに言わせてあげて欲しいんだって。

ある、心地よい天気の昼下がり、アザレアの花が降った。
おじいちゃんの好きな花だ。
枕元にあるアザレアはいつも新しいやつで、枯れたのがあるのは一度たりとも見た事がない。
折角だから持っていってあげようとおじいちゃんの部屋の前まで来て、立ち止まる。
半分あいた扉から、見知らぬ人影が立っていたからだ。

いつのまに、来客が?

好奇心にかられてそっと覗いて、私は息を呑んだ。
だって、そこにはとても綺麗な人がいたからだ。

金の髪に青い瞳が真っ白な衣装がよく映える。
気の強そうな目元はけれど、とても優しく溶けていた。
その人がおじいちゃんに手を差し伸べる。
最近はずっと寝たきりで指どころか満足に身動き一つ取れなかったおじいちゃんが、すっとその手を掴んだ。
かと思うとサクッと立ち上がり、綺麗な人の横でなにやら楽しそうに会話している。
なんて言ってるかはわからなかったけれど、きっと積もる話があるんだろう。
2人は、手を繋いだまま中庭に向かった。
その後ろ姿は、仲のいい友人2人と言った感じで、私はなんだか嬉しく思った。

風が、強く吹いたのだと思う。

私の持っていたアザレアの花が盛大に舞う。
ピンクの花びらの隙間から一瞬見えたおじいちゃんは、よぼよぼのお年寄りなんかじゃなくて、若くて健康的な青年だった。

より一層強く風が吹いて、私は思わず目をつむる。

次に顔をあげたとき、綺麗な人も、おじいちゃんも、(多分)若い時のおじいちゃんも誰もいなかった。

その日、おじいちゃんは永い眠りについた。

いままで一度も枯れたところを見なかった枕元のアザレアが、すっかり茶色く萎れて枯れていた。

私は今度は、花屋でちゃんと買ってきたアザレアに差し替える。

私は、おじいちゃんの言っていたことはきっと本当だったのかもしれないと、ちょっとだけそう思った。

だって、おじいちゃんと楽しそうに話してたあの人は、本当に天使みたいだったから。

私は孫として、ほんのちょっぴり鼻が高い気分だった。

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