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かるくておもい

辛抱強く並べたドミノを倒して崩れていく瞬間。
大切に大切に積み上げてきたもの、両のてのひらで落とすまいと掴んでいたもの、そういうの全部、まとめてぽいって、手を離したくなる。

例えばこれから急行が通過する駅のホームとか、木も遠くなるくらい地面と離れた歩道橋のうえとか。

今。そう、今ここで。

生きるを放置したらどうなるんだろうか。と、そう思うことが度々ある。
しんで、しまいたいとかそういうんじゃなくて、今、この瞬間、私という存在が泡のように消えてしまったらどうなるのだろうか、と、純粋な好奇心のもとそう思うのだ。

『やあ、元気してる?』

その度、そうやって気楽な声で話しかけてくる空気の読めないやつ。名前はキシネンリョ。
ながいのでキシと呼んでいる。

呼んでもないのに現れて、どうってことない疑問を残して消えていく。ひどい時には背中を突き飛ばしたりするらしい。

けど私は意外にもコイツのことは嫌いじゃない。キシは単純だ。疲れてるのもわからないくらい、忙しさに心が死んでいる時に現れて、私の大切なもの、ぜーんぶ捨てちゃってもいいんじゃない?って耳元で呟くだけ。
一瞬、ほんの一瞬、心が傾きかけるけど、今のしんどいの先の楽しみを思い出して、なければ生み出して。そうやっているといつのまにかいなくなってる。なんとも迷惑な野郎だ。
でも、その迷惑のおかげで、なんだかんだ助かったりする。

まあ、人によっては助からないこともままあるのだけれど。

キシと顔見知りなの奴は少ないらしい。
こんなにしょっちゅう顔出す奴なのに?
みんなキシって名前をしらないだけなんじゃないか??

ある日、キシがへんな格好でやってきた。
ヘリウムガスの入った風船みたいにぷくぅっと膨らんで、斜めになって浮いている。

どうやら町中に溢れる“しにてー”という言葉のせいらしい。
町中にあふれるしにてーは、たしか随分と昔に大気圏を突破したはずなのだけど、その影響って、どんだけ影響力あるんだアイツ!インフルエンサーかよ!!

なんて、ふざけてるのも束の間、手を離してしまった風船のごとく、キシもふらふらと空に旅立ってしまった。
ああ、でもあっちへふらふら、こっちへふらふら、重たいのと軽すぎるのでバランスが取れないみたいだ。

私はキシに向かって手を振る。
嫌いなやつじゃなかったし、正直助かる部分もあったけど、めんどくさいっちゃめんどくさいので、いないならばそれで清々するなと思ったからだ。

キシよ、キシネンリョよ、いつかその心許ない旅路の果てに、ヘヴィーすぎる程の念を抱えてかえって来ませんように。
せめてふわふわと、ファッショナブルに洗礼されて帰ってきて。帰ってくるならば。

ドミノだって限界まで並べておくし、大切なものも限界まで積み上げておこう。あ、そうだ時間も。私の時間も切り詰めて無理を並べ重ねておこう。

ね、そうしていれば君はすぐにでも戻ってくるだろ?

キシが握っているものが、私たちの命綱か、はたまた綱渡りの綱なのか、未だにその判断をつけるそとはできなかった。


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